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こここなイッピン

らんどねの椅子&裂き織のラグ〈空と海〉

福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。

千葉県船橋市の自然豊かなエリアに立地する工房で、織り、刺繍、木工、陶芸、紙漉きといった多様なものづくりを行う〈空と海〉。今回紹介する椅子や裂き織は、さまざまな“循環”のなかで生まれたイッピンです。

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もの、人、地域、社会の“幸せの循環”を生み出す、心地いいものづくりの場

ケヤキ材を使用した椅子。木の穴もひとつの味として生かされています

さまざまなグラデーションが織りなす木目。何十年、何百年と、自然界のリズムを刻んできた年輪。あらゆる面は手作業でヤスリがかけられ、スベスベと心地よい指触り。心和らぐ木の香りが鼻をくすぐり、視覚・触覚・嗅覚と、さまざまな感覚を刺激してくれます。

オールハンドメイドのため、わずかな歪みや凹凸はあるものの、それこそが味わいとして生きています。工業製品のように均一につくられた椅子とは違ったやさしい風合いが、この椅子の特徴です。

また、空間を心地よく演出してくれるおだやかな色調のラグ。不要となった着物や古布を糸状に裂き、緯糸にして織っていく「裂き織(さきおり)」の作品です。

目を凝らしてみると、古典的な柄があちらこちらに。このラグに使われている一部の布が、かつては着物だったことがうかがい知れます

これらを制作しているのは、千葉県船橋市にある社会福祉法人〈地蔵会〉が運営する、障害者福祉サービス事業所〈空と海〉。障害のあるメンバー約80人とスタッフ約20人が共働し、織り、刺繍、木工、陶芸、紙漉きといった多様なものづくりを行っています。

エリア内には、施設で制作された作品の展示・販売を行う〈アトリエ〉、窯焼きピザや臼挽きコーヒーが楽しめるレストラン〈らんどね〉があり、2020年には〈グループホーム〉を新設。ここにはメンバーの創作活動が見学できるオープンアトリエ〈HYGGE(ヒュッゲ)〉も併設されています。

今回紹介する椅子は、レストラン〈らんどね〉のチェアとしても使われているもの。一般販売も行っていますが、注文が絶えず、半年待ちという人気商品です。

地域のなかで生まれる循環

椅子の木材も、裂き織に使っている布も、地域から寄付されたものがほとんど。椅子に使われているケヤキ材は、閉業することになった地元の材木屋から。また、船橋特産の梨を育てる農園からは、剪定や伐採で出た枝・幹を譲り受けています。

大きな面が取れる木材は、テーブルや椅子などの家具に使用。小さめの木材や板を切り出すなかで生まれた端材は、皿、トレー、カトラリー、ボタンなどに変身。形状がおもしろい梨の枝はバッグの取手などに加工され、アパレルブランドに卸したり、ハンドメイドバッグを手がける裁縫家に愛されたりしています。

レストランのピザ窯にも梨の木が使われ、小さな木片や加工に向かない木材は、グループホームの暖炉の薪に。最後に残った灰は、梨灰(なしばい)の釉薬となって陶器になります。地域から譲り受けた資材を可能な限り無駄なく活用し、それらが商品や食事となって地域の人を楽しませ、喜んでもらう。そのような地域との循環が〈空と海〉では醸成されています。

クッションの留め具には、梨の木でつくったボタンが

手間ひまをかけるものづくり

木工の仕事の約5~6割はメンバーが担っています。椅子づくりにおいても、大きな木材をパーツに切り出す作業はスタッフが行い、そのパーツをメンバーが1週間ほどかけて丹念にヤスリがけ。その後スタッフが組み立て、形になった椅子の仕上げにメンバーが最後のヤスリがけとオイル塗りを担当します。

すべてを手作業で行うため、一脚の椅子を完成させるには2週間以上かかります。時間は要しますが、メンバーが自分のペースで仕事に向き合うためには必要な時間。スピードや効率ではなく、あくまでメンバー主体の仕事であることが〈空と海〉のものづくりでは重視されているのです。

裂き織とレザーを組み合わせたクッション。さまざまな色味、デザインパターンが用意されています

また、ものづくりだけでなく「からだづくり」にも力を入れる〈空と海〉。毎朝9時にメンバー・スタッフ全員が集合して、木漏れ日がさし込む森の中で1時間たっぷりと体操を行います。10時からはそれぞれの担当する仕事を開始。

その仕事内容はメンバーの得意や個性が生かされ、仕事を行う場所や、誰と一緒にするかなども、一人ひとりの心地よさを尊重しています。

常にスタッフが張り付くのではなく、安全が確保された範囲で、それぞれの好みの場所で自由に仕事をしながら、1日を楽しく過ごせる環境が整う〈空と海〉。そこには、福祉サービスを提供する場所というより、誰もが心地よくものづくりを行う「工房のチーム」という姿がありました。

椅子の背もたれには、笠木と呼ばれる最上部横につけられる材がついていません。レザーの背もたれが気持ちよく体を受け止め、なんともくつろぐ座り心地

〈空と海〉の成り立ち

〈空と海〉は、1994年に船橋市内の小さなアパートの一室でスタートしました。現・統括施設長の奥野満さんと、理事長である大野待子さんが障害者水泳の普及に努めていた頃、特別支援学校卒業後の選択肢がないという、親たちの悩みを度々耳にしてきました。

その当時「障害者自立支援法」はなく、卒業後は各家庭で生活するか、仕事をする場所を家族がつくるか、施設に入所するしかない時代。そこで、彼ら・彼女らの持続的な就労の場をつくり、選択の幅を増やしたいという思いで立ち上げたのが、無認可の小規模福祉作業所〈紙好き工房 空と海〉でした。

もともと書道家として活動していた奥野さんは、かつてタイや韓国の山奥の村を訪ね、そこで受け継がれてきた紙漉きの技法を学んだ経験がありました。大野さんも美術を学んでいたことから、作業所では紙漉き×アートのタペストリーをはじめとした紙工芸品を制作することに。

作品をクラフト市などに出店するなかで大手百貨店のバイヤーの目に留まり、全国で展示販売する機会を得ます。独特な風合いの和紙の中に自然の野草を漉き込んだものや和やかな書画が描かれたタペストリーは人気を博し、展示すれば瞬く間に完売。作品づくりと全国の百貨店巡りで、息つく暇もないほどでした。

設立から10年後には現在の工房がある土地を購入し、施設を移転。紙漉き以外にも、織り、木工、陶芸などがスタートします。そして、近隣の特別支援学校の卒業生を受け入れる体制も整えてきました。

障害のある人のものづくりに“可能性”と“光の道”を感じた芸術祭

1997年には、現在の〈空と海〉の活動の土台となっている大イベントが始まります。それは、全国の障害のある人の作品約500点を集結させた「ほっと in ふなばし芸術祭」。

事業が拡大するにつれ、「全国の障害のある人は、日々どのようなものづくりをしているのだろう?」という奥野さんと大野さんの心に生じた疑問に端を発したプロジェクトでした。

鹿児島県の〈しょうぶ学園〉や、滋賀県の〈やまなみ工房〉など、現在ではものづくりで有名な施設をはじめ、北海道から石垣島まで多くの福祉施設が参加。作品の展示にとどまらず、舞台、ダンス、ワークショップなども行い、船橋市から後援を受け、2006年まで毎年開催してきました。

「当時は、いわゆる『アール・ブリュット』といった概念も一般的ではなく、障害のある人の作品を発表する場が少なかった。だから一度全部集めて、見てみたいと思ったんです。芸術祭を10年やって確信したのは、障害のある人たちのものづくりには、大きな可能性があるということ。光の道が見えたんです。この芸術祭が土台となり、今の〈空と海〉があるといえます」(奥野満さん)

その後、ギャラリー、レストラン、グループホームなどを増設。メンバーの表現をさらに広げたいと、木工・大工職人、ガラス工芸作家など、ものづくりに精通するスタッフも増員し、メンバーの可能性の引き出し方を広げてきました。

2012年には、ファッションやテキスタイルを学び、アパレル事業を立ち上げていた奥野さんの息子・瑠一さんも加わりました。現在は施設長として事業にさまざまな新風を巻き起こし、〈空と海〉の新たなファンを増やしています。

障害のある人のものづくりの可能性を広げ、社会に広め、使う人に喜んでもらい、その喜びがまたメンバーのものづくりに還元される。つくり手も買い手も幸せにする循環が、〈空と海〉には存在しています。