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路上は誰のもの? 都市の公共性を考える「路上、お邪魔ですか?」展。9月19日~11月23日まで松濤美術館(渋谷)で開催
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「路上、お邪魔ですか?」展のメインビジュアル。「こんどは、渋谷。激動の路上へ!」というサブタイトルと、各作品のキャプションやインフォメーションなどがさまざまな形の枠内に細々と書かれている。モノクロ刷り。

“自由”と“邪魔”が同居する「路上」の公共性を探る展覧会

建物から一歩外に出て、目前に広がる「路上」。そこは所有者がいたり、国土として統治されていたりするものの、その境界は案外と曖昧です。

例えば、自宅玄関すぐ側の電柱に散歩中の犬が毎日おしっこをかけていくとします。臭いに困り、そこが自分の所有地じゃないとしても「おしっこをかけないでください」と主張したくなる人は多いのではないでしょうか。また、おしゃべりの場や、子どもの遊び場としての路上の自由がある一方で、それらを邪魔だと感じる人もなかにはいるようです。

路上は誰のものなのか? そうした公共性を探る展覧会「路上、お邪魔ですか?」が、石川県〈金沢21世紀美術館〉からの巡回展として、東京都〈渋谷区立松濤美術館〉にて2026年9月19日(土)〜11月23日(月・祝)の期間で開催されます。

西新宿の路上にあるダンボールハウスの前で、ひょっとこのお面を被った住民が座っている、モノクロ写真。
迫川尚子 お面をかぶっておどける新城さん。沖縄出身。右翼の街宣車だろうか。君が代が流れると頭をかかえてうずくまった。1996年8月 ©迫川尚子

所有や統治の枠組みが曖昧な路上においては、ときに制度への抵抗や、自由や開放を見出そうとする実践が数多く立ち上がってきました。一方で、路上をめぐる衝突、取り締まり、排除も行われ、居心地の悪さや不安定さも内包しています。また、「彼女が邪魔だった」という理由で起こった渋谷の路上生活者殺害事件(2020年)は、公共性の意味を取り違えたときに起こりうる取り返しのつかない暴力を私たちに突きつけました。

そんな“自由”と“邪魔”が同居する「路上」をキーワードに、現代美術や歴史的資料、公園の遊具や銭湯、大道芸までをも紹介しながら、過去の実践から現代の都市に対する批評的なアプローチなどを辿り、路上の公共性を探る展覧会です。

路上観察やまち歩きブームを巻き起こした「路上観察学会」

本展の開催は、前衛芸術家であり作家の故・赤瀬川原平さんや、建築史家・建築家の藤森照信さんたちによって1986年に結成された「路上観察学会」の創設40周年を契機としています。

アカデミックな知見と遊び心を絶妙にミックスし、都市と自然とが意図せず生み出した景色を可笑しみをもって取り上げ、共有してきた同学会。全国に「路上観察」や「まち歩き」ブームを巻き起こしました。

その活動には、路上がもつ豊かさの発信だけでなく、開発によって均質化した都市への批判も込められており、複雑化する公共性の課題を考えるスタート地点となっています。

「路上観察学会」という幟を掲げ、神田の東京学士会館前に集まっているメンバーたちのモノクロ写真。
路上観察学会 発会式 1986 ©飯村昭彦

路上を語る7つのセクションとは?

「路上」という言葉に「共有された土地(shared ground)」という意味を込めている本展。自由でひらかれているように見えながら、ルール、慣習、他者の視線などによって、常に振る舞いが調整されるのが路上です。同時に、そこで人は遊び、表現し、ときに逸脱しながら、その姿は絶えず変化してきました。

そうした路上をめぐる実践のこれまでとこれからが、「①遊びとハック」「②道路以後」「③路上の発見」「④道か、広場か」「⑤ルール」「⑥路上から都市へ」「⑦終章、再び路上へ」という7つのセクションに分けられ、紹介されています。

「①遊びとハック」には、かつて多くの公園にあった球体の回転遊具(グローブジャングル)を用いた、鈴木康広さんの《遊具の透視法》(2001)を展示。昼と夜、地球の自転と遊具の回転を重ねた作品として発表された当初とは、少し異なる相貌を見せ始めた本作品。危険物として全国で次々と撤去されていくこの遊具には、公園における小さな秩序と自由のせめぎ合いを見ることができます。小さな逸脱と、それを生み出す構造に目を向けてみたいセクションです。

公園にある球体の回転遊具に、昼間に子どもたちが遊具で遊んでいる様子を投影した《遊具の透視法》の作品の写真。
鈴木康広《遊具の透視法》 2001 撮影:川内倫子

「③路上の発見」では、先述の「路上観察学会」の活動を紹介します。1986年の学会結成日に神田の東京学士会館に集まったのは、赤瀬川原平さん、藤森照信さん、林丈二さん、南伸坊さん、松田哲夫さん、杉浦日向子さん、一木努さん、荒俣宏さん、飯村昭彦さんなど、街なかの不思議なものに思わず目を奪われてしまった面々でした。

作者が明確に存在せず、役に立たず、非実用であるにもかかわらず、芸術を超えた芸術(超芸術)として立ち上がるもの。そうした風景や景色を「物件」と呼び、写真に収め、品評会という形式で共有してきました。本展では、「超芸術トマソン」といった概念や、「建築探偵団」などを取り上げ、その40年の軌跡を振り返ります。

「⑤ルール」では、路上を構成する重要な道路には、自由と管理の二重性――すなわち、 開かれているようで閉ざされているという構造――が潜在する、という視点による、写真家ダニエル・エヴェレットさんの作品が展示されています。日本の都市の路上にある秩序と逸脱、可視化と不可視化、管理と占拠のせめぎ合いを、写真を通して感じ取ることができるでしょう。

さまざまな標識やミラーが設置された複雑な指示を与える道路標識の写真作品。
ダニエル・エヴェレット《Untitled (from Marker)》 2024 © Daniel Everett

ほかにも、96歳の現役大道芸人・ギリヤーク尼ヶ崎さんの路上パフォーマンスを捉えた作品、漫画家・panpanyaの6コマ作品、Chim↑Pom from Smappa!Groupが2017年に発表した“道”の作品、かつて新宿西口にあったダンボールハウスの住人たちを撮影し続けた迫川尚子さんの写真、建築家コレクティブ・GROUPの模型作品など、さまざまな表現者による、批評とユーモアの喧騒にあふれた路上の芸術が一堂に会します。

ギリヤーク尼ヶ崎さんの路上大道芸を上空から撮影した写真。大勢のギャラリーが路上に座り込み、その中央には円形の空白があり、ギリヤーク尼ヶ崎さんがパフォーマンスを行っている。
ギリヤーク尼ヶ崎 札幌公演(2018年8月) 撮影:植村佳弘

展示作品が街を巡行⁉ イベントも要チェック

関連イベントも盛りだくさんな本展。担当学芸員によるギャラリートーク、美術史研究者で東京大学名誉教授の木下直之さんによる記念講演会、渋谷駅周辺を巡る路上観察会など、興味深いものばかり。参加費は無料(要入館料)です。

2026年11月23日(月・祝)には、「⑦終章、再び路上へ」のセクションにて、“いまの路上の境界”を探るためのひとつの実践として展示されている《銭湯山車》が、実際に街を巡行するイベントが予定されています。

東京を中心に、各地で次々と取り壊されている銭湯。廃業となった銭湯の“部材”を引き取り、動ける銭湯としてつくり直されたのが《銭湯山車》です。不動産としての銭湯は失われても、路上へ持ち出されることによって動産となって生き延び、かつて銭湯が担っていた“人が集まる場所”という機能をあらためて路上へと持ち出しています。

作品《銭湯山車》を引きながら、音楽を奏でたり、幟を立てたりする人々が街を巡行している様子。
銭湯山車巡行部《銭湯山車》 2019 ©Jun Tainaka
《銭湯山車》の写真。
銭湯山車巡行部《銭湯山車》2021年 個人蔵 Photo: Katsu Okubo

日々新陳代謝し、さまざまな出来事や物語、あるいは事件や暴力が絶えず起こる激動の都市の路上。会場を出たあとは、見知った街の風景もなんだか異なって見えるかもしれません。路上は誰のもの? 公共性とはなにか? に思いを巡らしてみてはいかがでしょうか。