福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

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こここなイッピン

暮らしに馴染む、ケアの日用品〈ねんりん〉

福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。

機能は同じでも、その人の人生に寄り添えるものと、そうじゃないものがある──祖母との関わりが原体験にある建築士が開設したオンラインストア〈ねんりん〉で取り扱う、日々の食卓がワクワクするような、美しいケアの日用品をご紹介します。

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たかが道具、されど道具。“生きる”を取り戻してくれる、美しいケアの日用品

【画像】漆のお椀とお箸

ハレの日の祝い膳にも、日常の食卓にも、品よく寄り添う漆の器「てまる椀」。国産漆でしっとりつややかに仕上げられたお椀は、煮物でも、おひたしでも、ご飯でも、どんな料理も引き立ててくれるような懐の深さがあります。

そして、独特な形状と、箸先の口当たりがよさそうな「希望の箸」。桜材を丁寧に削ったフォルムは手指にしっくり馴染み、まるで指先でつまんでいるかのような使用感です。

普段の暮らしに違和感なく溶け込むこれらの商品、じつは介助や介護などのケアが必要な人に向けて開発されました。機能性や快適性はもちろん、デザイン性や美しさだって妥協なし。日々の食卓がワクワクするようなケアの日用品をご紹介します!

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岩手県で活動する4人の職人が製作する「てまるシリーズ」のひとつ「漆のてまる椀」。ほかにも、磁器製のてまる椀、カレー皿、汁椀、カップ、匙など、日常に寄り添うユニバーサルデザイン食器を手がけています

「てまる椀」と「希望の箸」のこと

この「てまる椀」の美しい佇まいのなかには、ケアの視点から生まれたさまざまな機能が設計されています。

例えば、料理のすくいやすさ。利き手が使えない、手に力が入りにくい、手が震えるといった場合、どうしても食べこぼしが増え、それはその人の自尊心の傷つきや、食事の時間を楽しめないことにつながることが多々あります。そうした人の体も心も助けてくれるのが「てまる椀」。縁に設けた“返し”が、こぼさずにすくうことをサポートします。この返しの角度は何度も検証・リニューアルされ、よりすくいやすく、食べやすい形を実現しました。

一番大きな「L」サイズでも約125グラムという軽量さ、落としても割れない安全性、そして暮らしの雰囲気を損ねないデザイン性など、食事本来の楽しい時間を提供してくれるイッピンです。

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福井県の箸職人が製作する「希望の箸」。どのように持っても美しい曲線が手に馴染みます。また。右・左どちらの手でも使えるというすぐれもの

続いて、木のあたたかい質感が日常に馴染み、一見すると介助箸には見えにくい「希望の箸」。彫りこみ部分に指を添わせると、指と箸先が同じ方向を向き、手指の力が弱い人や震える人でも、しっかりと食べ物をつまむことができます。指に接する面積が広いため、手の力が効率よく箸先に伝わる設計です。

箸のつなぎ目には磁石が仕込まれており、磁力の反発で箸が開閉する仕組み。この磁石は取り外しが可能で、リハビリで手が動くようになったとき、または疾患が進んだ場合など、手指の状態に合わせて磁力の強弱を調整することができます。

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手指に関する医学書を読み込み、疾患ごとの指の動きを確認しながら、手にフィットする形状を研究してきた箸職人による「希望の箸」。一般的なバネ式箸とは異なり、磁力の衰えないマグネットタイプのため、箸が折れない限りは使い続けられるのだとか(写真提供:Miyabow)

日本の食文化において大切な食具である箸。一方でその使い方は複雑なため、手指が動かしにくくなると「スプーンやフォークを使えばいい」と、早々に使うのを諦められやすいものでもあります。けれど「年越しそばや、うどんくらいは、箸で食べたい」そんな人もいるのでは? 「希望の箸」はそうした願いも叶えてくれるはずです!

扱うのは、使いやすく美しい「ケアの日用品」

これらの商品を扱うのは、「ハレの日も使える、ケアの日用品」をテーマとしたオンラインストア〈ねんりん〉。運営するのは、医療・介護分野に特化したデザインリサーチ事業や、ケアの視点を軸とする建築設計を行う簾藤麻木(すとう まき)さん。

建築の仕事の傍ら、全国のものづくり地域や、医療福祉の展示会など、長年にわたって足を運び、見つけてきた、使いやすく美しいケアの日用品を紹介したいと立ち上げたのが〈ねんりん〉です。

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〈ねんりん〉では、皿や匙などのテーブルウェア、どんな場でもオシャレに楽しめる食事用エプロン、着やすく動きやすいホームウェア、スタイリッシュで温かみのある木製車椅子なども扱われています

簾藤さんがケアの日用品に注目するに至ったのは、幼少期の体験にあるといいます。

「私が7歳の頃、パーキンソン病を患った祖母の介護がスタートしました。祖母はオシャレが好きで、みんなで食事をするのも大好きだったんですが、食べこぼしが増えたことでどんどん自信を失って、引きこもるようになったんです。日々のなかでは、介護用の食事エプロンを特に嫌がっていました。それで、祖母のお気に入りのハンカチをクリップで留めただけの簡易的なエプロンをつくってみたら、それをすごく喜んでくれて。――食べこぼしを防ぐという機能や性能は同じでも、その人の人生に寄り添えるものと、そうじゃないものがある。道具には“生きる”ことを取り戻してくれる力があるのかもしれない。そんなことに気づいた印象的な出来事でした」

そうした原体験から、2021年に〈ねんりん〉を立ち上げた簾藤さん。取り扱い商品を検討する際は、介護士や作業療法士などに協力を得て使用感を検証することに加え、「祖母は喜んで使ってくれただろうか?」という視点も大事な判断基準となっています。

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道具ひとつで「できる」「できない」が大きく変わる

ときには病院や介護施設などから、ケアの道具に関する相談が寄せられるという〈ねんりん〉。ある日、運動神経に関わる難病を発症したことから食べこぼしが増え、みんなと一緒のテーブルにつけなくなった利用者がいる、という相談を受けます。

「お試しで、てまる椀、希望の箸、匙などを使ってもらいました。すると、これならいける! とご本人も介護士さんも喜んでくださって。特にお箸が食べやすかったようで『これがあれば、またみんなで一緒に食べられる』そう言ってくださったんです。それは本当に嬉しい言葉でした」

道具ひとつで、失いつつあった自信を取り戻した瞬間。これがあれば大丈夫、と思えた瞬間。食欲が変わった瞬間。人生を諦めなくていいと思えた瞬間。ケアの日用品を通じて、簾藤さんはこうした出来事をたびたび目の当たりにしてきました。

「たかが道具とはいえ、その道具ひとつでコミュニケーションがとれなくなったり、自己否定につながったり、場合によってはなにもできない人と決めつけられる場合があります。反対に、道具ひとつで、自分らしさ、自分を認める力、生きる力をも取り戻すことができるんです」

祖母との関わりのなかで道具が持つ可能性に気づきつつも、その当時は確信までには至っていなかったという簾藤さん。小さなストアを立ち上げ、その運営のなかでさまざまな声に触れ、「道具ひとつで生きる力が大きく変わること。それは今、確信に変わっています」と今の心境を語ります。

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蓄積したケアの視点や声を、新しいものづくりへ活かす

〈ねんりん〉の運営がスタートして5年。良質なケアの日用品のラインアップを増やすだけでなく、その根本となる「ケアのものづくりの現場」にも関わっていきたい、そんな意識に変わりつつあるといいます。

「ちょっとした部分の使いづらさや懸念があって、ストアでの展開を見送った商品がいくつかあるんです。すでに規格化されていると、商品の修正や変更が難しい場合も多いんですね。今後、新しいケアの日用品を手がけたいという企業があれば、そのスタート時から、医療介護の現場の人、当事者、つくり手が話し合える場所をつくりたいと考えています」

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さて、今回ご紹介したイッピンに触れてみたい! という方もいるのでは? 広島県尾道市にある介護施設併設の宿泊施設〈尾道のおばあちゃんとわたくしホテル〉の食器やカトラリーなどの備品選定には、簾藤さんも関わっています。もちろん「てまる椀」や「希望の箸」を手にとることもできますよ! 旅行がてら、美しいケアの日用品にも会いに行ってみてはいかがでしょうか。