

身近にある広告は、自分にどんな影響を与えている?『ジェンダー目線の広告観察』小林美香さんをたずねて 「ルッキズム」に立ち止まる|NPO法人マイフェイス・マイスタイル vol.02
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人を見た目で差別してはいけない。その通りだと思う。
しかし、なにが差別にあたるのか、どのような構造において差別が起こってしまうのか説明できるかと言われると難しい。
人を見た目で差別してはいけない。この言葉が、個人の「思いやり」や「やさしさ」のみに託されてしまうと、本質的な問題が隠されてしまう場合もある。
この連載では、「見た目問題」の解決を目指すNPO法人マイフェイスマイスタイル代表 外川浩子さんと、口唇口蓋裂の当事者支援を行うNPO法人笑みだち会代表 小林えみかさんと共に「ルッキズム」という言葉が何を指すのか、社会において「美しさ」の基準はどのように作られているのかなど、さまざまな専門家をたずねながら考えます。
第二回は、「広告」について。YouTubeでぼんやり動画を眺めている途中、Instagramの投稿を眺めていて、あるいは電車内でふと顔をあげたときに目に入るポスターやデジタルサイネージ……。自ら積極的に触れようとしなくても広告は身近に存在しています。広告は「ルッキズム」や自身にどのような影響を与えうるのでしょうか。写真研究家で、『ジェンダー目線の広告観察』の著者である小林美香さんを訪ねました。(こここ編集部 垣花つや子)
ルッキズムという言葉をどう捉えている?
外川浩子さん(以下、外川):美香さんはルッキズムという言葉をどう捉えていますか?
小林美香さん(以下、美香):そもそも私は、女性の身体へのまなざし、どう消費されて評価されているのか、メディアにおける女性の表象のあり方やその仕組みを考えたくて、広告観察をするようになったわけです。
私は、子どもがいて、親でもあるんですけど、早い時期から、広告や見られることを通して、誰かに消費されたり評価されたりすることを刷り込まれてしまう社会は、いろんな問題があると気づいて。そこからルッキズムに関しても考えるようになりました。

外川:美香さん的には、ルッキズムをパキッと定義されてるわけではないんですか。
美香:そうですね。ルッキズムという言葉が何を指しているのか。使い続けているけれど、お互いに認識がずれていることに気づかずにうまく話が通じてない場面ってよくあるじゃないですか。
小林えみかさん(以下、えみか):ひとり歩きしている状態ですよね。

美香:私がやっているのは、定義をすることではなく、みんながいろんなものを投影したり、考えたりしているものを観察し、分析してると言えるのかもしれません。「この場合はこういう形として差し出されてるよね」「ちょっと冷静になって見てみよう」みたいな。私が何かを書いたり表現したりするスタンスは、良し悪しを判断したり、何かを糾弾したりするのが目的じゃないんです。現在地を共有できるものをまず作る、そこから話をはじめたい。
ただ、言えることは、脱毛にしても美容整形にしても、偏った「外見至上主義」的な考え方が強く影響して、人々を煽っているとは思います。
『その「男らしさ」はどこからきたの?』という展覧会の企画の準備をする中で、「男らしさ」にも関心を持っていろいろ調べたんですけど、ここ数年の男性の見られる意識ってすごい変わったんだと思っていて。
男性の評価という部分に美容とか脱毛がすごく入ってきてる。昔は、胸毛がはえたり、ゴツゴツしてるのが男らしいとされていて、野性味とか強さに寄ってた。今は、洗練されてるかとか、ツルツルしていってる感じになってます。「清潔感」も入ってくると思うんですけど。
あとは、ここ数年で外見と能力が直結してるという考え方がすごく出てきたと思ってるんですね。オリンピックとか、アスリートが採用された広告を通して、個人の強靭な肉体とか容姿みたいなものをみんな繰り返し見てる。なぜみんなが期待したり投影したりして見ちゃうのか、それらを作っている仕組みは何か、そこにある価値観は何で、どうして熱狂してしまうのか。それを考えるのが、私の関心なんです。
社会構造の問題を抜きにして「人それぞれのいろんな美しさがある」と言われても
美香:今、日本の年間総広告費って、7.3兆円(※1)なんですよ。過去最高。防衛費なみ(※2)です。
※1 株式会社電通「2023年 日本の広告費」2024年2月27日発表
※2 2024年度予算案(防衛費7兆9496億円)2023年12月22日政府発表
外川:すごいですね。
美香:社会にすごく深く関わっていて、お金がそれだけ動いてるらしいけど、その実態ってよくわからないじゃないですか。防衛費にしても、広告費にしても、なんでその額になるの?っていう。
外川:なんか気持ち悪いですね。いわゆるプロパガンダは、政治的に一定方向にみんなを向かせようとする宣伝活動ですけど、今は広告である方向性に私たちの価値観が誘導されているような。

美香:広告と広告らしいものの境目もわかりづらくなってきています。「広告的な機能をする人」がたくさん出てきていて。広告的な機能をする人に紐づいて消費の価値観が作られすぎていると思っています。
垣花つや子(以下、垣花):広告の作り手側にガイドラインがあると思うんですけど、それだけだと、危うさに立ち止まるのは難しいんですかね。(※3)
※3「子どもに影響のある広告およびマーケティングに関するガイドライン」はこちら
医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関する広告等に関する指針(医療広告ガイドライン)はこちら

美香:テキストの部分だけだったら、「この文言やめましょう」がしやすいと思うんですね。たとえば、一昔前の「美人すぎる〇〇」とか。さすがにもう使わなくなりましたよね。一方で、視覚的な表現は線引きがしにくい部分がある。視覚的な表現は強烈なコミュニケーションなのに、それがどうあるべきかを考える機会が足りてないと思います。
それから、虚偽を記載してはいけないというガイドラインはありますけど、コンプレックスを刺激しちゃいけないとか倫理的なことに対するガイドラインは非常に設計が難しいんですね。
美容医療系の広告でいうと、10代の子に美容整形、たとえば二重まぶたの手術をすすめるのはどうなのか。広告に登場するモデルが高校生で、親の承諾が取りやすいように広告が誘導をしている。
公共交通機関である電車など、高校生以下の子どもも乗るような場所に画一的な美しさの価値観をずっと掲載していていいのか。
垣花:そういった広告や価値観に触れ続けると、二重まぶたであることが「よい外見」であり「あるべき姿」で、それ以外の特徴は魅力がないものなんだ、と心のどこかで思ってしまう気がします。そうではない自分を否定されている感覚がずっとあり続けるような。
美香:そういった広告における倫理の問題を議論する場がない。みんなひどいと思うことは確かにある。でもガイドラインは強い拘束力がある法ではないので、自主努力みたいなところになってしまうし、どういうところで本当に実効性のあるルールを作れるのか。
そういう前提や環境を抜きにして、「人それぞれの美しさがある」と言われても、欺瞞を感じてしまいますよね。美容医療系の広告が延々流れてくる環境にいたり、SNSのタイムラインを眺めたりしていたら、「二重にしなきゃ」と思ってしまいやすいですよね。
外川:「広告と公共性」について著書でも対談されていたと思います。もっと公共の場における広告のあり方を考えるべきなのでしょうか?
美香:公共の場に広告があふれていることに問題があると思うんです。当たり前すぎて気づけていないけれど。海外に行って、全く広告のない景色があると愕然として、日本に帰ってきて、あらためて驚く人もたくさんいる。
全部をドラスティックに変えることはできないと思うんですけど、まずはいらない広告をやめるという視点は必要だと思います。
外川:余計な広告はしない。なぜその広告が必要なのか、本当に必要なのか、もう1回考えるのが大事なのかもしれないですね。
違和感に立ち止まることから

美香:『ジェンダー目線の広告観察』でも書いてるんですけど、「多様性」という言葉が広告で踊り出したのは、おそらくSDGsやオリンピックの影響が大きいと思います。さらにその文脈で出てきた言葉が「私らしさ」なんですよ。
そこで使われる「私らしさ」は、ある問題を矮小化して、装飾で覆い隠してしまう。実際は狭いところに閉じ込めているのに、さも選択肢があると錯覚させているみたいな。それらが広告ともくっついていたりしていると思っています。
外川:苦しい環境で、一瞬アメ玉を与えられて、なんとなく納得させられてる。
美香:本来の意味での多様性ではなく、特定の層が自分たちの都合で選んだり選ばなかったりする、採用したりしなかったり。
垣花:日々ふれている広告への違和感に立ち止まるために大切なことってなんなのでしょう。
美香:違和感に気づいたときに、記録して要素を書き出すことを私はやっています。「これってなんか違和感がある」の「これ」の記述を厚くしてみるんです。
外川:なるほど。
美香:違和感や、そこで生じる自分のきもちは大切にしつつ、目の前にあるもの、起きていることを記述して説明できるようにしていく。自分を守りつつ、意見を表明できるようなやり方をそれぞれがもてるといいし、そういう環境を教育の場で作っていく必要もあると思っています。

外川:明確な違和感に限らず、モヤモヤとか、「なんか気になる」に立ち止まると、見つかるものがあるんでしょうか?
美香:あると思います。それに「なんか気になる」は、他の人も気になってるはずなんです。安心できる場で、そのことについてちょっと言ってみたり、お喋りすることが結構大事なんです。
垣花:安心して語れる場を探すのが難しい気もしています……。
ちょっとした違和感やモヤモヤと自身の属性が密接につながっているときに、そのことに気づけているのは私だけで、結果的に他の人からの発言で傷つくこともありそうで怖いです。
外川:圧倒的な量の広告を流されると、それとは違う感じ方、考え方を持っているのって自分だけかもって不安になったり、自分の意見って瑣末なことなのかなと思わされちゃうこともある気がします。
美香:そうですよね。その場合は、私が行っている研修や講義のようなものに参加することからはじめたり、信頼できそうな講師と一緒に何を話題にするのか協議しながら進めるのもいいかもしれません。
継続的な仕組みを作る
外川:「見た目問題」の活動をずっとやってきて、世の中の人にこの問題を知ってもらわなければ解決しない、けど、だからといって、目立つことやればいいわけでもないと思ってきました。でも、もうこれだけ世の中が見た目とかルッキズムとかがワーッと話題に出てきている今だからこそ、もっと踏み込んだことをしてもいいとも思っていて。
たとえば、「見た目問題」当事者に広告モデルとして出てもらうとか。旬なタレントさんと、見た目に症状がある人が並んで、ファッション誌の表紙を飾るみたいな。インパクトがあって、ある種の社会的な偏見の打破につながるんじゃないかと思っていて。でも、そんな路線だけではダメじゃないのかとか、自分の中にすごくグラグラとジレンマを抱えているんですけど。
美香さんの目から見てそういうタレントの力を借りるというか、現状の流行を利用して問題をアピールしていくことはどう思いますか?
美香:既存の芸能的なもの、メディアも含めて、そういうものに新たに何かを入れていくことで変化を起こすということですよね。
外川:そうです。今の広告では「見た目問題」当事者はいないことにされている感覚があります。多様性をアピールする広告でも、モデルとして、人種、性別、障害、年齢、宗教、体型などは考慮されているけれど、「見た目問題」当事者はいません。
美香:それは、やっぱり、継続していくことが大事だと思います。たんなる話題性だけではなく、コンテンツとして作り続けていくことに意味があるということを、メディア側もエンタメ産業も、出る人も、送り届ける側も、すべてが納得した形で続けるんだったら意味があることですよね。
いわゆるそれまでの価値観の範疇になかった人をいいように利用して、搾取したりしてきた過去もあるわけで、そういう負の歴史を全部踏まえた上でじゃなきゃダメですよね。
一過性じゃなく、続けていく姿勢とともに出されなきゃいけないと思います。個人とか一団体だけではなく、全体でそういうふうに進んで行こう、行くよねってチームを作っていかないとダメで。

美香:本当は、企業活動というか、ブランディングのところにはじめから組み込まれているような仕組みというか、たとえば、ドラマを作るときには時代考証とかLGBT、ジェンダーの考証にしても、研究者の人が入ってますよね。同じように、人権の監修をする責任者を必ずいれる、ちゃんとその道でやってる人、研究者とか活動家とか、きちんと監修できる人が携われる仕組みを作らなきゃいけないと思います。
取材後記:小林えみか
取材の前に、あらためて日々の中で広告を観察しました。すると、よく目にするものとして美容系の広告が圧倒的に多い。「多様性」「ルッキズム」「ジェンダーレス」という言葉を目にしたり、そこで大事にされている考え方にふれる機会が増えたにもかかわらず、美容系の広告からは画一的なものさしで「綺麗にあるべき」という考え方が透けて見えました。人から見た目を評価されることと自分の評価が密接につながることを良しとする社会に対し、見た目問題の当事者としては、精神的苦痛を感じています。
「『観る』ことは、抵抗であり闘いです。」
小林美香さんの著書『ジェンダー目線の広告観察』の帯に書かれていました。取材を経て、そのことについてあらためて考えています。SNSで流れてくるダイエットやポルノ広告、公共空間にある偏った美容広告、未成年に悪影響を与えかねないものなどには、大人たちで継続的に抵抗する必要がありそうです。私自身も、違和感のある広告に対して、SNSで声を上げたり、友人と話をしたり身近なところから考えるきっかけづくりを続けようと思います。
Profile
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小林美香
国内外の各種学校/機関、企業で写真やジェンダー表象に関するレクチャー、ワークショップ、研修講座、展覧会を企画、雑誌やウェブメディアに寄稿するなど執筆や翻訳に取り組む。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。2010年から19年まで東京国立近代美術館客員研究員を務める。東京造形大学、九州大学非常勤講師。著作に『写真を〈読む〉視点』(単著 青弓社、2005)、『〈妊婦アート〉論 孕む身体を奪取する』(共著 青弓社、2018)がある。2023年9月に『ジェンダー目線の広告観察』(単著 現代書館)刊行。アメリカの漫画家マイア・コベイブ(Maia Kobabe)の自伝作品『ジェンダー・クィア』(サウザンブックス 2024年)の翻訳を手がけた。
Profile
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外川浩子
NPO法人マイフェイス・マイスタイル(MFMS)代表
東京都墨田区生まれ。20代の頃につきあった男性の顔に大きな火傷の痕があったことがきっかけで、見た目の問題に関心をもつようになる。一緒に街を歩いているときも、電車に乗っているときも、たくさんの人たちの視線を感じ、「人って、こんなに無遠慮に見てくるんだ!?」という驚きと、見られ続けるストレスにショックを受ける。2006年、実弟の外川正行とマイフェイス・マイスタイルを設立。見た目に目立つ症状をもつ人たちがぶつかる困難を「見た目問題」と名づけ、交流会や講演などを通して問題解決をめざし、「人生は、見た目ではなく、人と人のつながりで決まる」と伝え続けている。著書『人は見た目!と言うけれど――私の顔で、自分らしく』(岩波ジュニア新書、2020年)。作家水野敬也さんとともに『顔ニモマケズ』刊行(文響社、2017年)