
こここなイッピン
橘田佳男さんの陶芸作品〈工房集〉
福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。
表現プロジェクトの取り組みでも名高い〈工房集〉に所属する陶芸作家・橘田佳男さんの作品をご紹介。しっくりと掌に馴染み、なにか語りかけてくるような陶器の動物たち。その制作プロセスとは?
陶芸を通じた代弁者? 橘田佳男さんの指先から生まれる、表情豊かな動物たち

土埃を巻きあげて、地響きを立てながら楽しげに走り寄ってくるようなポージング。デフォルメされているのに、まるで動き出しそうなリアリティがあります。泥遊びの痕跡のような着彩に感じる遊び心。そして、やさしい眼差しはなにか語りかけてくるようです。

「ゾウさん」と名付けられた本作品は、埼玉県にある〈社会福祉法人みぬま福祉会〉が運営する活動拠点〈工房集〉に所属するアーティスト、橘田佳男(きった・よしお)さんが制作したもの。
主に動物をモチーフとし、無造作ながらも、ふとした仕草を的確に捉え、さまざまな感情を秘めているようにも見える橘田さんの作品。ファンも多いというその造形は、どのようなプロセスで生まれているのでしょうか?
粘土がなりたかった形
橘田さんが陶芸活動に取り組み始めたのは、〈工房集〉に通い始めた10年ほど前から。それまで粘土を触ったことはほとんどなかったといいます。創作の時間になると、スタッフから粘土を受け取り、1日にひとつ、制作するという橘田さん。
「必要な量だけ粘土をいただいて、こねくり回しながら。ほんで、そのうちに形ができあがって。だから、私が考えてっていうより、粘土がこうなりたかったんだなあっていう」(橘田佳男さん)

あらかじめモチーフを決めたり、意図的に造形したりするのではなく、粘土をこねたり、練ったり、感触を楽しんだりしているなかで、なにかしらの形になった瞬間を見極め、着彩し、魂を吹き込んでいく。そんな制作プロセスに少し驚きを感じつつも、妙に納得してしまったのは、作品を手にしたときにしっくりと掌に馴染む感覚があったから。橘田さんの手指の跡とのリンクでしょうか。
心を寄せた動物たちを思い出しながら
橘田さんが作品づくりに取り組むのは午後。静かな環境で、自分の時間に没頭するのが好きだといいます。
「昔、猫やらいろんな動物を飼っていたんです。こんな仕草があったなとか、そういうのを思い出したり、参考にしながらつくっています」

そうして橘田さんの指先から生まれる動物たちは、楽しげだったり、少し憂いているようだったり、ただただ心地よさそうだったりと、その表情もポージングも豊かです。粘土との戯れのなかで、心を寄せて観察してきた動物たちの仕草、表情、思いまでもが形を帯びてくるのでしょうか。
“映画や音楽が好きで、涙もろい橘田さん。
猫が大好き。毎朝、野良猫が会いに来るかなと待っている。
仲間の気持ちになって、言葉を代弁してくれる心優しい人である。”
〈工房集〉の公式サイトにある橘田さんの紹介文をあらためて見てみると、こんな言葉が記されていました。
橘田さんの作品がなにか語りかけてくるような気がするのは、陶芸を通じた動物たちの声なき声の“代弁”なのかもしれない。そう思うと、なんだか腑に落ちるような気がするのでした。

〈工房集〉の表現活動を生んだのは、あるメンバーの行動
橘田さんをはじめ、所属する150名程のメンバーが、絵画、織り、ステンドグラス、木工、写真、書、詩、漫画、陶芸、紙粘土、またはそのどれにも当てはまらないオリジナル作品など、多種多様な表現活動に取り組んでいる〈工房集〉。現在、埼玉県内には12のアトリエが設置されています。
今でこそ精力的な表現活動で知られる同工房ですが、母体である〈社会福祉法人みぬま福祉会〉が設立された1984年当時は、「その人のできることで社会参加をする」という思いのもと、さまざまな軽作業が活動の中心を占めていました。
転機が訪れたのは1994年頃。あらゆる作業を拒み、スタッフの声かけにもパニックを起こしてしまうひとりのメンバーがいました。そして、そのメンバーが唯一落ち着いて取り組んだのが“絵を描くこと”だったといいます。
そうした出来事が契機となり「表現活動を仕事にする」という取り組みが始まります。アート活動を行うメンバーが徐々に増え、2002年には表現プロジェクトを外部に発信していくための活動拠点〈工房集〉を開設。各アトリエで生まれた作品をとりまとめ、国内外での展覧会や、企業との協働などに発展させてきました。

埼玉全域に広がる、福祉の表現活動の輪
2016年には、〈工房集〉がこれまでに行ってきた取り組みを埼玉全域に広げていこうと、県と協働による障害者芸術文化活動支援センター〈アートセンター集〉が立ち上がりました。
表現活動を行う県内の福祉施設や、個人で活動しているアーティストなどをネットワークでつなぎ、毎年12月に埼玉県立近代美術館で合同のアート企画展を開催するなど、県一丸となった福祉の表現活動の取り組みが進んでいます。同時に、さまざまな福祉施設のスタッフがつながり、有益な情報交換の場、研修の場としても発展しているといいます。
ひとつの福祉施設から生まれた取り組みが、全域に広がりつつある埼玉県。いずれ全国にも伝播して、あらゆる福祉施設をつなぐ豊かなネットワークになっていくかもしれません。

約150名もの所属アーティストの活動やアート作品を発信する〈工房集〉では、年間約30もの展覧会や企画展を全国各地で開催しています。2025年7月1日(月)~13日(日)には、さいたま市にある〈カフェ&ギャラリー温々〉にて、5人の作家たちによるアート作品の展示・販売を行う『工房集展』が開催されます。橘田さんの作品が並ぶかは未定ですが、お近くの方はぜひ。
そのほか、展覧会やイベントなどの情報は公式SNSにてチェックできます。橘田さんの作品に出会ってみたいという方は、ぜひアクセス&フォローしてみては?