福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

こここ文庫

ホエール・トーク クリス・クラッチャー(著)、 金原 瑞人 (翻訳)、西田 登(翻訳)

本を入り口に「個と個で一緒にできること」のヒントをたずねる「こここ文庫」。今回は、リビングワールド代表でプランニング・ディレクターの西村佳哲さんに選書をお願いしました。テーマは「多様性を物語から考える一冊」。

取り上げるのは、2004年に日本語版が出版された、アメリカの作家・クリス クラッチャーによる青春小説『ホエール・トーク』です。複雑なアイデンティティや多様な心身を抱え、理不尽な社会に生きる高校水泳チームの物語。「ぜひ読んでみて」と西村さんが強く呼びかける、パワフルな痛快青春小説をご紹介します。

【画像】ホエールトーク 書籍表紙
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凸凹水泳チームが理不尽な社会に挑む、痛快青春小説

「ねえ、母さん」おれはいう。「ときどき思うんだけど、こういうものって、どこに置けばいいんだろう」
 「そうね」母さんはいう。「どこにも置けるわけないんだから、そのままにしておけば?」

『ホエール・トーク』P.281


翻訳家の金原端人さんが、「とにかく読んでくれ」と渡してくれた一冊。舞台はスポーツの盛んなアメリカの高校。主人公は抜群に頭が切れて一級の運動能力を誇る、けどドラッグに溺れた母親に捨てられて、児童虐待事件を扱う検事職の養母とそのパートナーに育てられた、複雑な人種的ルーツを持つ男の子だ。

男社会、人種差別、銃。力の象徴のような体育会の理不尽さに、図らずも彼は挑んでゆくことになる。スポーツ校で居場所のない秀才、あるいは鈍才、ただの筋肉マン、巨漢、周囲が怖くて存在を消している子、親の不倫相手による暴力で片足を失ったような凸凹メンバーを集めて。「泳ぐ」ことで。

無理めの彼らが対抗戦を勝ち進んでゆく姿は痛快。遠征バスの車中で生まれるグループカウンセリングのような時間はゆりかごのよう。と同時に高まってゆく、強くて恐ろしい白人男性たちとの緊張関係の描き方が上手くて、最後まで一気に読んでしまう。

描かれているのはアメリカの厳しい実情だ。力があるように見える連中すら実は弱者で、弱者が弱者をいたぶったり怯えたりしているこの社会はいったいなんなのか。でも全体に「やさしさ」という魔法がかかっている。

クラッチャーは、小説家であると同時にファミリー・セラピストで児童保護活動の専門家でもある。なるほど。『ホエール・トーク』は待望の初翻訳本だったそうだ。書店での入手は現在難しいが、古本屋か図書館で手に取ることが出来る。とにかく読んでみて。