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母のパッチワークから家族の記憶をたどる。写真家・田附勝さんによる作品集『ママ』が刊行
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写真集『ママ』(射的文庫)書影 撮影:田附勝

写真や日記のほかに、家族の記憶が刻まれているものとは

家族の記憶は、どこに残るのでしょうか。

写真や日記だけでなく、暮らしのなかの小さなものに記憶が刻まれていることがあります。たとえば、長い時間をかけて作られた手仕事や、日々の生活のなかで使われてきた布や道具。そうしたもののなかに、家族の時間や暮らしの記憶がひっそりと残っているのかもしれません。

そんな記憶を刻むものにフォーカスした写真集『ママ』が、出版レーベル射的文庫から刊行されました。本書は、写真家・田附勝さんの母親が50年以上にわたって作り続けてきたパッチワークを手がかりに、家族の記憶や人生の時間をたどる作品集です。木村伊兵衛写真賞を受賞した写真家による、初めての私小説的作品でもあります。

田附さんはこれまで、『DECOTORA』『東北』『KAKERA』などの作品を通して、日本各地の風景や人びとの暮らしを撮影してきました。この写真集ではその視線を、自身の家族というより身近な場所へと向けています。

母のパッチワークと、実家で暮らしてきた時間

田附さんが育った家には、母親が作ったパッチワークが数多く残されていました。

かつて日本でも古い布を再利用する文化のなかで、パッチワークのような手仕事が家庭のなかで広く行われていました。使い古した布や衣服の断片を縫い合わせ、新しい布へと生まれ変わらせる。ものを大切に使う生活の知恵であると同時に、日々の時間を色とりどりの布地で縫い合わせていく営みでもありました。

田附さんのも、そうした手仕事を長く続けてきた一人でした。家のなかには、布を縫い合わせて作られた日用品や装飾品がいくつも残されていました。しかし、「あいつ」と呼ばれるからの暴力や家族関係の葛藤など、田附さんの家族には「パッチワークで彩られた幸せな家庭」のイメージとは異なる現実があったそうです

そうした日々のなかでも、母はパッチワークを作り続けていました。布を一枚ずつ縫い合わせる作業は、田附さんにとって、母の人生そのものを縫い合わせる行為のようにも見えたといいます。

写真集には、家のなかに残されたパッチワークの断片や、その布の質感を写した写真が収められています。布の重なりや色の違いは、家族のなかに起こった出来事たちを説明するものではありません。しかし、そのつなぎ合わされた布地のなかには、長い時間の積み重なりが確かに存在しています。

写真とエッセイが織りなす物語

本書、巻末に収録された田附さんによるエッセイでは母との記憶や家族の出来事、幼い頃の生活が語られます。子ども時代には理解できなかった母の人生を、大人になった視点から見つめ直す内容です。

たとえば、母がよく連れて行ってくれた上野の動物園や美術館の思い出。家族で出かけた記憶は、当時は楽しい出来事として残っていました。しかし、大人になった田附さんは、その時間が母にとってどのような意味を持っていたのかを改めて考えるようになります。

家庭のなかで起きていた出来事や、家族が別々に暮らすことになった時間。そうした経験のなかで、母は子どもたちにいくつかの言葉を残しました。

「強い大人になりなさい」「人には優しくしなさい」「自分で決めて生きて行きなさい」。困難な状況のなかで母が残した言葉は、作者にとって生き方の指針となり、その後の人生にも影響を与えてきたといいます。

母の看病のために実家を訪れるなかで、田附さんはのパッチワークに改めて目を向けることになります。布をつなぎ合わせながら母はどのような時間を過ごしてきたのか。そこにはどのような思いが込められていたのか。そうした問いが、この写真集の制作の出発点となりました。

本作の文章と写真を往復しながら読むことで、家族の時間や感情の記憶が少しずつ浮かび上がってくるようです。家族の関係や家庭内の出来事、母の病と看取りに至るまでの時間など、個人的な経験が率直に語られる一方で、特定の家族の物語にとどまらず、読む人それぞれの記憶にも重なる内容となっています。

書籍刊行にあわせた企画「ラヂオ・ママ」

(左から)AD&D 吉田昌平さん、著者・写真家 田附勝さん、MC 宮本拓海さん、射的文庫 種岡 桂子さん

本書の刊行を記念して、射的文庫のPodcast番組「射的文庫ラヂオ」では特集企画「ラヂオ・ママ」が展開されています。2026年の母の日に向けて、「母」という存在や家族の記憶について語り合うシリーズです。

番組には、陶芸家の森岡由利子さん、写真家の志賀理江子さん、『暮しの手帖』編集長の島崎奈央さん、青森県立美術館学芸員の奥脇嵩大さんなど、多様な分野のゲストが参加予定です。それぞれの立場から「母」や家族の経験について語ることで、個人的な記憶がどのように共有され、社会のなかで語られていくのかを考える機会にもなっています。

暮らしの断片を見つめ直すきっかけに。

布を縫い合わせるという静かな作業は、長い時間をかけて続けられてきました。それは特別な出来事ではなく、日常のなかで繰り返されてきた営みです。写真集『ママ』は、そうした暮らしの断片を見つめ直すことで、家族の記憶がどのように残されていくのかを問いかけています。もしかすると私たちの身の回りにも、気づかないまま受け継いできた時間の痕跡があるかもしれません。