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誰も怒らない、怒られないバレーボール大会9年の軌跡。書籍『監督が怒ってはいけない大会がやってきた』
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大会の集合写真とタイトルが載った、書籍の表紙写真。帯に、怒りがなくても勝つ方法はあります、の文字
2024年3月に〈方丈社〉より『監督が怒ってはいけない大会がやってきた』が出版されました

スポーツ指導のあり方を問う大会が、一冊の書籍に

近年、アスリートによる指導者のパワーハラスメントの告発などが注目を集め、あらゆるスポーツの指導において、暴力は許されないという認識が広まりつつあります。

一方で、日本スポーツ協会に寄せられた暴力行為の相談は、2022年度に373件、2023年度に485件と連続で過去最多を記録。暴言やハラスメントに関する相談が多く寄せられ、また特に若い世代が暴力の被害にあっている現状も浮き彫りになっています。スポーツ指導において「怒らなければ勝たせられない」「叱られなければ上達しない」そんな思考は、いまだ根強いのではないのでしょうか。

バレーボール元日本代表の益子直美さんらが主催する「監督が怒ってはいけない大会」は、こうしたスポーツ指導の現状に一石を投じる大会です。その名の通り、「監督が怒ってはいけない」というルールを柱に、子どもたちにめいっぱいスポーツをする楽しさを感じてもらおうと2015年から開催してきました。

今回紹介する書籍『監督が怒ってはいけない大会がやってきた』は、本大会の9年間の歩みやその取り組みをまとめた一冊です。大会の様子を豊富な写真と共に紹介しながら、怒る指導の問題点や、「怒り」を用いずにどのように指導ができるかの具体策、活動を通じた手応えなどを、関係者それぞれの視点から描き出しています。

【写真】体育館に並んで立つ3人
著者の3人。左から北川美陽子さん、益子直美さん、北川新二さん(撮影/落合星文)

「監督が怒ってはいけない大会」とは

「監督が怒ってはいけない大会」の第1回が開催されたのは、2015年1月。福岡県福津市でバレーボールのジュニアチームを指導する北川新二さん、美陽子さん夫妻と、益子さんの出会いがきっかけです。

本大会は当初「益子直美カップ 小学生バレーボール大会」というタイトルで、「監督が怒ってはいけない」というルールはありませんでした。しかし、益子さんの「子どもたちが怒られながらやっているバレーボール大会は見たくない」という思いに北川夫妻が共感。第1回開催直前に「監督は怒ってはいけない」というルールが生まれ、以降は大会名にも冠するようになりました。

大会中に怒ってしまった監督にはバツマークが描かれたマスクが渡されるほか、勝利や技術の高さのほかに笑顔が印象的だった人が受賞する「スマイル賞」「スマイル監督賞」を設けるなど、ユニークな仕組みがあります。

【写真】バッテンマスクを手にする笑顔の益子さん
つい声を荒らげてしまった指導者に渡される「バッテンマスク」(撮影/落合星文

大会が掲げる理念は3つ、「参加する子どもたちが最大限に楽しむこと」「監督やコーチ、保護者が怒らないこと」「子どもたちも監督もチャレンジすること」です。「監督が怒らない」と冠していますが、一番大切にしているのはスポーツを楽しむこと。レクリエーションの時間を取り入れたり、トーナメントではなく、「負けても次がある」形式にするなど工夫を施しながら、子どもたちが思い切り挑戦をし、楽しむことができる環境を整えています。

大会は2015年の開始から口コミで参加者を増やし、2017年12月には益子さんの地元、神奈川県藤沢市でもスタート。2021年には秋田大会が実現し、以降、山口、高知、神奈川、佐賀、広島、長野と各地で理念に共感してくれる人とともに大会を開催してきました。

2021年には益子さんを代表理事に〈一般社団法人 監督が怒ってはいけない大会〉を設立し、活動はさらなる広がりを見せています。

大会の中心にいた3人が描く、それぞれの9年間

書籍『監督が怒ってはいけない大会がやってきた』は、大会の立ち上がりからこれまでの9年間の軌跡、関わる人たちの思いや、運営の実践と工夫などが詰まった一冊です。大会を主催する3人と、アドバイザーの吉川孝介さんがそれぞれの視点から執筆した文章に加えて、大会に関わる人々のコラムから成っています。

本書の約半分のページを割くメインパート、第1章の執筆を担当するのは、益子さん。「ある日の『監督が怒ってはいけない大会』のこと」というタイトルで描かれるのは、「おはようございます!」と会場に入るところからスタートする、大会の一日です。入場、開会式、レクリエーション、そして試合と時系列にプログラムを追いながら、どんな視点で子どもたちや監督に関わっているのかが綴られます。

私たちが見ているのは、子どもたちの表情です。ひたすら見つめます。楽しそうに笑顔でプレーしていたら、心配はありません。「私の出番かな」と思うのは子どもたちがちらちらと監督の様子を気にしていたり、ミスした瞬間、「はっ」とベンチのほうをうかがったりするときです。

(p.64-65)
ネットの前に立ち、子どもたちに何か話してる様子の益子さん
本書には子どもたちの真剣な表情や笑顔など、会場の空気感が伝わる写真がたくさん掲載されています(撮影/落合星文)

例えば益子さんがエピソードとして紹介するのは、ある大会に参加した70歳のベテラン監督。ほめる指導なんてしたことがない!と頑なな監督の隣に益子さんは座り、コートでプレーする選手一人ずつ、いいところ探しを始めます。「あの子はどうですか?」「あんなに上手に打てるようになったのはどうしてですか?」一人ひとりについて質問を投げかけながら、すべての選手のポジティブな変化を聞き出していきました。

出た言葉をもとに試合後に監督が褒めていくと、選手たちの顔には笑顔が浮かびます。ただ、ずっとベンチで応援していた子は「私だけ何も言われないだろう」と、ひとりうつむいていました。……しかし。

最後、監督がその子に向かって言いました。 「**ちゃんの笑顔がすごくいい。みんなが明るい気持ちになれる。ベンチからみんなに勇気を与えているんだよ」 その子は、声を出して泣きました。おそらくまだバレーを始めたばかりで、できるのは球拾いくらいです。なかなかうまくならないし、監督はこわいし、「もう、バレー、やめちゃおうかな」と思っていたのかもしれません。 でも、監督に認めてもらえた。監督は自分を見ていてくれた。うれし涙はなかなか止まらず、周りで見ていた保護者さんの目にも涙が浮かんでいました。

(p.73-74)

日々指導をしている監督の言葉以上に、子どもたちに自信を与えるものはないと益子さんは続けます。小学校時代から厳しい指導を受けたトラウマから、スター選手として活躍しながら「バレーボールが大嫌いだった」という自身の体験にも触れ、怒る指導がいかに自主性やチャレンジ精神を奪うかを本書では伝えていきます。

【写真】しゃがんで話をする益子さん。周りを子どもたちが囲んでいる
(撮影/落合星文)

続く第2章「『勝つことよりも大事なことがある』そんなチームのつくりかた」を執筆するのは、大会の運営事務局のひとり、北川美陽子さん。実業団でプレーしながらも、やはり益子さんと同じく怒る指導によってバレーボールが大嫌いだったという過去から、大会を開くようになるまでの経緯が描かれます。またジュニアチームの監督として実際に現場で指導する立場から、「怒らない」を手放した美陽子さんが、実際にどのような指導をしているのかも具体的に紹介されています。

そして、第3章「だれも怒らない、怒られない大会のつくりかた」は同じく事務局の北川新二さんが筆を執り、大会事務局が一般社団法人化した経緯や、福岡外の地域、さらに他競技への広がりについて言及。大会を新たに開催する際には「継続して行うこと」を前提とする理由に触れ、それぞれの地域で理不尽な指導ではなく、ポジティブな声掛けが広がっていってほしい、と思いを語ります。

また「監督が怒ってはいけない大会」のセカンドステージとして、現在福岡・大分・山口で数カ月かけて開催している「つながるリーグ」の取り組みも紹介。勝つこと、強くなること、うまくなることをあきらめずに楽しくチャレンジできる、そして世代や地域を超えた交流を生み出せる環境づくりについて紹介していきます。

「つながるリーグ」にはもうひとつ目的があって、それは大会の名前のとおり、子どもたち・指導者・保護者の交流、世代や地域を超えたつながりを育てることです。子どもたちの世界はまだどうしても狭くて、自分のチームのやり方がすべてだと思ってしまいがちです。でも、6月から12月の半年間、月1回、他のチームの大人や選手と顔を合わせれば、いろいろなチームの形があることを、なんとなく感じられるのではないかと思うのです。

(p.215)

「スポーツは楽しい」という土台を広げるために

本書は3人以外にも、「指導者が怒らない」という理念に共感した方々が執筆に協力しています。第4章では益子さんと北川夫妻をつないだ吉川孝介さん(僧侶/「監督が怒ってはいけない大会」アドバイザー)が、出会いからこれまでの歩みを振り返りつつ、今後の展望を語ります。

その他にも、秋田で大会を主催した指導者や、大会にゲストとして参加する様々な競技のアスリートたちからの寄稿文なども掲載。俯瞰的な視点も入ったことで、大会をより立体的に理解しやすくなっています。

【写真】バレーボールをプレーする子どもたち
(撮影/落合星文)

「監督が怒ってはいけない大会」は2025年3月で、ひとつの区切りをつけようと話しています。もちろん、活動のすべてが終わるわけではありません。さらにもうひとつ上のステップへと進むためのピリオドです。

(p.251)

終章で益子さんがこう語るとおり、2015年に「10年後に(暴言や暴力がないことが当たり前になって)活動じたいが不要なものになればいい」と話して始まった3人の活動は、間もなくひとつの区切りをつけます。活動が不要になったとは言えない現状ですが、最後の1年を残したタイミングで出版された本書は、大会とは異なる方法でより幅広い人に気づきをもたらしてくれそうです。

バレーボールに限らず、スポーツに関わる指導者や親御さんなど、子どものそばにいる大人の方にぜひ手にとっていただきたい一冊です。ぜひ本書を読み、周りの人と気付いたことを話し合ってみませんか。