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医療的ケア児の母の「透明人間」の記録。山本美里さんの写真展〈るんびにい美術館〉で10月4日まで開催
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下の画像で紹介する「Hidden Mother」のポートレート画像を中心に、「透明人間の『いま、ここに在るということ』山本美里写真展」というタイトルの入った写真展パンフレット

医療的ケア児とその家族が抱える「いま」を知る写真展

日本全国における「医療的ケア」が必要な子どもは、2021年時点で推定約2万人(※注1)いるとされています。そうした子どもの成長に伴い、特別支援学校への入学を希望し、通学を選択する家庭は多くあります。ところがその在校中、万が一の急変に備えた常時校内待機を家族に求める場合もあるといいます。

医療的ケア児の母であり、写真家の山本美里さんも、10年にわたる校内待機を経験したひとり。その間に感じたさまざまな思いや問いをポートレート作品として残してきました。

そして今回、それらの作品を中心とした写真展「透明人間の『いま、ここに在るということ』」が、岩手県花巻市の〈るんびにい美術館〉にて、2025年5月16日(金)~10月4日(土)の期間で開催されています。

※注1:厚生労働省「医療的ケア児について(PDF)

山本さんのご自宅の息子さんの部屋の写真。車椅子に乗る息子さんと、ベッドに座り息子さんを眺める山本さんを捉えた写真。部屋の様子は、若葉色の壁紙に、さまざまな写真やイラストなどが貼り出されてある。
(photo:山本美里)

特別支援学校で「透明人間」になった山本さん

2008年、第3子となる息子さんが重度の障害がある「医療的ケア児」として生まれ、人工呼吸器の管理、痰の吸引、経管栄養といった医療行為を日常的に引き受けることになった山本さん。

息子さんが通うことになった特別支援学校は、一部の医療的ケアを学校の看護師が担うことができないことから、山本さんが常時校内待機をすることが入学の条件でした。

お母さんは必要なこと以外は何もしなくていいんですよ。ここに座っていてくれさえすればいいのです。

『透明人間 ーInvisible Momー』(タバブックス/6頁)

また、学校関係者から言われたのは「学校は教育現場であり、子どもたちの自立の場所です。必要なとき以外、お母さんは気配を消していてください。(28頁)」ということ。週4日、1日にして約6時間。まるで「透明人間」のような存在で、ただただ時間が過ぎるのを待つだけの校内待機は、山本さんの心身に不調をきたしていきます。「こういう小さな出来事も積み重なると、人間はだんだんとおかしくなっていくということを、この生活をしながら体感した。(64頁)」という当時の苦悩も写真集には綴られています。

そうした日々のなかで山本さんが始めたのが、自分自身にカメラを向ける「フォトセラピー」でした。

とあるきっかけで、2017年から京都芸術大学の通信教育部美術科写真コースに進学した山本さん。校内待機中の透明人間たる自分自身を被写体に作品を制作していきます。

さまざまな絵本が置かれた学校内の本棚の前で、白いヴェールを全身に被り、小児への基本看護技術の習得や病児の日常的なサポート技術のトレーニングに使用する小児看護実習モデルの「まぁちゃん」を背後から抱える山本さんのポートレート。
19世紀のヴィクトリア朝時代に流行した写真のジャンル「Hidden Mother(隠された母親)」をモチーフとした作品。小児看護実習モデルの「まぁちゃん」を背後から支えるのは、白いヴェールをまとった山本さん(photo:山本美里)

卒業制作には、撮りためた作品を『ここにいるよ ー禁錮十二年ー』として発表し、同学学長賞を受賞。そして2021年11月、その一連作品を『透明人間 ーInvisible Momー』として自費出版し、大きな反響を呼びました。

2023年12月には、同書を再構成・再編集した写真集を〈タバブックス〉から出版。現在も日本全国で写真展や講演を続け、「そのときどきの“今”」について作品制作を行っています。

かつて女子高生の間で流行した「やまんばギャルファッション」に身を包んで笑う、山本さんと息子さんのポートレート。
(photo:山本美里)

積み重ねてきた「そのときどきの“今”」を伝える展覧会

本展では、写真集『透明人間 ーInvisible Momー』に掲載されている作品に加え、グラフィックで植物をあしらった花シリーズ作品、2025年3月に息子さんが亡くなり、その後に撮影された家族の作品など、山本さんとそのご家族、周囲の支援者とで積み重ねてきた「そのときどきの“今”」が展示されています。

自身の存在を消さねばならなかったかつての山本さんのポートレートからは、クスッと笑えるユーモアさに加えて、「私はここにいるよ」といわんばかりの痛切な声も聞こえてくるようです。

会期中の9月6日(土)には、山本さんご本人が登壇するギャラリートークも予定されています。作品制作に至るまでの背景、撮影時のエピソード、母親の立場についてなどが語られる予定です。

冬の無人の駐車場で、山本さんの4人の子どもたちに抱えられて笑う山本さんのポートレート。
(photo:山本美里)
亡くなった医療的ケア児だった息子さんの顔写真を切り取ったお面を被り、火のついたバースデーケーキを抱え、別の息子さんの誕生日を祝う山本さんの写真。
(photo:山本美里)

ケアが必要な子どもたちが通う特別支援学校は、地域によって受け入れる体制も、ケアや支援の方法も異なるといいます。山本さんのように常時校内待機を求められる場合もあれば、親の付き添いなしで通える場合もあるのだそう。

2021年には「医療的ケア児支援法」も施行されました。山本さんと息子さんが特別支援学校に通っていた頃に比べると、社会的な支援に変化が訪れているようです。一方で山本さんは、「しかし、2023年に文部科学省が発表した直近の校内待機保護者数が、私が作品を発表した2021年当時とはさほど変わっていないのはなぜなのか。(126頁)」と写真集の中で疑問を呈します。

私には願っていることがあります。
それは、いつかこの保護者付き添いの制度がなくなって、
どんな子でも親の付き添いなしに
学校に通える日が来ることです。
保護者が付き添いを理由に、
子どもの通学をあきらめる必要のない日がくることです。
(中略)
子どもたちがどんなふうに生まれてきても、
私たち「母親」が自分たちの人生を
自分たちで選択できる時代がきっとやってきます。

(98頁)

マイノリティの立場に置かれている人たちが通う場所と、そこで“見えない存在”として扱われる人々の存在。手を差し伸べたくても差し伸べられない社会制度の枠組み。学校卒業後の医療的ケア児への支援の行方。ケアする家族の今後——。「医療的ケア」が必要な人と、その支援者を取り巻く課題は多岐におよびます。そのような状況を多くの人が知ることこそ、社会や支援の変革につながるのではないでしょうか。

写真展は10月4日まで。お近くにお住まいの方をはじめ、花巻を訪ねるご予定のある方は、ぜひ会場に足を運んでみてはいかがでしょうか。また、写真集『透明人間 ーInvisible Momー』は〈タバブックス〉のオンラインサイトから購入できます。

「透明人間の『いま、ここに在るということ』山本美里写真展」のパンフレット裏側。