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【イラスト】「いたずらに人を評価しない/されない場所」『ハーモニー』の日々新聞【イラスト】「いたずらに人を評価しない/されない場所」『ハーモニー』の日々新聞

「いつも」を真ん中に据える いたずらに人を評価しない/されない場所「ハーモニー」の日々新聞  vol.02

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日常は傍にあるのに、大きな出来事や他者からの評価によって振り回され、見逃されてしまう。

「自分らしく働く」「生産性・効率化」という言葉に必死にくらいつく自分と、どうにも馴染めない自分と、どちらとも言えない自分と折り合いをつけながら、他者をなんらかの物差しで測ろうとしている自分に怯えながら、働くこともある。

そんな気持ちを抱くなかで編集部メンバーである垣花が出会ったのが、精神障害のある人などが通う、就労継続支援B型事業所ハーモニーでした。

「いたずらに人を評価しない/されない場所」

ハーモニーの施設長である新澤克憲さんが、立ち上げ時に綴った言葉です。その言葉を知った私は、ハーモニーがどんな場所なのか、そこにはどんな日常があるのか、気になり、憧れと期待と疑いを抱くようになりました。

この連載では「いたずらに人を評価しない/されない場所『ハーモニー』の日々新聞」と題し、そこに関わる人の日常・出来事をよもやま記していただきます。

今回は、新澤克憲さんに、2019年の夏のある日と、2021年の夏のある日の出来事を紹介していただきました。

普通の一日

今回のお題は「ハーモニーの日々」です。

最初は毎日のコロナ対策について綴ってみようとしたのですが、どうにも進みません。それだけでは「ハーモニーの日々」にはならないなあ、何かが物足りないと思ってしまうのです。

そこで、今回は2019年の夏のある日と、2021年の夏のある日の出来事をパラレルに並べて、ハーモニーを紹介してみることにしました。

2019年の夏に特別のことがあったわけではありません。むしろ特別なことが何もない普通の一日を懐かしく思います。メンバー(ハーモニーの利用者のことをメンバーと呼ぶことにします)はそれぞれ自分に合わせて、好きな時間にハーモニーに訪れ、思い思いのことをして過ごします。スタッフは、やってきた人たちに合わせて一緒に作業をしたり、話をしたり、ご飯を作ったりする。ただ、それだけのことなのですが、そんな普通の一日は今でも私の中にあって、今を持ちこたえる拠り所になっています。

ハーモニーの今を知っていただくにあたり、コロナ禍以前の普通の日々についても書き残しておきたいと思うのです。

2019年8月某日 月曜日

ハーモニーは東京都世田谷区の真ん中、路面電車の駅から徒歩一分のビルにあります。私は今朝も、外階段をトントントンと駆け上がって、おはようっとあいさつします。

おっ、とか、ハイとか、おはようございますとか、先に来ているみんなの声が聞こえてきます。

メンバーの田中さんは、まだ外階段にいて大きな笑い声を響かせて誰かとスマホで喋っています。踊り場からは、路地のはるか向こうから車いすをゆっくり漕いで近づいてくるメンバーの姿も見えます。

朝10時になると、数人のメンバーが音を立ててハンガーラックを運び出し、リサイクルショップの営業が始まります。中には、みんなの顔をみるだけでよくなってしまい、おはようございますと言ったとたんに布団をひいて寝始める人、「あーあ、もう帰ろうかな」と笑いだす人もいます。

そんなことをしているうちに、お昼ご飯づくりのボランティアスタッフがやってきます。「あなたたち! 今日は何が食べたいの?!」といつもの元気な声が聞こえます。

何年も前から、変わらないハーモニーの週明けの朝の風景です。

2021年8月某日 月曜日

私は今朝も外階段をトントントンと駆け上がって、おはようっとあいさつします。

飛沫除けのために吊るした透明ビニールのカーテン越しにスタッフがアルコールスプレーを手に「おはようございまーす」と答えてくれます。

新型コロナウイルス感染症の蔓延によりハーモニーの活動も大きく軌道修正をしなくてはならなくなりました。

現在は、朝一番にやってくるメンバーはほとんどいません。駅の近くで営業していたリサイクルショップはしばらく閉めたままです。一時に人数が増え、密にならないように、メンバーたちは時間を区切って、少しずつやってきては、作業をしたり、読書をしたり、思い思いの活動を行い、短時間で帰ってきます。

10時になるとマスク姿の田中さんがやってきました。入口で非接触式体温計で体温を計測させてもらい、健康状態を聞いて、手を洗いに行ってもらいます。夏になると躁転してしまう田中さんも、「今年は、朝起きるのが嫌だなあって感じるんですよね」と語ってくれます。「こんな時期だからね。すこし鬱っぽいほうが毎日を淡々と過ごせるかもしれませんね」と私は答えます。

田中さんとは、彼が前の作業所にいた頃からのおつきあいです。調子が安定している時にはホームヘルパーとして働いたりします。ハーモニーでは見学にいらっしゃった方の案内や、学生対象の講演会での語り手として活躍しているのですが、最近、コロナのおかげで、出番が少なくなってしまいました。

お昼前にやってきたメンバーの一人も心配そうな顔をして「みんなは…元気ですか?」と私にたずねました。「お互いに顔を合わせることがなくなりましたものねぇ」と私は答えます。

【イラスト】ハーモニーという場所の鳥瞰図
ハーモニーの俯瞰図。図の右上が階段になっている。右下の空間にはキッチンとカウンターがあり、そこでメンバーが食事をしたり、メンバーミーティングを行ったり。中央のスペースでは、のんびりしたり、くつろいだり、不思議な声が聴こえたり、ただ一緒にいたりすることができる

2019年8月某日 水曜日昼どき

ハーモニーの活動の自慢のひとつは、厨房で作るお昼ごはんです。朝の10時半までに連絡を入れておけば、遅く来ても食べられるのも人気の理由です。

厨房のスタッフは年配の方も多くて、若い頃は飲食店のコックさんやお惣菜づくりのプロをされていた人もいます。調理スタッフは曜日によって替わり、今日はMさんがやってきます。

Mさんは、居酒屋さんや給食センターで腕を振るっていた料理人です。前日から仕入れた食材を自転車に積んできます。メンバーたちは来所すると厨房で働いているMさんに挨拶しながら、対面式のカウンター越しに今日のメニューを確かめに行きます。今日のメニューはメンチカツにサラダの盛り合わせに冷製のポタージュにお手製のサーターアンダギーです。

11時30分近くなると忙しくなってきます。Mさんは「ちょっと、お願いね!」と言いながら助手役のボランティアさんやスタッフ、時には実習生まで動員して盛り付けや配膳を仕切っていきます。食事時は、みんなよく食べ、よく喋り、よく笑います。

Mさんはメンバーの父上で、2009年にハーモニーが区内で展示会をした時に会場に来ていただいた時からのおつきあいです。週に1回、食事を作りに来て、独立したお子さんと少しだけ言葉を交わし、みんなのお腹を満たして帰っていくのです。元気のないメンバーを見つけると「新澤さん。あの人大丈夫?」と声をかけてくれます。ハーモニーの日常を遠くから見守って下さっている大先輩なのです。

Mさんがひと息つけるのは、14時も過ぎ、メンバーたちはすでに午後のミーティング中です。作業室のテーブルでボンベから酸素を吸入します。肺の機能がよくないMさんは、ちょっと前からボンベ持参で参加してくださっているのです。

2021年8月某日 水曜日 昼どき

ハーモニーの活動の大きな自慢は、厨房で作るお昼ごはんでした。

2020年の3月。少しずつ感染者の数が増えてきた東京で活動を継続するにあたりメンバーたちと同様に気がかりだったのは比較的年齢の高いボランティアのことでした。中には公共交通機関を使って遠くから来てくれる方もいます。対面式のカウンターも飛沫対策が難しいし…。思い切って20年以上続けてきた調理を休止し、配食のお弁当に切り替えました。職人気質のMさんも含め、昼食ボランティアはお休みしていただいています。

毎朝、食数を確認して、注文するとお昼には届くお弁当に変更しました。コンビニの弁当みたいというのがメンバーたちの感想でした。その後、業者が人材不足で配達を中止したために会社を変えたり、保存のきく冷凍したお弁当に変更したりしましたが、やはりメンバー達のことをよく知る人が厨房で作る食事にはかないませんでした。今では、お弁当を注文する人はほとんどいなくなりました。月曜のボランティアさんの得意なナポリタン、また食べたいね。Mさんの日はハーモニーが定食屋さんになったみたいだったねとよく話します。

最近、通所を始めた人がやってきて言います。「新澤さん!忘年会はしましょうよ。それくらいはしましょうよ。下高井戸にみんなで寿司食べに行きましょうよ。みどり寿司もいいなあ。みんなで食べに行くことがいいんですよ」

【イラスト】2019年と2021年それぞれのハーモニー の様子

2019年8月某日 水曜日13時

毎週水曜日の13時からはメンバーミーティングです。参加するメンバーが6~7人。スタッフ、ゲストを合わせると12~3人がさほど広くない交流スペースに集まって行います。背後のカウンターでは、まだMさんの作った昼食を食べている人がいたり、遅れて来た人が喫煙室でタバコを吸っていたり。

スタッフからのお知らせに続いて、メンバーからの近況報告です。この日は、メンバーの一人である小川さんが、ずっと苦しめられている謎の集団「砂かけ」の話。近くのスーパーマーケットに行くと背後から、怪しい粉をかけられるので小川さんは全身が痒くなってしまうのだそうです。「砂かけ」というのは友人が名づけてくれました。小川さんはそのために帰宅するたびに、シャワーを浴びて、着ていたものをすべて洗濯するそうです。小川さんによると警察に相談の電話をするのも効果的らしいです。

メンバーもスタッフも小川さんの話に相槌を打ったり、トイレに行ったり、居眠りしたりして小一時間、共に時間をすごします。

2021年8月某日 水曜日 13時30分

毎週水曜日の13時30分からはメンバーミーティングです。対面でのミーティングを大人数ではできなくなったので、今ではZoom等のオンラインツールを使います。ハーモニーに2~3人のメンバー。オンライン上に6~7人が顔を見せます。ハーモニーには大きなモニターがあってそれぞれの姿が見ることができます。

自宅で寝転がったままで、時には熟睡してしまう人。通院帰りで病院の中庭からネットにつなぐ人などもいます。初の緊急事態宣言の時にハーモニーの友人の一人が提案してくれたのが、このネットを介したミーティングでした。

それぞれの体調のこと、コロナのワクチンの情報交換や「部屋でギターを弾けないので、近くの神社の境内で弾いていたら怒られた」という報告まで、話題は様々です。
小川さんは自分の部屋から寝転びながら、参加してくれました。宿敵「砂かけ」は健在で「田中角栄さんと関係あるらしい」という最新情報を画面越しに教えていただいたところで、画面の向こうでもハーモニーでもみんな寝てしまったので、本日はお開きです。

「いつも」を真ん中に据える

ハーモニーの人たちは、それぞれにちょっとした日課を持っています。

「いつも開所のちょっと前に来て階段に座っている人」「いつも午前中は寝ていて午後3時ごろ現れて食事をとる人」「木曜になるといつもと同じ時間に来所し同じ時間に清掃作業に出かける人」

理由を聞いてみると、それぞれに事情があり合点がゆくこともありますが、「駅前に結界が張ってあるから、毎日右回りに歩いている」「いつも本棚に本を並べて背表紙の言葉で人にメッセージを送っている」と言われても、そんなものかなと思うばかりです。

わからないなりに、それでも「いつもと同じ」は、何か意味があります。一方、「いつもと違う」ことには、少し気持ちがざわつきます。

「いつも昼夜逆転して夕方に顔を出す人がなぜか朝から来ている」「いつも無口な人が、今日はニコニコしている」「いつもの時間に電話がかかってこない」。

「あれ、いつもと違うぞ」は、その人の中で何かが起きていることを予感させます。珍しく早朝から来た人が、実は数日間不眠で苦しんでいたり、いつも無口なのにハイテンションで笑っている人が緊張してパニック直前だったことが後からわかったりします。「いつもと違う」という気づきが、仲間たちの応援やスタッフの支援の始まりになることは珍しくありません。

安心できる「いつもと同じ」日課があり、「いつもと違う」ことがあると心配したり、それでも「いつもと違う」とワクワクしたりもする。生活支援の場のベースになるもののひとつは、どんなふうにその場の「いつも」を作っていくかだと感じています。

今回取り上げた2019年の8月のハーモニーの日々。かつてあった普通の一日は、ただ唐突にそこに現れたわけではありません。それ以前の様々な営み、偶然の出会いや工夫の末に、私たちの前に現れた一日でもありました。メンバーたちがその場に集い、それぞれの個性がぶつかりあったり、譲りあったり、Ⅿさんたちボランティアの力も加わって現れた、ハーモニーらしい「いつも」の日々だったように感じます。

もう一方の2021年。コロナウイルスはかつてないほど猛威を振るっています。できる限りの予防策を講じながら、場を開き続けるしかないと考えていますが、当面、従来のハーモニーの特徴だった活動はできそうにありません。

それでも、私は悲観しているわけでもありません。オンラインツールを使ってミーティングをやったり、緊急事態宣言中にメンバーたちが自宅で作った作品を集めてブログに公開したり、新しい試みに取り組んでいます。

ハーモニーのメンバーたちの「いつも」はすでに生まれているのかも知れません。
次回からは、メンバーたちにもたくさん登場してもらい、最近の様子を伝えてもらいましょう。お楽しみに。

(新澤克憲)


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