福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

こここなイッピン

オール・インクルーシブ・ウェア 〈SOLIT!〉

福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。

今回は、障害の有無、セクシュアリティ、体型の違いなどに関わらず、ファッションを楽しみ、選択できる「インクルーシブ・ファッション」のブランド〈SOLIT!〉です。

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“ファッション”という手段で、「オール・インクルーシブ」な社会の実現を目指す〈SOLIT!〉

いつもより背筋を伸ばして出かけたいときや、ビジネスシーンなどで活躍してくれそうな、スタイリッシュなジャケット・パンツ・シャツ。流行に左右されないセットアップは、いざというときのために1着持っておきたいと思う人も多いのでは? 

一方で、このようなジャケット&パンツスタイルに憧れるも、障害や身体的特徴のために着脱が難しかったり、心地よく着ることがでなかったりと、着ることを諦める人は多く存在します。一般的な衣料品店で売られている服は、あくまで標準といわれる体形であることや、身体が自由に動くことを前提としたデザインになっているためです。

だけれど、本来ファッションとは、誰もが自分らしさを表現するツールであり、自由に選択できるもの。なにかを理由に、着たい服、好きな服をまとえないのは、ファッションのあるべき姿ではないのでは? そんな社会的課題に向き合い、立ち上がったブランドがあります。

「必要な人に、必要なものを、必要な分だけ。」カスタマイズフリーな〈SOLIT!〉のウェア

「オール・インクルーシブ(すべてを受け入れる)」を合言葉に、2020年9月に発足した〈SOLIT!(ソリット)〉。「多様な人も、動植物も、地球環境も取り残さず、 それぞれの違いもありのままに受け入れ、健全に共存できる社会の実現を目指す」ブランドです。

その取り組みの第一弾としてスタートしたのが、ファッション。障害の有無、セクシュアリティ、体型の違いなどを超え、「誰でも着やすい服」をテーマに掲げたインクルーシブ・ファッションを生み出しています。

現在展開しているジャケット・パンツ・シャツは、1600通り以上のパターンから身体や好みに合わせてサイズ・仕様・丈などをカスタマイズすることが可能。左右の腕の太さ・長さが違うという人でも、体形に合わせたパターンを選び、組み合わせることができます。

また、細部のパーツにさまざまな工夫が凝らされているのも〈SOLIT!〉のウェアの特徴。たとえば車椅子ユーザーにとって、肩・腕周りの動きやすさは必須ポイント。一般的な服では窮屈さを感じることが多いという悩みに寄り添い、伸縮性のある素材を採用するだけでなく、肩まわりがスムーズに動く設計とデザインを開発しました。

脇にマチをつけたことで、肩まわりが動かしやすくなり、疲れにくい設計に。車椅子に座っていると起こりがちな胸元のたるみや、お腹周りのダボつきも、気になりにくい着心地を実現

ほかにも、視覚障害のある人が認識しやすいボタンと生地のカラーリング、手や指先を動かすのが難しい人でもボタンがスムーズに止められる工夫、簡単にサイズ調整ができるウエスト、さまざまなセクシュアリティの人でも取り入れやすいニュートラルなカラー展開など、“誰でも”着やすいウェアであるために、多様な声に耳を傾け、プロダクトに落とし込んできました。

ジャケット、シャツ共に、マグネット式のボタンが選択可能

「必要な人に、必要なものを、必要な分だけ」届けたいという考え方から、〈SOLIT!〉のウェアは完全受注生産。サスティナビリティにも向き合い、使用する生地は〈SOLIT!〉のためだけに新素材を開発したり、新たに織ったりすることはありません。すでに反物に織られ、廃棄されるかもしれない在庫生地の中から着心地や肌なじみのいいものを選んでいます。また、その生地が生まれた背景、縫製を担う人、配送手段などにおいても、「オール・インクルーシブ」の哲学と思想を実現するための徹底した調査のもと、選ばれ、採用されています。

着用に必要のないタグなどは排除。不要なものを生み出さない取り組み、ユーザーへのリペアサポート、リサイクル、生産に携わる人の人権保護や安全担保など、今できることを最大限に積み重ねたものづくりを行う〈SOLIT!〉

「気づいているのにやらない、という手はない」ブランドの誕生話

創設者の田中美咲さんが〈SOLIT!〉を立ち上げたのは、大学院で出会ったふたりの友人との会話がきっかけでした。

クラスメイトの車椅子ユーザーの友人は、事故以前はファッションを大いに楽しむお洒落な人だったそう。現在もファッションに対する思いは強いものの、車椅子での生活ではどうしても制限と限界が。「本当はもっとお洒落を楽しみたいけれど、選択肢がない」そんな彼の言葉が田中さんの心に引っかかります。

同時期、おなじクラスメイトでアパレル企業に身を置く友人からは、ファッション業界の裏にある、服の大量生産・大量廃棄の負の構造について聞く機会が。田中さん自身、過去の活動のなかで世界各国を巡っていた際、ゴミとして山積みにされた服、ファッション産業から出る大量廃棄の現場を目にした経験がありました。

「友人は服が好きなのに、選択肢がない。けれど服はこんなに山積みにされ、捨てられ、燃やされている。そのとき、世界の矛盾みたいなものを見た気がしました。それらに気づいているのにやらない、という手はないと思ったんです」(田中美咲さん)

事業としてスタートするにあたり、課題や傾向を知ろうと、障害のある人を中心とした約150人にアンケートを実施。その中に「スーツを着たいが、体に合うものがない」という声も多くあり、プロダクト第一弾をフォーマルウェアに定めます。

アンケートの声をもとに試作品をつくり、さまざまな体形の人に試着を依頼しては使用感を確認し、修正。そんなプロトタイピングを10回前後繰り返し、完成したジャケット&パンツは“夜明け”“ここから始まる”といった意味を持つ「Dawn」というシリーズで展開することになりました。

「このジャケットと共に初めて行ける場所があったり、人生がさらに幕開ける瞬間にこの服が立ち会えたら、という思いで名づけました。実際に、これまでジャケットを着たくても着れなかったという人が〈SOLIT!〉と出会い、『自分でも着れるジャケットが存在するんだ!』と涙を流しながら喜ぶ姿に立ち会えました。それ以来〈SOLIT!〉を着てデートに行ったりしているとか。うれしいですね」

Dawn Jacket、Dawn Pants、Jersey Shirtsを着用しているモデルは、デザイナー/アートディレクターのライラ・カセムさん。脳性麻痺があり、日常生活では車椅子と杖を使っている。デンマークの工房〈ヴィルヘルム・ハーツ〉の杖はライラさんの私物

ファッションの文脈を超えた「オール・インクルーシブ」に向けて

2022年に入り、よりカジュアルなシーンでも楽しめる〈SOLIT!〉の第2シリーズ「Thought」が発売。さらに大阪府にある〈岸和田リハビリテーション病院〉の患者さんの院内着でありながら、退院後も私服として着られる、デザイン性と機能性を両立させたリハビリウェアの開発など、病院や企業とのコラボレーションも始まっています。

「着たいけれど、着れなかった。こういうのが着たいけど、世の中に存在しない。そんな声があれば、私たちとのコラボレーションで実現することは可能です。そして、私たちの根幹にある思いは、すべてを受け入れる社会を実現すること。ファッションから領域を広げ、さまざまな企業、施設、自治体と連携した『インクルーシブ・デザイン』にも取り組みたいと考えています」

たとえば、文具や家電といった身近な道具から、車、家、公共の街づくりに至るまで「オール・インクルーシブ」を実現するためにできることはたくさんあるという田中さん。それは、多様な人を巻き込み、皆でつくりかたやありかたを検討しながら、ものをつくっていくという“仕組み”であるといいます。

人、動植物、自然環境と健全に共存できる社会を目指す〈SOLIT!〉。ファッションという分野での取り組みは、あくまで第一弾。今後の活動にも注目です。