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「言葉」のままならなさにどう向き合う? 哲学対話の実践者・永井玲衣さん『これがそうなのか』新刊発売中
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【画像】「これがそうなのか」の書影。帯に、言葉と出会い、言葉と育ち、言葉を疑い、言葉を信じた、の文字

言葉に支えられながら、世界を見つめ続ける哲学者のエッセイ集

「就活って、なぜこんな仕組みなんだろう?」
「遠い国の戦争はなぜ起こるのか?」
「私はどう生きていくべきなのか?」

幼い頃や学生時代、そうやって頭の中で答えのない、また相手の見えない問いをぐるぐると考え続けた経験はないでしょうか。一方で、社会人としての経験を積み、知識もそれなりに身につくと、問いが浮かんでもすぐに消えてしまう、あるいはそもそも、あの頃のように問いが湧き上がる瞬間自体が減ってしまうケースもあるかもしれません。

2025年11月6日に刊行された哲学者・永井玲衣さんの著書『これがそうなのか』(集英社)は、改めて「問い」とは何か、そして言葉が私たちにどのような影響を与えるのかを考えさせてくれる一冊です。

言葉から生まれる違和感や、その違和感からまた新たに立ち上がる問いを手がかりに、永井さんは世界や他者とどう向き合ってきたのか。子どもから大人まで、幅広く哲学対話を実践されている永井さんの、思考の軌跡が丁寧に綴られています。

言葉の背後に寝そべっている問いを探す

『これがそうなのか』は、2022年7月から雑誌『青春と読書』で連載された「問いはかくれている」と、2023年11月から雑誌『小説すばる』で連載された「これがそうなのか」を収録したエッセイ集です。

著者の永井玲衣さんは、大学で哲学を学んだ後、研究と並行して2012年ごろから「哲学対話」と呼ばれる対話の場づくりに取り組んできました。連載が始まった2022年当時は、新型コロナウイルス感染症の影響がまだ色濃く残る時期。直接、人と集まって哲学対話を開催するのが難しかった状況のなかで、永井さんは「世の中にあふれることばそのもの」と向き合い、その意味を掘り下げ始めました。

【写真】路地に佇む永井さん
撮影/大槻志穂

本書の第一部「問いはかくれている」では、「推し」「横文字」「普通に」「めしテロ」などの、身近に立ち現れるようになった言葉に光を当てます。

例えば、若者の相槌として使われる「あーね」。「ああ、なるほどね」「ああ、そうだね」といった納得や理解をカジュアルに示す言葉です。永井さんはこの言葉に、「あなたはそう考えるんですね、私はどうか知りませんけども、というひとつの意思表示」という側面を見いだします。

問いはまだかくれているだろうか。まだまだかくれている。相槌をうたないと、相手の言葉を受け入れていないということになってしまうのだろうか。いや、相槌をうつことで、本当に反応できているというふうに言えるのだろうか。わたしが「なるほどね」「あーね」と言うことによって、何を差し出していることになるのだろうか。言葉そのものなのか、感情なのか、存在なのか。

(第一部「問いはかくれている」p.48〜49)

なぜ相槌をうたないと、人は話をしづらくなるのか。もし相槌をうたれなかったら、その言葉はどこへ消えてしまうのか。本書は明確な答えを提示しません。永井さんが「あーね」という言葉から抱いた違和感や感覚が、じわっと読み手の心の中まで広がり、新たな問いを浮かび上がらせていきます。

本の言葉から、争いの絶えないこの世界との対話を試みる。

第二部「これがそうなのか」では、「本を読んでいるときだけがほんとうの自分で、それ以外は嘘だと思うような子どもだった」と語る永井さんが、幼いころからどんな本や言葉と出会ってきたのかが綴られています。さらに、随所に引用を交えながら、争いや戦争という言葉の奥に潜む、まだ問いとして形になっていない“何か”を丁寧にほどいていきます。

例えば「わたしたちに許された」と題する章では、アメリカ大統領のブッシュがイラクに宣告した「タイムアウト」が迫る頃、偶然知り合った男女が渋谷のラブホテルであてどない時を過ごす5日間を描く、岡田利規さん著作の『わたしたちに許された特別な時間の終わり』が取り上げられています。

高校生の頃、初めてこの本を手にしたという永井さん。当時は戦争という言葉の意味は理解していても、その実態がどのようなものなのかは、まだよくわかっていなかったと振り返ります。

わたしはタイトルを気に入って、いろんな場所に書きつけた。だが、それだけだった。わたしは考えなかった。「特別な時間」とは何か。誰によって「許された」のか。「終わり」を迎えたわたしたちは、どうやって生きていくのか。わたしは考えなかった。

(第二部「これがそうなのか」p.188)

しかしそこから大人になり、遠い国で始まる戦争をテレビ越しに目にした永井さんは、戦争という言葉の背景にあるものを実感していきます。写真家の八木咲さんとともに始めた「せんそうって」というプロジェクトでは、戦争についてひとびとと共に考え、話を聞いて、表現を試みました。

ロシアがウクライナに侵攻しているとき「せんそうって」のダイアログはひらかれた。ガザにイスラエルが大量の爆弾を降らせている日にもダイアログの場はひらかれた。なんだかそれは「三月の5日間」の、沈黙が多く、時に居心地が悪く、時に場が波打つような、ふたりが居合わせたライブパフォーマンスの雰囲気に似ていた。「これがそうなのか」とわたしは思った。それは、感じたくない感情だった。

(第二部「これがそうなのか」p.192)

たった2文字の「戦争」という言葉が持つ奥行きは、どれだけ考えても、調べても、容易には底には辿り着けないほど深い。その事実を何度も突きつけられながらも、永井さんはさまざまな人との出会いを通じて、繰り返し「これがそうなのか」と自問し、争いの絶えないこの世界との対話を試みていきます。

2つの刊行記念トークイベントを開催予定

“ことばと出会い、ことばと育ち、ことばを疑い、ことばを信じた。”

本書の帯に記されている文章です。「ことば」は、自分と外の世界をつなぎ、同時に自分の内側を深く掘り下げることもできる一方、その扱いが難しい側面も大いにあります。本書は、そんな「ことば」のままならなさを多角的に見つめ、丁寧に吟味することで、あなた自身の「ことば」を育む手助けとなります。

【画像】「これがそうなのか」書影

本書の刊行を記念して、現在2つのトークイベントが予定されています。

まず、2025年12月27日(土)11:00〜13:00には、東京・下北沢の〈本屋B&B〉で、イベントプロジェクト Candlelightの主宰・アリサさんとのトークイベントを実施。さらに、2026年1月20日(火)19:00〜20:30には、青山ブックセンター本店にて、永井さんとロックバンド〈ASIAN KUNG-FU GENERATION〉のボーカル&ギター・後藤正文さんによる対談イベントが予定されています。

ことばの奥に潜む問いについて考えをめぐらせたい方は、ぜひトークイベントにもご参加ください。