こここ編集部より

個と個を感じる3冊の漫画。『バクちゃん』『ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門』『ブランチライン』 | こここ漫画 Vol.1
日々のこと

  1. トップ
  2. こここ編集部より
  3. 個と個を感じる3冊の漫画。『バクちゃん』『ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門』『ブランチライン』 | こここ漫画 Vol.1

【写真】こここ漫画の書影。左から『バクちゃん』『ヘテロゲニア リンギスティコ』『ブランチライン』

こんにちは。〈こここ編集部〉のちばです。編集部では、ニュース記事の執筆をしたり、SNSの運用をしたり、リサーチをしたり、たまに取材へ同行したりしています。最近は、漫画にハマっていて、毎月100冊近い漫画を読んでいます。

そんな私は「福祉まであと一押し」のメンバーとして、編集部へ誘われました。

当時、「福祉」に興味のアンテナを張っていたという自覚はありませんでした。ですが、編集部で考えている福祉の話を聞いて、自分の興味関心の中にも「福祉に宿るクリエイティビティ」に通ずるものがあると気が付き、編集部メンバーとなりました。

そもそも「福祉」とは、「幸福」を指す言葉。「社会」に関係のない人がいないように、「福祉」に関係のない人もいません。この世界に生きる“わたしたち”みんなに関わること、それが福祉だと〈こここ〉は考えています

「こここについて」より

“個と個で一緒にできること”を感じる漫画「こここ漫画」をご紹介

〈こここ編集部〉の編集会議は週に1回定例で開催されています。定例会議の冒頭には「一人3分ニュース」の時間があり、昨今の近況や感じたこと、行った展示や観たもの、考えたことなど「こここっぽさ」があるような内容を編集部みんなで共有しています。

あんなところに行ったよ、こんな施設を知ったよ、そんな話が飛び交う中、私の行う多くの「一人3分ニュース」は、創作の中にある「個と個で一緒にできること」の紹介です。〈こここ〉の大事にしている手つきやまなざし、「個と個で一緒にできること」を感じたり、考えられたりする作品を「福祉と重なりがあるかもしれない作品」として編集部メンバーへ紹介しています。

〈こここ〉ですでにご紹介している漫画作品には、『COJI-COJI(こここ文庫)』『ビッグマムアンちゃん』があります。ですが、まだまだ「こここっぽい」漫画は他にもたくさんあるはず!ということで、ちばが編集部会議にて紹介した漫画のうち、実際に編集部のほかのメンバーが読んでみた作品を「こここ漫画」として記してみます。

今回は、増村十七さんによる『バクちゃん』、瀬野反人さんによる『ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門』、池辺葵さんによる『ブランチライン』の3冊。それぞれの漫画に宿る「こここっぽさ」、ひいては「個と個で一緒にできること」から考えられる「幸福」を指す言葉としての「福祉」を感じていただけたら幸いです!

移民としてやってきたバクの“すこし不思議で、すこしリアルな”暮らしの物語『バクちゃん』

【写真】漫画『バクちゃん』の表紙3冊が並んでいる
『バクちゃん』 著者:増村十七 左から、コミックビーム版(全2巻・完結)・オリジナル版(全1巻・完結)

『バクちゃん』を編集部でおすすめしたのは、まだ〈こここ〉が立ち上がって間もないころでした。オリジナル版と〈KADOKAWA〉の漫画編集部「コミックビーム」で発売された版との違いごと楽しんでほしいと、編集部でマガジンハウス社に出社したタイミングで持参して見せながら話したことを覚えています。

『バクちゃん』は、バクの星から地球に「移民」としてやってきた主人公の暮らしを描いた物語です。やさしくポップなタッチと異星人と地球人が暮らすなどファンタジーな設定の中に、日本・東京で「移民」として生きるリアルさが共存して描かれています。さまざまなルーツを持つ人々の状況や、ひとりで居場所を探す心細さ、労働への不安、生きる者としての権利をないがしろにされる悲しさやくやしさなどと同時に、新しい世界での暮らしへの前向きな気持ちや素敵な出会いも描かれた、丁寧なリサーチと観察眼の上に成り立つ物語です。オリジナル版は第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞も受賞しています。

社会に対してやさしさや温かさだけでなく、やるせなさや違和感を持つと同時に、バクちゃん個人が感じる不安や葛藤、楽しみな気持ちも味わえます。この、社会的であることと、一人ひとりであることの両方の視点を持っているところが私の思う「こここっぽさ」です。

ファンタジックな設定ながら、手続きのプロセスや移民として生きる苦労などは、結構リアルで勉強になります。自分の国を離れなくてはいけなかった人たちが、たくさん出てきます。きっと、自分のまわりにもいるのに、見えてなかったんだろうなと思いました。

バクちゃんの、まわりの人を気遣う優しさと、自分に何ができるか悩みながら日々生きていく姿に、うるっときちゃいました。あと、バクちゃんが食べる夢、バイト先の定食屋のまかない、みんなでこたつを囲んで食べる夕食。出てくるご飯が美味しそうなのも印象的だったところ。夢はどんな味がするんだろう。―読んでくれた〈こここ編集部〉岩中さんより

……改めて、本作のファンタジーでポップな面とシリアスでリアルな重さのバランスは本当に絶妙です。すこし不思議で、すこしリアルな本作品。コミックビーム版の方がより「すこし不思議」の要素が強く、オリジナル版の方が「すこしリアル」の要素が感じやすいかもしれません。ですが、いずれの作品も重く悩んだり考えたり、というよりは漫画の軽やかさも持っていて楽しく読める作品です。オリジナル版は作者の増村十七さんのTwitterでも読めるので、ぜひ一度読んでみてください!

異なりに敬意をはらう研究探検譚『ヘテロゲニアリンギスティコ~異種族言語学入門~』

【写真】漫画『ヘテロゲニアリンギスティコ~異種族言語学入門~』の表紙4冊が並んでいる
『ヘテロゲニアリンギスティコ~異種族言語学入門~』 著者:瀬野反人 出版社:KADOKAWA コミックエース(2023年4月現在、4巻目まで発売中)

『ヘテロゲニアリンギスティコ~異種族言語学入門~』は、怪我で倒れた教授の代わりに、新人研究者が魔界で異なる言葉でとるコミュニケーションや、言葉ではなくジェスチャーやテレパシー、触感などさまざまな非言語で行われコミュニケーションの調査をしていく物語です。さまざまなコミュニケーションをたずねたり、分からなさを楽しみながらもそこに敬意をはらい、誠意を持っている様子は実際の研究者や世界で行われている研究ときっと通じるところがあるのだろうな、と思わせてくれます。

現地の種族にガイドをしてもらったり、相手の真似をしてみたり、分かることや分からないことを見つめなおしながら積極的に関わろうとしてみたり……。新人研究者の「分からなさをたずねる手つき」は非常に「こここっぽい(個と個で一緒にできることを考えているのではないか…!)」と個人的には思っています。自分自身が「解釈」することはできても「理解」しきれることはなく、当事者にしか見られず、感じられず、分からないことがあるという前提のうえでどう関わるのかは“個と個で一緒にできること”を大切にするときに大事な視点のひとつではないでしょうか。

また、言葉に立ち止まるところにも、私は「こここっぽさ」を感じます。たとえば、新人研究員が他の種族と出会う中で自分の中の感想として「人間味がある」と思ってから、そもそも「人間味」という言葉は「人間ではない種族には使えない言葉」だと気が付くシーン。〈こここ〉でも多くの言葉で立ち止まるので、同じような気付きはいくつもあります。

「私が理解だと思っていたこと」「理解ではなく解釈だった」作中の言葉にはっとする。

理解とはなにか、解釈という行為をどうとらえておくのか。互いに無理をし過ぎてしまう速度ではなく、判断を保留にできる範囲で出会い過ごすこと。そんな環境やプロセスの大事さが実感できる作品でした。―読んでくれた〈こここ編集部〉垣花さんより

私が『ヘテロゲニアリンギスティコ~異種族言語学入門~』に出会ったのは、ちょうど国立民族学博物館で行われていた展示「ユニバーサル・ミュージアム」へ訪れた頃でした。国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館であると同時に世界中で研究を行う文化人類学・民族学の研究や発表の場でもあります。世界各地から集めた民族学標本資料が展示されており、その数は30万点を超えていて1日中過ごせるボリュームです。本作に登場する「調査中、人間の価値観にとらわれていてはいけない」を思い出しながら、“人間”の部分に“自分自身”をあてはめ、自分自身の価値観で測らないように意識しなが展示品を見て回り、それぞれの誠意ある生活やものづくりをたくさん拝見し、本当に楽しく過ごしました。

物語のベースはコメディです。かわいい仲間や愉快な旅路を気軽に楽しむことのできる本作品。ヤングエースUPでWebから読むことも出来ますので、ぜひ一部読んでみてください!

誰かを想い、相手を大事にしながらも、自分の大切な部分をきちんと守りながら生きていく漫画『ブランチライン』

【写真】漫画『ブランチライン』の表紙4冊が並んでいる
『ブランチライン』 著者:池辺葵 出版社:FEELコミックス(2023年4月現在、4巻目まで発売中)

ファンタジー作品が続いてしまいましたが、3冊目は現代劇をご紹介します。『ブランチライン』作者の池辺葵さんは、編集部内に過去作である『プリンセスメゾン』がだいすきなメンバーがいることが判明したり、本作のおすすめをきっかけに他の作品も一気買いしたりと、作品群全体にどこか「こここっぽさ」があるのではないかという話にもなりました。他にもたくさんのおすすめ作品のある作家さんです。

今回紹介する『ブランチライン』は、四姉妹とその母、そして長女の息子からなる5人の女性と1人のこどもの生活を描いた作品です。登場人物たちは、相手の大事にしたいことやありたい姿を大切にしながらも、過去のふるまいに罪悪感を抱えながら生きています。本作は、私たちが生活している現代社会の中で、自分勝手に生きるのではなく、社会の中のひとりとして生きながらも、自分として大事にしたいことを大切にする、そんなひたむきさが描かれています。

暮らしというのは、楽しいことばかりではないですが、悲劇だけでもありません。そもそも、楽しいその瞬間にだって罪悪感は心のどこかに同居していて、感情も、立場も、考え方だって、完全に統一された一つの何かになることはありません。そんな登場人物たちの生き方は、それぞれが“個と個で一緒にできること”を考え、実践していると言えるのではないでしょうか。

さまざまな登場人物が目の前の相手に発する、何気ない日常会話のフレーズがいちいち素晴らしくて、ページをめくるごとに線を引きたくなるような作品です。池辺葵さんの作品はどれもそうですが、特に今作は群像劇でいろいろな立場の人から角度の違う言葉が現れてぐっときます。本当はここで名台詞を引用したかったのですが……抜粋できないんです。ひとつのフレーズだけ抜いても通じない。その状況のその人物がその場面でその相手に対して発した言葉だから意味があって。「何気ない一言」に宿る凄みは、これが特別な物語だからではなくて、今を生きる一人ひとりにリンクする日常のゆらぎだったり、喜びだったり、綻びだったりを微細に扱っていることに由来しているというか……。うまく説明できないですが、この作品を読むと、ままならない人生を生きる自分ですら、世界のどこかから深い愛情や信頼を向けてもらえているような、そんな気持ちになります。とても不思議なことに。 ー読んでくれた〈こここ〉編集部中田さんより

私が『ブランチライン』で、とくに丁寧に描かれているなと感じているのは、自らの行動や言葉、時には「行動をしないこと」や「言葉にしないこと」が、無自覚なうちに良くも悪くも誰かの生き方に影響を与えている点です。正しくばかりは生きられなくて、罪悪感を抱えながらも、それでも、なるべくまっすぐ生きていく。それは、自分自身にだけではなく、他者との関係や社会との関係にも真摯であるということのように思えます。

物語の中で、登場人物たちは自分の欲望や願望を抑えつつ、他者も大事にしています。それぞれの登場人物の生きざまが、ひたむきさを前提に描かれているので、読んでいて勇気がもらえたり、心が温まったり、自分自身の暮らしを見つめ直すきっかけになります。

「こここ漫画」Vol.2に向けて

私は幼少期に漫画をあまり読んでこなかったので、まだ出会ったことのない漫画がたくさんあります。そして、まだまだ新しい作品もたくさん発表されていて、先日27歳を迎えたちばは、漫画の面白さにますますどっぷり浸っています。ジャンルを超えてさまざまな漫画を読みふけ、この2年間で編集部へおすすめしてきた漫画は数十あるような……。

まだまだ読者の方にも共有したい「個と個で一緒にできること」を考えられる漫画や「こここの手つき」を感じる漫画はたくさんあるので、今後もVol.2、3と紹介できればと思います。

また、色々な漫画をぜひ知りたいし、読んでみたいので、こんな漫画おすすめだよ、というのがあればいつでも〈こここ編集部〉までご連絡ください。それでは、こここ漫画 Vol.2でお会いしましょう!