福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

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こここなイッピン

刺し子コースター〈unico〉

福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。

絵を描くのが好きな橋本さんと、刺し子が得意な藤井さんのコンビから生まれる「刺し子コースター」。その制作背景には、ふたりの意外な関係性やスタッフの関わり方など、ちょっとおもしろいエピソードが詰まっていました。

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唯一無二のコンビネーションから生まれる、絵柄も色彩も独創的な刺し子作品

【画像】「コ」「C」「O」「こ」の頭文字を並べて「こここ」
【画像】斜め上から撮影した刺繍コースター

「ヌ」と描かれた刺し子の絵を見て、舟を漕ぐ人がなぜ「ヌ」なのか……と考えてハタとひらめいた! カヌーの「ヌ」‼

トラ?(もしくはタイガー?) と思いつつ、その尻尾に絡まる動物らしきもののナゾが解けない「T」。バケツも「バ」じゃなくて「ツ」。文字や絵に隠された意味を当てる“判じ絵”にも似た、ちょっと一筋縄ではいかない「刺し子コースター」が今回のイッピンです。

コップの下に敷くのはもちろん、額に入れて飾ったり、好みの文字や絵柄でパッチワークにしてみたり。読み札をつくって「かるた」にするのもいいかもしれません。使い方をあれこれ考えるのも楽しい!

【画像】たくさんの刺繍コースターが一面に並べられている
撮影用にお借りしたコースターは250点! 圧倒されるコースターの数、口元がゆるむ絵柄、刺し子の色の妙、難解な謎解き。 編集部やスタッフみんなでワクワクしながら撮影しました。ひらがな、カタカナ、アルファベットと、豊富なバリエーション!

障害がある人のライフステージに応じてさまざまな支援を行う、福島県郡山市の〈社会福祉法人 安積愛育園〉。その各事業所の利用者の表現活動をサポートするプロジェクト〈unico(ウーニコ)〉は、メンバーの興味・関心・魅力を引き出す作品づくり、それらを生かした商品開発や販売、作品を広く知ってもらうための展覧会開催など、メンバーと社会のつながりを創出する活動を行っています。

「刺し子コースター」も、同法人の事業所を利用する橋本吉幸さん、藤井真希子さんの、それぞれの“好き”や“得意”の掛け合わせから生まれています。

コースターの下絵を担当するのは橋本さん。模写が得意で、図鑑、雑誌、写真などを見ながら下絵を描きます。使用するペンは、パイロット社の「フリクション」の黒。

橋本さんが描いたモノクロの下絵に、カラフルな糸で刺し子を施すのが藤井さんです。瞬間的に色糸を選び、悩む間もなく糸を連ね、一枚仕上げるのに30分もかからないという早わざ。

刺し子が完成したら、スタッフによって裏地が縫い付けられ、仕上げにアイロンがけ。その際の熱でフリクションの下絵は消え、鮮やかな刺し子だけが残ります。なんて秀逸なアイデア!

コースターの裏側には、さまざまな柄のテキスタイルが

ちょっと意外な、コンビの距離感

2011年頃から刺し子作品の共同制作を行ってきた橋本さんと藤井さん。その独創的な絵柄や色彩に魅了されているファンも多くいるといいます。

これらの作品を前に「ふたりは仲がいいのかな」と想像する人がいるかもしれません。ところが当の本人たちは、制作の過程でコミュニケーションをとることはほぼないのだそう。それぞれがアトリエの角と角に離れ、自分だけの空間とペースで創作しています。

フリクションで書いた書類をストーブの近くに置いたところ、文字が全部消えてしまった、というスタッフの笑い話をヒントに生まれたフリクション活用。橋本さんと藤井さんの距離感といい、「刺し子コースター」の制作にはユニークなエピソードが詰まっています

そんなふたりの共同制作が始まったのは、それぞれの特性をよく知るスタッフの提案からでした。

自らモチーフを選ぶより、テーマが決まったものを描くほうが心地よいタイプの橋本さん。スタッフが図鑑や雑誌紙面の模写をすすめると、次から次に魅力的なイラストが仕上がります。ときには小さな端切れに絵を描くこともあり、それらの活用法をスタッフ間で模索していました。

一方の藤井さんは織物に取り組んだ時期がありましたが、目が詰まったり、糸が切れたりと、思うようにいかないことも。そんな折にスタッフが提案した刺繍や刺し子は、藤井さんの感性にマッチ。さらに下絵があったほうが取り組みやすいということにスタッフは気づきます。

このふたりがコンビを組むことで、おもしろいものが生まれるのでは――。そんな閃きで橋本さんに布を渡して絵を描いてもらい、その布を藤井さんに手渡すと、絵に沿って色とりどりの刺繍糸が行き交う、ダイナミックな刺し子作品が完成しました。

「のり」のニンマリと不敵に笑う表情もたまらない! コースターのほか、絵画のような大きな刺し子作品の制作も行われてきました

こうして橋本さんと藤井さんのコンビが誕生。スタッフがふたりの中継役となり、橋本さんが描いた下絵を引き取り、藤井さんへ受け渡すスタイルで制作が行われています。

コミュニケーションはなくとも、スタッフのフォローと、双方の得意がうまく重なることで、息の合った表現に昇華していく――。この唯一無二ともいえるコンビネーションから、これまで数多くの刺し子作品が生み出されてきました。

現在、午前と午後に創作の時間が設けられ、日々6枚ほどのコースターを完成させているというおふたり。スタッフが中継する制作スタイルも、ふたりの距離感も、10年以上経った今も変わることなく、これからも変わらないのでは、とスタッフはいいます。

地域のハブとなり、あたらしい何かがはじまる場〈はじまりの美術館〉

刺し子作品以外にも、多くのメンバーによる創作活動が行われ、日々さまざまな作品が生まれている〈unico〉。それらの魅力を施設外の人にも感じてもらいたいと、2014年、福島県猪苗代町に〈はじまりの美術館〉が設立されました。

築約140年の酒蔵「十八間蔵」を改修した〈はじまりの美術館〉の外観。地域住民をはじめ、全国から来館者が訪れる、地域の新たな拠点として機能しています(提供:はじまりの美術館)

2011年のオープンを目指していた同館でしたが、東日本大震災によって建物が大きなダメージを受け、開館が延期。一方で、震災の経験から地域やコミュニティの重要性が見直され、同館のコンセプトも「障害のある人の表現に触れる場」から「地域のハブとなり、あたらしい何かがはじまる場」へと転換していきました。

開館以降、〈unico〉だけでなく、全国の福祉施設で生まれた作品やモノゴトを絡めた展覧会や企画展を開催してきた同館。障害のある人たちの表現に触れ、それらが手がかりとなり、来場者が自らを振り返る機会や、日常をより楽しむヒントになるような場所を目指しているといいます。

橋本さんと藤井さんの刺し子作品は、“共同性”をテーマにした同館の企画展「わくわくなおもわく」(2019年)や、刺し子ワークショップ&公開制作などで紹介されてきました。美術館の開館以降、メンバーの魅力への更なる気づきや、それらをもっとすくい出そうとする思いなど、施設スタッフにもさまざまな変化が訪れているといいます(撮影:森田友希、提供:はじまりの美術館)

さて、そんな〈はじまりの美術館〉は、2024年6月1日(土)に開館10周年を迎えます。1日と2日にはマルシェイベント〈はじまるしぇ〉を開催。コーヒーやお弁当、雑貨にワークショップなど、楽しい出店が集まるほか、今回のイッピン「刺し子コースター」もたっぷり並ぶ予定です。

この機会にぜひ美術館を訪ね、魅力たっぷりのコースターや、〈unico〉で生まれたさまざまな作品に触れてみてはいかがでしょうか。