こここなイッピン
たたいて みがいて つくる木の仕事シリーズ〈NEW TRADITIONAL〉
福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。
障害のある人の手仕事や表現と、伝統工芸の化学反応を探るプロジェクト〈NEW TRADITIONAL〉のプロダクトをご紹介。フィールドワークやワークショップを重ね、人・モノ・コトのつながりから生まれた、温故知新たるイッピンです。
たたく、みがく、つくる。プリミティブな技法から生まれる新たな工芸
凪いだ水面の陰影を月の光が浮かび上がらせる夜の海。はたまた、侘びの庵へ客人を誘う濡れた敷石。美しいと感じたあの日の記憶を重ねたくなるような、静かなる造形美。
自然物か、人工物か。素材はなんなのか。どのようにしてこれらの模様がついたのか。つくり手はどんな人か。何かをイメージして手を動かしたのか、ただ無心だったのか。どんな手触りで、どんな香りがするのか――。その不思議なマテリアルに、さまざまな問答を繰り広げたくなってきます。
今回のイッピンは「たたいて みがいて つくる木の仕事シリーズ」の木製プレート。〈一般社団法人たんぽぽの家〉(奈良県)が取り組んでいる、障害のある人の手仕事や表現と、伝統工芸が出会うことによって生まれる化学反応を探るプロジェクト〈NEW TRADITIONAL〉のなかで、〈Good Job!センター香芝〉が制作しています。
同センターに所属するメンバーたちが、奈良県産の木板を、同じく奈良の河川敷で採取した自然石でたたき、天然素材による伝統的な道具・浮造り(うづくり)を使って研磨し、地元産のミツロウと植物油を煮だしたワックスで仕上げています。
奈良という地域の資源や風土、継承された技術などをフィールドワークで徹底的に探り、さまざまな文脈と伝統を独自につなぎ合わせた、まさに “new traditional” なイッピンです。
これまでのものづくりの課題に挑む、新しい手仕事
〈NEW TRADITIONAL〉はこれまでにも、春日大社境内の枯損木(こそんぼく)となった杉を活用した「燭台」、3Dプリンタと障害のある人の手仕事でつくる張り子「グッジョブの張り子」、障害のある人の表現を緞通(だんつう)という敷物に取り入れた「NEW DANTSU」と、福祉×伝統工芸による商品を生み出し、〈こここ〉でもご紹介してきました。
それらのものづくりでは、メンバーの得意を生かす“分業”という形で制作を行ってきましたが、一方で作業から離れたあとや完成形のイメージが持てないまま作業に取り組むことになったり、最後まで関わったという達成感が持ちづらいという課題があったといいます。
そこで、企画段階から商品が完成するまで、ほぼ全ての制作プロセスにメンバーが関わることができ、さらには得意・不得意に関係なく参加できる手仕事を目指すなかで生まれたのが「たたいて みがいて つくる木の仕事シリーズ」です。
新たなものづくりのジャンルは「木工」。とはいえ、木工の専門知識も制作環境も持ち合わせていなかった〈Good Job!センター香芝〉。そんな状態を逆手にとることで、木工の可能性を探る新たなアプローチができるのではと考えたといいます。
「たたいて みがいて つくる」の大きな特徴である“たたく”というアイデアは、〈Good Job!センター香芝〉の副センター長・企画製造ディレクターの藤井克英さんが、錫を紙のように薄く伸ばして美しい打刻模様をつけた工芸品「すずがみ」を目にしたことに端を発します。
「たたくというシンプルな行為が、多様な人のものづくりにとってすごく親しみやすいんじゃないか、と直感的に思ったんです」(藤井克英さん)
そんな閃きのタイミングと時期を同じくして、〈ろくろ舎〉を運営する木地師・酒井義夫さんとの出会いがあり、クリエイティブディレクターとしての参加を打診。快諾した酒井さんから助言されたのは「奈良にある素材、技術、人とのつながりのなかでできること」をものづくりのテーマに置くことでした。
そこからスタートしたのが、メンバー、スタッフ、酒井さんと共に奈良の各地を巡るフィールドワークです。
プリミティブな“たたく”と“みがく”に出会う
木工作家、職人、銘木を扱う業者などを巡る3日間のフィールドワークのなかで、さまざまなアイデアや情報、素材や工具に出会った〈NEW TRADITIONAL〉。また、銘木店の工房を借りて、木を金槌でたたいたり、ワイヤーを打ち付けて模様をつけるなど、たたくことで得られるテクスチャ―を探るワークショップも実施してきました。
そんな試行錯誤のなかで最終的に行き着いたのは、メンバーが河川敷で採取した自然石で木をたたき、石の造形を転写するというアイデア。
丸いもの、角があるもの、アイスキャンディーや斧のような形のものなど、さまざまな形状の石を使って、力の加減もそれぞれに、木を打つ石面を変えながら、メンバーは思い思いに木をたたいていきます。その打刻跡は、木目の豊かな表情と相まって、彫り物とはまた違う魅力をまとっていました。
一方で、たたくことで木の繊維が盛り上がり、毛羽立ってしまうという課題に直面。そんなとき、フィールドワークで木工作家が見せてくれた「浮造り(うづくり)」という伝統的な研磨を行う道具を思い出します。
植物や動物の毛を束ねたその道具でみがいてみると、木のささくれがみるみるとれ、毛種を変える毎に木肌に艶まで生じるように。たたくこと、みがくことの相性のよさを、思いがけず発見した瞬間でした。
フィールドワークで出会った人が寄り集まり、さまざまなモノゴトがいつの間にかひとつの道につながっていた――。偶然とはいえ、なるべくして導かれたような温故知新の物語が「たたいて みがいて つくる木の仕事シリーズ」のプロセスづくりで生まれてきました。
センターを出て、「たたいて みがいて つくる」の“仕組み”を伝える
「たたいて みがいて つくる」のシリーズでは、プレート以外にも柱材の端材を活用したスツールの商品展開を行っています。一方で、商品を売り出すことだけを目的にするつもりはないと、副センター長の藤井さんは語ります。
「センター内での作業だと、ルーティンワークになりがちだったり、見える世界や関わりしろが限定的になるんです。そこで、テーブル・柱・壁など、木のある空間に我らが出向いて、たたく・みがくの担い手や、その“仕組み”をレクチャーする側になるのもいいなと考えています」
すでにこの手法をレストラン内で採用したいという声があり、メンバーが現地へ出向いて、講師として技法を伝える事例も生まれています。
「手のひらサイズの商品だけでなく、建築物や什器など、空間そのものに障害のある人が関われないだろうかと考えてきたんです。プロジェクトのゴールのひとつに定めているのは、茶室のような木を多用した空間を、たたく・みがくで設えること。その作業を見た依頼人も、障害のある人の手仕事を語り広げていく。そんなインタラクティブな活動になっていけばいいなと考えています」
伝統工芸や手仕事の魅力が注目されつつも、その一方で、ものづくりに欠かせない道具を手がける職人は減少の一途を辿り、工芸の存続が難しくなるケースもあります。実際に「浮造り」のブラシをつくっていた唯一の職人が近年廃業し、もはや手に入らない事態も起こっているのだとか。
道具の継承だけでなく、ものづくりを行う人材、原材料の減衰、ユーザーのライフスタイルや需要の変化などが憂慮される伝統工芸の現状。〈NEW TRADITIONAL〉はそのような課題にも目を向け、今できることの可能性を探っていくプロジェクトです。
Information
「たたいて みがいて つくる木の仕事シリーズ」木製プレート
- サイズ:商品によって異なります
- 木材:ナラ、カエデ、トチ、シデなどの広葉樹、スギなどの針葉樹など、商品によって異なります
- 表面加工:ミツロウ仕上げ、一部藍染加工
- 価格:9900円~44000円(税込)
- クリエイティブディレクション:酒井義夫(ろくろ舎)
- 制作協力:渡邊崇(MoonRounds)、株式会社徳田銘木、小田大空(Indido Classic)
- プロデュース:藤井克英(Good Job!センター香芝)
- 企画・製造・販売:Good Job!センター香芝
リンク:
〈NEW TRADITIONAL〉障害のある人の表現とものづくり
たたいて みがいて つくる木の仕事 オンラインサイト
Informationa
Good Job!センター香芝 8周年 オープンウィーク!
Webサイトはこちら
今年もオープンウィークが開催されます。
参加型プログラムが数多く実施されるほか、期間中は、来場者へオリジナルシールをプレゼント。
会期:2024年9月23日(月・祝)〜9月29日(日)10:00-17:00
会場:Good Job! センター香芝(奈良県香芝市下田西2-8-1)
Profile
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たんぽぽの家
一般財団法人
アートとケアの視点から、多彩なアートプロジェクトを実施している市民団体。障害のある人のアートを新しい視座で捉え直す可能性の芸術運動「エイブル・アート・プロジェクト」や、ケアの価値を高め支え合いの文化をつくる「ケアする人のケアプロジェクト」、障害のある人の詩を歌にのせて伝える「わたぼうしプロジェクト」など、国内外の団体と連携しながら、アートの社会的意義や市民文化について問いかける事業を実施している。すべての人がアートを通じて自由に自分を表現したり、互いの感性を交感したりできる場としてアートセンターHANAとも連携。また、「Good Job! project」では、2016年にオープンしたGood Job!センター香芝と連携しながら、障害のある人とともに新しいはたらき方や仕事を提案している。
Profile
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Good Job! センター香芝
就労継続支援事業所など
障害のある人とともに、アート・デザイン・ビジネスの分野をこえ、社会に新しい仕事をつくりだすことをめざして、たんぽぽの家が2016年にオープン。個人、企業、地域の垣根をこえ、だれもが能力を発揮できる社会の実現に向けてさまざまな取り組みを行う。南館、北館の2棟からなる建物に、手仕事とデジタル工作機を組み合わせた製品等をつくる工房、全国の障害のある人がかかわってつくられたアート&クラフトを扱うストア、地域にひらかれたカフェ、表現文化活動を行うことができるアトリエなどを併設。「IoTとFABと福祉」「NEW TRADITIONAL―福祉と伝統のものづくりー」など、さまざまなプロジェクトの実験・実践の現場でもある。