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白でも黒でもない、“あいだ”に向き合う時間を。10代以上すべての人のための人文書シリーズ「あいだで考える」
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最首悟/著『能力で人を分けなくなる日――いのちと価値のあいだ』、栗田隆子/著『ハマれないまま、生きてます――こどもとおとなのあいだ』(創元社)

創刊1年、「正解のない問い」に向き合う7冊を出版

「ココロとカラダ」「リアルとオンライン」「子どもと大人」……日常生活や社会の中で何か問題が起きたとき、人は物ごとを2つに大別したり、それらを対立させたりして考えます。論点を整理しやすく、他の人にも情報を伝えやすい方法です。

でも実際には、その2つの“あいだ”で、考えや気持ちが揺れ動くことも少なくありません。2023年4月創刊の「あいだで考える」(創元社)は、そうした白でも黒でもないグラデーションを認めて、葛藤を抱えつつ、読者と一緒に「正解のない問い」を考えていく10代以上すべての人に向けた人文書シリーズです。

冒頭で示したような、二項対立になる言葉の“あいだ”はもちろん、「人と人」「いのちと価値」など多様なテーマを、10代の関心を意識しながら1冊ずつ展開。2024年7月時点で7冊発行され、2025年4月までにさらに4冊の出版も予定されています。

異なる他者と共に生きるための、シリーズ「あいだで考える」

2023年4月、文学紹介者の頭木弘樹さんが著した『自分疲れ――ココロとカラダのあいだ』と、哲学・倫理学を専門とする戸谷洋志さんの著書『SNSの哲学――リアルとオンラインのあいだ』の2冊で始まった、「あいだで考える」。

今の不確かな時代を生きていくためには、「自ら考える力」「他者と対話する力」「遠い世界を想像する力」を養うことが大切ではないか。そう考えた〈創元社〉が、多様な分野で物ごとの“あいだ”に身を置いて考えている実践者たちを書き手に招き、特定のテーマで問いを掘り下げていく単行本シリーズとして創刊しました。

先の見えない現代、10代の若者たちもオトナと呼ばれる世代も、不安やよりどころのなさを感じ、どのように生きてゆけばよいのか迷うことも多いはず。
本シリーズの一冊一冊が「あいだ」の豊かさを発見し、しなやかに、優しく、共に生きてゆくための案内人となりますように。
そして、読書が生きる力につながる実感を持ち、知の喜びに出会っていただけますようにと願っています。

(「創刊のことば」より)
頭木弘樹/著『自分疲れ――ココロとカラダのあいだ』 本文ページより。短い章立ての構成で、判型もコンパクト。小学校で習わない漢字や読みにはルビがつく
同上「作品案内」ページより。巻末に、テーマに関連した文学や漫画、映画などの作品も紹介されている

続けて、2023年6月にはロシア文学研究者で翻訳者の奈倉有里さんが綴る『ことばの白地図を歩く――翻訳と魔法のあいだ』が、8月には作家・翻訳者の田中真知さんによる『風をとおすレッスン――人と人のあいだ』が出版。

さらに創刊半年後の10月には、ドキュメンタリー映画作家の坂上香さんが、10代の若者たちと「サークル(円座になって自らを語りあう対話)」を行った記録集として、『根っからの悪人っているの?――被害と加害のあいだ』も刊行されました。

テーマに即した問いを生むタイトル、矢萩多聞さんによる読みやすいブックデザインを毎回組み合わせながら、扱うテーマの幅を広げています。

新刊『能力で人を分けなくなる日』『ハマれないまま、生きてます』

本記事のトップに掲載した2つの本は、2024年に出版された2つの新刊です。

3月発売の『能力で人を分けなくなる日――いのちと価値のあいだ』は生物学者、社会学者、思想家の最首悟さんの著書。「弱さ」「能力主義」「優生思想」「自己責任」などの言葉について対話を深めていく1冊で、高齢者や障害のある人を取り巻く環境や、西洋と東洋の世界観などのレクチャーを交えながら、3人の中高生と最首さんが語り合います。

今までは、能力や生産性で人を選別していく社会は嫌だなくらいに思っていたんですが、それが、今の若者が抱えている問題なんだというところに結びついた時に、自分の中ですごく現実味を帯びてきました。
いのちの価値であったり、定義であったりが、社会の都合で決まっていく。で、それが自分の中でも起きている。やっぱりまだ能力主義から抜けきれていない部分があるのかなと感じています。

(『能力で人を分けなくなる日』p73、高校生・せんさんのご発言より)

重度障害のある娘・星子さんとの生活や、津久井やまゆり園事件の植松青年との手紙のやりとり、かつて水俣病の実地調査研究に参加したこと……そうした最首さん自身の経験として語られる話から、3人の中高生の内側にさまざまな問いがうずまいていくことが感じられる本になっています。

一方、5月に出版されたばかりの最新刊『ハマれないまま、生きてます――こどもとおとなのあいだ』は、文筆家の栗田隆子さんによる著書です。

幼い頃から「子どもらしい」と言われるものにハマることができず、けれど「大人」とされる年齢になってからも、そう言われる状態に絶望し続けてきたと綴る栗田さん。逃げ場のなかった幼少期〜10代の経験を赤裸々に語りながら、社会に対し「疑問」を持つことを教えてくれたフェミニズムやキリスト教について、自身にとっての意味や、人々に与える功罪を記していきます。

宗教にしても思想にしてもその時の政治や社会の体制を提持する側面と、既存の体制の外に向かう、あるいは体制に抵抗する側面の両面を待っていると言える。(中略)そのバランスが難しいわけだが、宗教や思想が持つ後者の要素に救われた身としては、既存のありようを問い、抵抗の重みとともに生きていきたいと思う。そして抵抗とは何も派手な行為をすることだけではない。
私はあいかわらず死にたくなったりするし、絶望もたびたびしている。ただ素の自分に立ち返ることと、そして疑問を持つことはひとりの立場からでもできる。

(『ハマれないまま、生きてます』p158〜159より)

本書は冒頭、「子どもと大人」をテーマにした当初の企画が、ある編集会議で崩れていくシーンから始まります。そこから、社会全体を俯瞰する分析や批評ではなく、なぜ筆者自身の過去を辿る本になったのか。若い世代に向けて書くことの、どこに怖さが潜むのか。

“あいだ”を巡り自らの内面を深く潜っていく栗田さんの葛藤は、10代はもちろん、多くの世代に届きうる内容になっていると言えるでしょう。

さらなる続刊も4冊が決定!2024年8月は「見えるものと見えないもの」「韓国語と日本語」を巡る2刊

シリーズ「あいだで考える」の特徴の1つに、先々の刊行スケジュールを公開していることが挙げられます。2024年8月27日頃には、野宿者でありアーティストとしての活動もしてきたいちむらみさこさんによる『ホームレスでいること――見えるものと見えないもののあいだ』と、翻訳者の斎藤真理子による『隣の国の人々と出会う――韓国語と日本語のあいだ』が発売予定。

その後も2025年春まで、「私と世界」「性と生」をテーマにした続刊の発売が公表されています。

何かと何かの“あいだ”にあるものは、どれも輪郭がはっきりしないし、対話を続けたとして、わかりやすい答えが得られないことも多いでしょう。けれどそこにこそ、異なる他者と何とか生きていくヒントが詰まっていることを、このシリーズは教えてくれます。

まずは気になるテーマから、1冊手に取ってみてください。本の内側に広がる不確かな世界に、あなたがハッする言葉が埋まっているかもしれません。