
自分の暮らしと「介護のしごと」はつながっている? “わたしの暮らし”をノックすることば展レポート ケアするしごと、はじめの一歩 vol.6
Sponsored by 厚生労働省補助事業 令和7年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)
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2025年11月11日から11月29日、「“わたしの暮らし”をノックすることば展 by マガジンハウス」が開催されました。「こここラボ」と「ケアリングノベンバー2025」のコラボ企画である本展を体験いただいた、ライター白石果林さんによるレポートをお届けします。(こここ編集部)
「あっという間に年末だね」「ちょっと早いけど、よいお年を」
11月中旬、そんな会話をしていることに驚いた。つい先日まで半袖を着ていたのに、もう年末の挨拶? 早い、早すぎる。毎年誰かしらと「もう年末だね」と話しては、時の流れの早さに絶望している気がする。
ぴかぴかの抱負を胸に1年が始まったはずなのに、実際の私は、締め切りに追われ、周囲の活躍に焦り、たまった洗濯物にイラついて……とにかく何かに急かされていた。心に引っかかる出来事があっても、面倒に感じていったん蓋をしたり、眠ってごまかしたり。そうやって「考えること」を後回しにしてしまうことがたびたびあった。
たまにはゆっくり立ち止まって、考える余白が必要だ。そんな気持ちとともに私は、「“わたしの暮らし”をノックすることば展」に向かった。
マガジンハウス『anan』『POPEYE』『こここ』編集部が「ケアという営み」を大切にする人たちや「介護のしごと」に携わる人へ取材し、生まれた「ことば」を集めた体験展示だ。
この記事では私が触れた「ことば」の一部を紹介しながら、考えたことをレポートしていきたい。
「わたしに足りていないケアとは?」
金曜日の15時過ぎ、「“わたしの暮らし”をノックすることば展」の会場である下北沢の「BONUS TRACK」に足を運んだ。
展示会場のひとつであるギャラリーの入り口でマップを受け取り、まわりを見ると、先客がいた。その人は座って、時折ななめ上を見上げながら、何やらマップに書き込んでいる。
マップを開くと、「“わたしの暮らし”をノックしてみるシート」とあり、19の問いが用意されていた。
・さいきんいつ深呼吸しましたか?
・毎日やっていることは?
・それらのなかで、自分がやれなくなったら困ることは?
・「理想の1日」のスケジュールは?
・「理想の1週間」のスケジュールは?
・理想のスケジュールを邪 魔しているものは?
・落ち着くにおいってどんなにおい?
・自分にとって馴染みの味は?
・もう一度行きたい場所は?
・どこで何をしているときの自分がしっくりくる?
・譲れないことなのに、わかってもらえないことは?
・会いたいのに、会えていない人は?
・大切な人に対して、自分が求めていることは?
・ひどく落ち込んでいるとき、誰にどう接してほしい?
・どんな環境にいると、息苦しさを感じる?
・やってみたいのに、ずっとできていないことは?
・やりたくないのに、ずっとやっていることは?
・わたしに足りていないケアとは?
・社会に足りていないケアとは?
先客の人にならい、椅子に腰かけて記入する。回答がすぐに思い浮かぶ問いもあれば、なかなか筆が進まない問いもあった。
すべてを書き終えシート全体を見直すと、「ばあちゃん」というワードが3か所にあることに気づいた。自覚はしていなかったが、今年の夏に亡くなった祖母の最期に会えなかった後悔が、しこりになっているのかもしれない。振り返ると、祖母が亡くなった日に日記を書いたきり、この気持ちを外に出していなかった。
問われたり、他人の言葉に触れたりして初めて、自分の気持ちに気づくことがあるのだ。そう改めて感じながら、「ことば」を巡る時間がスタートした。
“わたしの暮らし”に必要なケアは、“わたしたちの暮らし”に必要なケア
マップを片手に、「BONUS TRACK」内の22箇所に散りばめられた「ことば」を探して歩く。それは樹木のなかに、コーヒー屋さんの外壁に、手すりに、あらゆる場所に置かれていた。
「介護のしごと」に携わる人から生まれたことばは、自分の暮らしからは遠く感じる気がしていたけれど、思っていたよりもずっと、つながっていた。
たとえば、湘南エリアで複数の介護事業所を運営している「株式会社あおいけあ」代表の加藤忠相(かとう・ただすけ)さんの言葉だ。
「できないことばかりを知って、それで“いいケア”ができるでしょうか?」
加藤さんは、「できないこと」ばかりにフォーカスしてしまうことへの懸念を、記事でこう語っている。
「歩けないとか、ひとりでごはんを食べられないとか。できないことばかりを知って、それで“いいケア”ができるでしょうか? 弱点だけではなく、好きな食べ物や趣味、誇り、興味関心、人間関係や暮らし方など、その人のこれまでを形作ってきた情報がないと、いいケアプランが作成できるわけがありません」
私自身、入り口で記入した「わたしに足りていないケアとは?」の問いに、「できることに目を向ける」と書いた。できないことばかりを数えてしまう癖があるからだ。
植物にネガティブな言葉をかけ続けると枯れてしまうという一説があるように、できないことばかりに目を向けていると、心はどんどん自信を失い、萎んでいく。
加藤さんの「相手の持っている畑を耕して、相手の生活がうまくいくように気にかけていくことがケアだと僕は思っています」ということばを読んだあと、「相手」を「わたし」に入れ替えて反芻してみる。
介護の現場で必要なケアは、“わたしの暮らし”に必要なケアでもあるのだ。
本来ケアが持っているであろう不均衡性
詩人であり、「国語教室ことぱ舎」を運営する向坂くじら(さきさか・くじら)さんとの対談で、訪問介護事業所を運営する「株式会社でぃぐにてぃ」代表の吉田真一(よしだ・しんいち)さんが語ったことばにも、思い当たることがあった。
「大切な人にケアしてもらわないほうが、私の人生にとってケアになった」
19歳のときに頸髄損傷で四肢麻痺になり、電動車椅子を使いながら生活している吉田さんは、結婚当初「夫婦2人の時間を過ごそう」という話し合いのもと、週に数日はヘルパーさんを呼ばずにパートナーにケアをしてもらっていた時期があったそう。
しかし、ケアする・される関係ゆえに、言いたいことを言えないストレスを互いに抱えることになったため、専門職の力を借りて夫婦関係を維持していくことになった。
「ケアを他者に委ねることで、家族全体がケアされたと言えるかもしれない」という吉田さんのことばで私は、母のケアを担わざるを得なかった時期を振り返った。「家族」という密室で、過剰にケアを求められたり、反対にケアをしすぎたりした結果、関係は悪化していく一方だった。私たちには、家族ではない第三者によるケアが必要だったのだ。
それを痛感しているはずなのに私自身、パートナーを“ケアする人”にしてしまっている瞬間があるから、家族は難しいと感じる。
だからこそ、吉田さんの話に対し向坂さんが語った次のことばを忘れずにいたい。
「ケアは基本的にはする側とされる側がいて、不均衡な関係なんだと思うんです。対等がベースにあるものではない。そのカウンターとしてケアの関係が対等であることが注目されているけれど、本来ケアが持っているであろう不均衡性を、見て見ぬフリしてはいかんなと思いますね」
セルフケアの先にあるもの
吉田さんとの対談で、向坂さんは次のことばも残している。
「自分を大切にすること、セルフケアをすることが、今あまりにも良いものとされすぎている気がして。キラキラしたものになっているというか。セルフケアの先にあるものが『自分の機嫌は自分でとって、明日もがんばって働いてくださいね』となるのが、わたしはやっぱり寂しい。ケアを通じて「自分が最終的には、死ぬ」みたいなことも含めた、もっと大きなものがつながっていくこともあるんやないかな」
いつだったか、「♯自分の機嫌は自分でとる」というハッシュタグが流行っていたことを思い出した。働く女性たちが、仕事への憂鬱な気持ちとともに、エステに行ったことや綺麗に彩られたネイルの写真を投稿するのだ。私自身、会社員時代は週末に洋服を買い漁っていた記憶がある。憂鬱な月曜をできるだけ機嫌よく迎えるために、食費を削ってでも必要なことだった。
でも、そもそも私たちは、自分にどんなケアが必要なのか、どう助けを求めればいいのか、知らなすぎるのかもしれない。向坂さんのことばを、そして吉田さんが続けたことばを、あの頃の自分に届けたいと思う。
「本人はそうとは思っていないし、気がついていないけれど、実はケアを必要としている人もたくさんいると思います。身体のことに限らず、精神的な側面でも、いろんなケアの知識や技術に触れることで、暮らしやすく生きやすくなる人ってきっと多い気がします」(向坂さん)
「もうちょっと気軽に、専門的なケアに触れて良いと私も思います。たとえば、気が滅入ってしまうタイミングにカウンセリングを受けてみるとか。一人でご飯を食べるのは心もとないから、大人も行ける子ども食堂に行ってみようとか。実は身近なところでケアの場が開かれているから、そこにアクセスできると良いですよね」(吉田さん)
ノックした扉の奥には、それぞれの日常が広がっている
「おわりに」には、こんなことが書かれていた。
「出会ったことばの手前には、だれかにとっての“わたしの暮らし”があります。ノックした扉の奥には、それぞれの日常が広がっています」
誰かの日常から生まれたことばは、「こうありたいはずの私」を思い出させてくれたり、「いつかの私」を振り返らせてくれたりした。そして、私に問いかけてきた。“わたしの暮らし”に必要なケアとはなんだろう? できないことばかり数えていないか。必要以上の「自己責任」にとらわれていないか。もっと気軽に、誰かの力を借りていいのではないか。これらの問いは、きっと私だけのものではない。
BONUS TRACKを後にして、下北沢の街を歩く。明日からまた、慌ただしい日々が戻ってくるのだろう。それでも今日、立ち止まって深呼吸できる時間を持てたことを、よかったと思う。
“わたしの暮らし”をノックすることば展_引用元記事まとめ
【“わたしの暮らし”をノックすることば展 開催概要】
会期:2025年11月11日(火)〜11月29日(土) 11:00-20:00
会場:BONUS TRACK GALLERY 1 & 広場(東京都世田谷区代田 2丁目36番12号〜15号)
入場料:無料
主催:株式会社マガジンハウス 協力:株式会社散歩社
アートディレクション:山口言悟
空間設計・構成:獅子田康平
企画・編集統括:垣花つや子
記事引用元媒体:マガジンハウス「anan」「POPEYE」「こここ」編集部
Special Thanks: 「介護のしごと」に携わる人 「ケアという営み」を大事にしている人
※厚生労働省補助事業 令和 7 年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)として 実施しています。(実施主体:株式会社マガジンハウス)
Information
企画運営・お問い合わせ先
株式会社マガジンハウス
クロスメディア事業局
こここラボ担当
co-coco@magazine.co.jp
*〈こここラボ〉は、福祉にまつわる専門家やクリエイターとともに様々なソーシャルプロジェクトを展開する〈こここ〉の事業です。これまでのプロジェクトについてはこちらからご覧いただけます。
- ライター:白石かりん
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1989年生まれ、さいたま市在住。大学や一般企業で働いたのち、2020年にフリーライターへ転身。機能不全家庭で育った経験から、「福祉」や「家族」といったテーマに関心を寄せ、取材・執筆をする。夫と猫と3人暮らし。




