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不登校の子どもたちの新しい「居場所」を目指したコミュニティシネマとは。映画館を活用する「うえだ子どもシネマクラブ」
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子どもたちの新たな居場所として映画館を活用する「うえだ子どもシネマクラブ」

長野県上田市で、学校に行きにくい・行かない子どもたちの新たな居場所として映画館を活用する取り組みが実施されています。

映画館〈上田映劇〉を拠点に行われている「孤立を生み出さないための居場所作りの整備〜コミュニティシネマの活用〜」事業です。

「学校や家庭だけでなく、地域の中で子どもたちがワクワクする体験に出会い、世界の不思議と出会い、学ぶことや生きることの楽しさに出会える場所」として、2020年度にはじまりました。事業は、「うえだ子どもシネマクラブ」として親しまれ、クラブへの登録者数は小学生から20代後半の方まで含めて90名を超えます。

「うえだ子どもシネマクラブ」は、3つのNPO団体(中間支援を行う〈NPOアイダオ〉、フリースクールの運営をする〈侍学園スクオーラ・今人〉、映画館〈特定非営利活動法人 上田映劇〉)による協働事業。学校関係者、スクールソーシャルワーカー、映画関係者などさまざまなセクターと連携しながら運営している

「うえだ子どもシネマクラブ」の3つの取り組み

事業内容は3つ。

1つ目は、開館中の子どもたちの受け入れです。毎週水曜日と金曜日の10:00〜16:00は、子どもたちが 〈上田映劇〉で過ごすことができます。別館の受付周りの作業など劇場内のお仕事を手伝いながら、映画の話をしたりお茶を飲んだりして過ごせます。

2つ目は、月に2回ある劇場休館日に開催する「うえだ子どもシネマクラブ上映会」。子どもたちに無料で映画鑑賞の機会を提供しています。多い日だと30名ほどの子どもたちが来場し、上映後は、監督との交流会や感想をシェアする会などが設けられています。

映画鑑賞を通して、自分の生活する世界の外にあるさまざまなことに興味を持ち、それが外出のきっかけになった子どももいるのだそう。

3つ目は、上映会の日にのみオープンするコミュニティカフェ〈SAMU cafe〉の運営。映画を観る気分ではない子どもたちも、家でも学校でも相談所でもない場所として、映画館内のカフェで話したり休んだりできます。

〈SAMU cafe〉でスタッフとしてカウンターに立つのは、引きこもりや不登校を経験した若者たち。スタッフのなかには、最初は居場所として映画館を訪れていた子どももいるとのこと。また、事前予約制ではありますが、フリースクールを運営する〈侍学園スクオーラ・今人〉に個別で相談することも可能です。

これら3つの事業を通して、映画館が安心できる居場所でありながら、学びの場や対話の場になることも目指しています。

学校以外の場所で学ぶ機会を提供する。全国初の映画館登校

2016年に成立した「教育機会確保法」(注)は、子どもたちに学校への登校を強制せず、学校外での多様な学びの場を提供することを目的とした法律です。

不登校の児童や生徒が全国的に増えるなか、「学校へ登校すること」だけでなく、「学校以外の場での多様な学び」や「社会的自立」も重要だとして制定。本法により、民間施設であっても「興味をもってきちんと学べる場所」であることなど一定の要件を満たせば、学校ごとに校長先生の判断で出席扱いにできるようになりました。フリースクールなどが事例としては多いなか、〈上田映劇〉は日本で初めて映画館が「出席扱いとなる」場所です。

学習機会の確保との兼ね合いには、まだまだ難しさや課題は残りますが、東信地域では校長先生の判断で、上映会への参加を出席扱いにしている学校もあります。2022年9月現在、出席扱いになっている生徒は4~5名ほど。学校の先生とスクールソーシャルワーカー、シネマクラブの3者で月1回情報共有をしながら連携を強め、地域で子どもたちの自立を支えています。

注:正式名称は「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」。不登校の児童や生徒を支援する法案として2016年に成立し、2017年2月より施行されている。

「うえだ子どもシネマクラブ」に通う子どもたちからは「居心地がいいし、悩みを話せる」「気持ちが落ち着く」、親子で通う方からは「映画館からの帰り道に映画の内容をよく話すようになった」などの感想が寄せられている

「個」のまま「外の世界」と繋がる場所である映画館

〈うえだ子どもシネマクラブ〉では、その人らしさや外の世界にある多様な価値観を大切にできるような映画が多く上映されています。

上映作品の選定は、シネマクラブのスタッフと劇場スタッフが協働で行います。楽しくポジティブな気持ちになれることを大切にしながら、日常を忘れられるような作品や自分の置かれた状況をを客観的に振り返ることができる作品、世界の広さや価値観の多様性を感じられる作品などが選ばれています。

「うえだ子どもシネマクラブ」のコーディネーターである直井恵さんは、映画館という場所は「個」が保たれつつも他者と共有されており、映画の向こうにある「外の世界」ともつながれる魅力がある、一歩を踏み出すのに最適な場所ではないか、と話します。

学校に行きにくい・行かない子どもたちに「うえだ子どもシネマクラブ」を利用してもらうために、教育委員会を通じて不登校支援の先生や保健室の先生宛にチラシを送付し、活動を周知している

まちの文化拠点〈上田映劇〉が担う“福祉”

〈上田映劇〉は大正6年に創業し、劇場として上演を行っていました。昭和に入ってからは映画の上映やライブホールとしての活用が増えましたが、2011年に一度閉館。2017年に再起動を果たし、まちの文化拠点として、映画・映像文化を中心とした地域の芸術文化活動の活性化に寄与することを目的にした〈特定非営利活動法人 上田映劇〉として活動しています。

建物からは、その歴史を感じることが出来る
2022年10月には、ウォン・カーウァイ監督の特集上映や『パトニー・スウォープ ─デジタル・レストア・バージョン─』を上映。11月以降は、や『夜明けまでバス停で』『カモン カモン『さかなのこ』などの作品も上映予定
通常の映画上映に加え、週末には「週末こども映画館」として、中学生までの子どもたちを対象とした上映企画も行っている。この年代のうちに鑑賞して欲しい映画を新旧問わず選定し、週末限定で上映する〈上田映劇〉オリジナルのプログラムで、鑑賞料金は、高校生以下であればどの作品も1本500円

歴史のあるまちの文化拠点〈上田映劇〉で展開されている「うえだ子どもシネマクラブ」。教育機関や民間の施設と連携し、地域資源を活用しながら、地域が担える“福祉”に取り組んでいます。この活動を参考に、それぞれの地域がもつ特性やネットワークを活かした福祉の形について考えてみるのはいかがでしょうか。

上田市を訪れた際には、是非〈上田映劇〉で映画鑑賞もお楽しみください。