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カメラとともに訪ねる、“見えない・見えづらい”世界──鶴巻育子さんと視覚障害のある人たちの写真展「ALT」開催中
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【画像】オルト・鶴巻いくこ・写真展のキービジュアル。タイトルや会期が記された白い背景の中央に、背中を向け砂の上に立つ人の写真が配置されている
2024年9月27日(金)〜11月11日(月)まで開催の、鶴巻育子 写真展「ALT」

100点の写真で表す、隣にいて“違う”世界を生きる人のまなざし

同じ場所にいて、同じ風景を一緒に眺める。そんなとき、私たちはつい当たり前のように、「目の前の人も自分と全く同じように見ているはず」と考えてしまいます。

でも、それは果たして本当でしょうか。同じ世界が見えているなら、私たちのコミュニケーションは、なぜこうも日々すれ違っていくのでしょうか。

東京・品川にある〈キヤノンギャラリーS〉で開催中の「ALT(オルト)」は、そんな「見る」ことの意味を改めて問い直してくれる写真展です。写真家の鶴巻育子さんが、視覚障害のある方々と行った4年間の撮影プロジェクトの集大成であり、「隣にいる人」「※写真はイメージです」「見ることとは何か」の3つのセクションに展示された約100点の作品を通じて、見えない、あるいは見えづらい世界の輪郭を捉えていきます。

【写真】壁に作品がいくつも展示されている。1つ1つは、半分にカラー写真、もう半分にその写真のもとになったと思われる言葉が配置されている

写真家として出会った、視覚障害のある人々

2000年代から写真作家として活動、近年は自ら〈Jam Photo Gallery〉(東京都目黒区)も主宰し、幅広く活動してきた鶴巻さん。しかし、長年撮り続けるなかでは、対象を「しっかり見て撮った」と思う写真が実際には思ったように写っていないことも多く、次第に「見る」ことへの疑問が湧き上がってきたといいます。

「写真家といえど、見ているようで見ていない。見たいものだけ見ているのかもしれない」

そんな思いから、目を使って仕事をする自分とは対極にいるとも言える、視覚障害のある方々の感じる世界に鶴巻さんは興味を持つように。2020年からは、同行援護従業者という福祉の仕事にも携わるようになりました。

「視覚障害」と一言で表されるなかには、全盲の人もいれば、ロービジョン(社会的弱視)とされる人もいて、その見え方は実に多様です。簡単に言葉でカテゴライズできるものではないことを知り、4年かけさまざまな当事者をたずねた鶴巻さん。一人ひとりと関係を深めながら触れた、“見えない・見えづらい”世界を、どう表すことができるか模索してきました。

【写真】薄暗いなか、広い芝生の手前に水溜りがあるのがわかる。やや暗い空が写っている
ALTプロジェクトの中で、2022年に開催された展覧会「芝生のイルカ」より ©鶴巻育子

3つのセクションからなる写真展「ALT」

今回の展示は、視覚障害のある方々のポートレート「隣にいる人」、言語で表された視覚障害のある世界を鶴巻さんが写真化した「※写真はイメージです」、両者がともにカメラを手に街歩きをしたスナップ集「見ることとは何か」の3部で成り立っています。

「隣にいる人」は、本人に撮影場所を決めてもらい、撮る前に2時間ほどインタビューを行ったうえで、撮影後には別の方も紹介してもらうプロジェクトです。話を聞くなかでは、過去にそれぞれの当事者が感じた社会的障壁に触れることがあり、「知らず知らずのうちに偏見や先入観を持っていた」自分にも気づいていったという鶴巻さん。モデルとして協力してくれた31名に対し、葛藤を抱えつつカメラ越しに向き合った作品が展示されています。

写真に写るのは「隣の違う世界」にいながら私たちと同じ世界にいる人々である。

(展示資料より)
【写真】白い杖を持つ男性のポートレート。屋内のタイル張りに頭をつけ、ブレイクダンスのようなポーズをとっている
©鶴巻育子

2つ目の「※写真はイメージです」は、視覚障害のある方が日々見ている世界を、鶴巻さんが写真として再現しようと試みた作品群です。

“人は影になる。どちらを向いているかわからない。” “所々欠けているはずだけど、ひとつの絵を見ている。”——そんな言葉を足がかりに、鶴巻さんならではの解釈で立ち上がってくる新しい世界。実際に本人が見えている景色には「辿り着きようもない」ことを前提にした作品は、障害の有無を超えて、私たちの日常のコミュニケーションへのあり方を問い直します。

【写真】キービジュアルでも使われていた、背中を向け砂の上に立つ人の写真。姿は影になってよくみえない
©鶴巻育子

3つ目の「見ることとは何か」は、視覚障害のある難波創太さん、末棟武虎さん、大沢郁恵さんの3人とともに街を歩き、一緒に写真を撮ったプロジェクトの展示です。鶴巻さんも予期せぬ場所やタイミングでシャッターを押す3人が、晴眼者と呼ばれる人とは異なる世界を「見て」いることを感じられるよう、両者の視点が入り混じる構成になっています。

【写真】黒で統一された壁や柱のあちこちに、モノクロとカラーの写真が入り混じるように多数展示されている

約4年の間に多くの視覚障害者の人々と時間を共有した中で最も興味深かったのは、彼らが頻繁に「みる」という言葉を口にすることでした。私は改めて見ることの意味を考えるようになり、いかに自分の視野が狭いかを思い知る体験をしたのです。

(展示資料より)

本展は「見る」を職業にする一人が、「みる」という行為や言葉の捉え直しを迫られたプロジェクトともいえます。私たちが当たり前に思う世界が、実はそうではないかもと気づくことで、足元の揺らぐような感覚を覚える方もいるかもしれません。

それでもその先には、自分だけでは得られなかった気づきやアイデアの可能性もあることを、鶴巻さんは指摘します。展示は2024年11月11日まで。気になる方はぜひ、ギャラリーに足を運んでみてください。