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支援者が語る「精神障害」の世界。『同じ月を見あげて ハーモニーで出会った人たち』が〈道和書院〉より4月26日に発刊
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『同じ月を見あげて ハーモニーで出会った人たち』書影

幻聴や妄想と共に生きる人々の側に居続ける。支援者によるエッセイ

ある日、どこからともなく誰かが自分に語りかける“声”が聞こえて日常ががらりと変わってしまったら。急に気持ちがふさぎ込んで不調の波に飲み込まれ、住まいや仕事を失ってしまったら。それでもどうにか生きていこうとするとき、その手立てのひとつに社会保障制度があります。

しかし制度上のサービスを活用するだけでは、こぼれ落ちるものもあるでしょう。例えば自分のなかで起こっていることを否定されずに「つらいんだね」と言い合えたら。一緒にご飯を食べて、笑い合える人に出会えたら。きっとみんなも同じ月を見ているねと、思い描ける居場所に一度でもめぐり合えたら。そこでやっと人は、笑うことができるのかもしれません。

新澤克憲さんの著作『同じ月を見あげて ハーモニーで出会った人たち』が2024年4月26日(金)〈道和書院〉より発売されました。さまざまな心の不調や日々の生活に苦労している人たちが集う福祉事業所〈ハーモニー〉。施設長の新澤さんとそこを拠り所にするメンバーが紡いできたこれまでの日々を、時代や人の変遷と絡めながら振り返るエッセイです。

いたずらに人を評価しない・人に評価されない場所〈ハーモニー〉

〈ハーモニー〉は東京都世田谷区に拠点を置く(制度上では)就労継続支援B型事業所(注)です。統合失調症や躁鬱病、発達障害やパーソナリティ障害などの診断を受けたメンバーの“居場所”であることを大切に「いたずらに人を評価しない場所、人に評価されない場所」としてリサイクルショップ運営や近所の公園の清掃、手作り製品の販売などの活動をしてきました。

注:障害のある人や一般企業での就労が難しい人が、雇用契約を結ばずに、作業をしたり就労訓練などを行うことができる福祉サービス。

〈こここ〉でも、2021年7月より「いたずらに人を評価しない/されない場所『ハーモニー』の日々新聞」と題して、新澤さんがまとめ役となり、〈ハーモニー〉のメンバー(利用者)をはじめとするさまざまな人々が登場し、その時々に決めたテーマに沿っておしゃべりする連載が続いています。

著者の新澤さんは1960年広島市生まれ。精神保健福祉士、介護福祉士。〈東京学芸大学〉教育学部卒。デイケアの職員や塾講師、職業能力開発センターでの木工修行を経て、1995年の共同作業所〈ハーモニー〉開設のタイミングで施設長に就任。その後〈ハーモニー〉は2006年の障害者自立支援法の施行を契機に、障害者就労継続支援B型事業所となり、新澤さんは2023年までサービス管理責任者を務め、現在は〈ハーモニー〉の活動に賛同する地域の人々とともに設立した〈特定非営利活動法人 やっとこ〉の理事長として、精神障害のある人々の困りごとや暮らしのサポートをしています。

著者である〈ハーモニー〉施設長の新澤克憲さん(写真:工藤由夏)

刊行に際し、〈ハーモニー〉の活動風景を撮影したこともある写真家の齋藤陽道さんは、新澤さんの人となりについて触れながら、このような文章を寄せています。

私たちは、いつ、どのように崩れるかわからない、やわらかくて繊細な弱さを含んだ砂の家なのだ。
砂の家をめぐって厳しい現実を見つめる新澤さん。崩れる砂をともに掬い集め、ともに直し、コツコツと関係を築いていく。
不意に訪れた悲しき日もごまかさず書く。それでも日常はやってくる。日常のかけがえなさを深く噛み締める人にしか表せない描写によって、登場するみんながふしぎなほど近しくなる。そうして、自分自身の抱える弱さをも愛でたくなる。

(P.05「新澤さんと、この本のこと」より引用)

“彼ら”の「しんどさ」は、“私”を動かす

メンバーのなかには、長年〈ハーモニー〉を利用し続ける人もいれば、なんらかの事情で来られなくなった人も、亡くなった人もいます。新澤さんは本書刊行にあたって自身のnoteで、そんな人々と向き合ってきた約30年の日々について、こう表現しています。

幻聴に耐えかねた人が夜中に叫んで私が呼ばれる時、不思議な連中に邪魔されて歩けなくなり迎えに行く時、その「しんどさ」の渦中にいるのは彼らです。つきあいの年数を重ねれば、彼らが「しんどい」思いをしていることくらいはわかるようになるけれど、その「しんどい」の内実は、やはり、私のものではないのです。
 けれども、彼らの「しんどさ」は私を動かすことになります。求められるままに横に居て、夜明けまでCDでソウルミュージックをかけたり、「若松組、どこかにいけ!」と大声をあげながら車を走らせる。ついでに一緒に床を踏み鳴らす。

新澤さんのnoteより引用)

本書は、おおまかに4つのパートで構成されています。「Ⅰ はじまり」は「まだ制度が整っていなかった作業所立ち上げの頃」として、新澤さんがハーモニーの施設長になった経緯や、黎明期の印象的なエピソードなどが並びます。「Ⅱ 転機」では〈ハーモニー〉の活動の転機となった「幻聴妄想かるたシリーズ」がどうやって生み出されたのか、その制作秘話について語ります。

「Ⅲ ハーモニーの日々」では「ハーモニーで出会った忘れ得ぬ人々のこと」と称して、その時々で〈ハーモニー〉を居場所にしていたメンバーとの思い出が一つひとつ丁寧に綴られます。例えば、修三さんというメンバーが失踪してしまい、戻ってきた際には、彼の経験をもとに四か条の〈失踪の心得〉を作り、それが「幻聴妄想かるた」にもなったそう。一見すると突飛に思える言動も、その人にとっての切実な理由を抱えていることが明らかになります。それはときにおかしみに溢れていたり、切なかったり。読み進めていくうちに、そこにある一人ひとりの暮らしが、自分の暮らしと地続きのように感じられていきます。

「Ⅳ家族の風景」では、メンバーとその家族の関わり方が描かれています。さらにそこから新澤さん自身の父親のことへと発展していき、そして新澤さんは作中、父親のゆかりの地である岡山県のハンセン病患者にまつわる施設〈国立療養所長島愛生園〉を訪れます。ハンセン病患者が受けた“隔離”の歴史について学びながら、精神障害のある人々が受けてきた“隔離”についても考えを巡らせ、自身が出会ってきた人々たちについて「語り継ぐ」ことへの覚悟が本書の最後で語られています。

社会の中に身を置きながら、その社会自身が「いなかったこと」にしようとしているものに、私たちはどれだけ自覚的になれるのだろうか。
システムにからめとられてしまう大きな言葉ではないとすれば、何を、どんなふうに語り継いでいけばいいのだろう。

(P.263より引用)

諦めずに小さなかかわりと工夫を重ねた約30年分の日常。そんな彼らとの日々を思い返すと「よく月を見ていた」と、新澤さんはまえがきで述べています。私たちも本書を通して、「同じ月を見あげる」人の視点から、どこか他人事のように感じていた人々やものごとと、つながる糸口が見つかるかもしれません。ぜひお手に取って、本書で語られている彼ら・彼女らの日常に触れてみてはいかがでしょうか。