ニュース&トピックス

一人ひとりの「いのちのありよう」に沿った働き方、経済を模索する──〈クルミドコーヒー〉影山知明さん新著『大きなシステムと小さなファンタジー』
書籍・アーカイブ紹介

  1. トップ
  2. ニュース&トピックス
  3. 一人ひとりの「いのちのありよう」に沿った働き方、経済を模索する──〈クルミドコーヒー〉影山知明さん新著『大きなシステムと小さなファンタジー』

【画像】本の表紙。三角のイラストをはさんで、上に、大きなシステムの文字、下に、反転した小さなファンタジーの文字
発行:クルミド出版

『ゆっくり、いそげ』から約10年、時間やお金との関係をつくり直す一冊

売上や成果を追求し、ひたすらスキルアップを目指して努力を重ねる。企業などで働くなかで、それが“正しい”と信じてきた人も多いのではないでしょうか。同時に、ふと立ち止まったとき、「この働き方で本当にいいのだろうか」「自分らしく生きていると言えるだろうか」と、胸の奥に小さな違和感が走ってしまうことも。

その違和感の正体を丁寧にときほぐしてくれるのが、2024年12月に発行された『大きなシステムと小さなファンタジー 〜ゆっくり、いそげ2〜』(著・影山知明)です。本書では、資本主義によって構築された“システム”の影響力が拡大するなかで、個人の時間や人間関係、さらには言葉までもがその一部として扱われてしまうことの問題が提起されます。

あらゆるものを数値化して測り、効率を突き詰めようとする今の社会の中で、一人ひとりが自分の時間を大切に生きるには、どのような働き方や、経済のあり方があるのでしょうか。この本では、著者が手がけるカフェ〈クルミドコーヒー〉やコミュニティ型シェアハウス〈ぶんじ寮〉などの実践をもとに、その模索の過程と、新しい社会に向けた提案が綴られています。

【写真】
影山知明さん

ビジョンも事業計画もない。「いのちのありよう」にそって植物のように育てる経営方法

本書の著者である影山さんは、2008年に西国分寺にてカフェ〈クルミドコーヒー〉を始めました。2012年には国分寺で使える地域通貨「ぶんじ」を発行するなど、飲食事業と並行してさまざまな活動を展開しながら、2017年に2店舗目となる〈胡桃堂喫茶店〉もオープン。食事の提供だけでなく、季節の折り目にそったイベントなども開催してきました。2020年11月からはコミュニティ型シェアハウス〈ぶんじ寮〉も手がけています。

あえて理念や事業計画を設けず、「一人ひとりが自分のいのちをのびのびと発揮できること」を重視し運営してきた、まちに根ざす多様な事業。「個々のアイデアや想像力が、自然に枝を伸ばしていく」ように、“ここ”でしか生まれないものが育つことを目指していきました。

【写真】道路の角にある、緑に覆われた店舗の外観
西国分寺にあるカフェ〈クルミドコーヒー〉

2015年3月、影山さんは『ゆっくり、いそげ 〜カフェからはじめる人を手段化しない経済〜』(大和書房)を刊行。​​「特定多数」「ギブからはじめる」といった言葉を中心に、チームやお店、まちを育む方法論を提案した内容は、時間をかけて多くの人に読まれてきました。一方で、そのサブタイトルが「手段化しない」と否定形であることも、影山さんは気になっていたといいます。

『大きなシステムと小さなファンタジー』は、その後さらに深めていった実践と思考を改めてまとめた一冊です。前著の中で作家のミヒャエル・エンデについて触れたコラムの見出しを、今回新たに書名に冠し、一人ひとりの「創造的な想像力(ファンタジー)」を手がかりとする、ポジティブな未来の表現に挑みました。

「プロセス」を大事にする、次なる社会への提案

長い構想期間を経て、執筆におよそ2年かかったという本書『大きなシステムと小さなファンタジー』。この本で影山さんが提案するのは、成果を目指しみなが行動する社会(=リザルトパラダイム(△))から、人の存在や関係性などが生む「過程」そのものを重視する社会(=プロセスパラダイム(▽))に転換していく意義と、実現のためのアイデアです。

「自分の時間を生きる」と題した第一部では、「ぼくらは本当に自分の時間を、生きた時間を、日々生きていることができているのだろうか」という影山さんの問いから始まり、組織で働くなかで自分の意志で行動することがいかに難しくなっているのか、その構造を考察しています。

システムの求めるところに従って、システムの合理性に添うように、人間の働きが規定されていく。さらには、より質の高い仕事をより効率的に実現するために、人間存在そのものが規格化されていく。「こういう『人材』を目指しなさい」と、働くみなが言われるようになる。

(「第一章 こどもたちのためのカフェ」p.31)

こうした社会の中で、一人ひとりのいのちを大切に生きるにはどうすればよいのでしょうか。そのヒントこそが「ファンタジー」にあると語る影山さんは、自らの実践を交えながら、既存の枠を解き放てそうな可能性を提案していきます。

関係性と、自分は自分であればいいと思える安心感は人を冒険へと駆り立てる。一つ一つのいのちの中で育まれるファンタジー(創造的な想像力)が、しぼむことなく、自然と発現していく。実際ぶんじ寮は、生活の場であるとともに、無数の小さな挑戦がうごめく、創造の場となりつつある。そして、それらのいくつかはまちへと飛び出し、拠点を構えるなどし、経済活動としてめぐり始めてもいる。

(「第二章 ファンタジーの森」p.85)
【写真】大きなシステムと小さなファンタジーの本が紅葉した木の前に置かれている
上下逆さになった表紙のデザインには、自らの意思で世の中も引っくり返していける、という意味が込められている

とはいえ私たちの社会は、資本主義の仕組みの中で成り立っています。〈クルミドコーヒー〉も、売上を上げなければお店を継続していくことはできません。

そこで第二部「いのちのありようから学ぶ」では、影山さんが〈クルミドコーヒー〉を経営するなかで、メンバー一人ひとりの存在を大切にしながらどう経営してきたかを、「植物」や「種」「土」など、自然界で起きていることをヒントに語っています。

事業計画を手放し、偶発性に身を委ね、植物のありように学びながらお店をつくる。い や、本当は「つくる」という表現にも少し違和感がある。一つ一つのいのちでありそれら の群生体としてのお店は、自ら育っていくものだと思うからだ。

(「第三章 植物が育つようにお店をつくる」p.141)

さらに「大きなシステムをひっくり返す」と題された第三部では、貨幣経済に過度に依存しないために、「あるものを活かす」「関係性を深める」「自分たちでつくる」という3つの観点が語られます。そして、既存の資本主義とは異なる、もう一つの道を模索する〈クルミドコーヒー〉の挑戦が、どのように国分寺というまちに波紋を広げているのかを探求していきます。

あなたが必要としているものは、実はもうこの世界のどこかに十分にあって、それらを うまく分配するか、眠っているそれらを有効活用することで、手に入れられるということだ。もちろん分配や有効活用といっても、それがうまく機能するようにするのは簡単なこ とではない。ましてや国レベルでこうしたことを考えようと思うときわめて難題だけれど、 まちの単位で考えるのであれば道はある。

(「第八章 友愛の経済、友愛の金融」p.327)

出版にともない複数のイベントを開催予定

前著からおよそ9年ぶりとなった続編の出版にあたり、複数のイベントが開催される予定です。2025年2月23日(日)には、国分寺の〈胡桃堂喫茶店〉にて出版イベント「本の内容について」を実施(※注)。3月23日(日)にも、「本と音楽/本のこれからについて」をテーマにしたイベントを開催します。

※注:本記事公開時にて、すでに満席となっています

【写真】十数人の人が椅子に座って正面を向いている。向こうに影山さんやトークゲストの姿が見える
国分寺に2店舗目となる〈胡桃堂喫茶店〉でのイベントの様子

2月28日(金)には荻窪の新刊書店Titleで、3月24日(月)にも新宿の紀伊国屋書店本店で出版イベントが開催されるなど、各地の書店での影山さんの登壇も予定されています。また3月6日(木)には、鎌倉FM「Finding the GOOD」の公開収録イベントで〈鎌倉投信株式会社〉の鎌田恭幸さんとの対談も実現します。興味がある方は、記事末のinformation欄にある各リンクよりお申し込みください。

なお、2月15日(土)に大船のポルベニール ブックストアで開催したトークイベントは、こちらでアーカイブ視聴を販売中です(視聴期限3月2日(日)まで)。

本書で影山さんは「人間だって自然の一部なのだから、そうした野生や本能を取り戻して、心や体(頭でなく)が自然と向かおうとする先へと向かえばいい」と述べています。システムの影響が強まる現代社会で、どのように生き、どう自分らしくあれるか。本書を通じて、自分自身や働き方について考えるためのヒントを感じてください。