福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】バーカウンターのような場所の前に座り談笑する方々【写真】バーカウンターのような場所の前に座り談笑する方々

お酒を片手に“ケアする仕事”に携わるゲストとおしゃべり。ケアするしごとバー2025開催レポート ケアするしごと、はじめの一歩 vol.04

Sponsored by 厚生労働省補助事業 令和6年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)

  1. トップ
  2. ケアするしごと、はじめの一歩
  3. お酒を片手に“ケアする仕事”に携わるゲストとおしゃべり。ケアするしごとバー2025開催レポート

「自分らしく生きる」ってなんだろう。

振り返ると、「これが自分らしさなのかも」と自覚するときはたいてい、周りに誰かがいた。問われたり、認められたり、求められたりして初めて、心が動く瞬間に気づくことや、自分の気持ちと向き合うことがあった。

でも年を重ねると、「自分らしさ」を知る機会自体が少なくなっていくのではないか。心の片隅にある、そんな漠然とした不安に対するヒントを受け取りに、私は“自分らしく生きる”を支える人たちのトークイベント「ケアするしごとバー」に参加した。

【画像】ケアするしごとバーという大事が書かれている
「ケアするしごとバー」は、2024年11月から2025年2月まで、オフライン/オンラインのハイブリッドで全5回開催された

さまざまな分野で活躍する方をゲストとして招き、お酒を飲みながらゲストと会話する日本仕事百貨のイベント「しごとバー」と、福祉をたずねるクリエイティブマガジン「こここ」が連携した本イベント。

「何歳になっても、どこで暮らしていても、誰と一緒でも独りでも、どんな状況にあっても、自分らしく生きたい!」

そう願う人の生活を支える、クリエイティブな仕事をする多彩なゲストたちが、5回にわたりトークを展開した。この記事では、各回で語られたエピソードの一部を紹介していきたい。

#01 守谷卓也さん「自分らしく活動できる場とは ケアの現場から考える」(2024/11/15開催)

第1回目のゲストは、「DAYS BLG! はちおうじ」代表の守谷卓也(もりや・たくや)さん。DAYS BLG!(デイズビーエルジー)は東京都町田市で始まった地域密着型通所介護事業所で、現在では八王子をはじめ全国19拠点にまでひろがっている。

DAYS BLG! はちおうじでは利用者を「メンバー」と呼び、各自がやりたいことを選んで過ごせる環境を提供している。「有償・無償のボランティア」や「働くこと」もそのひとつ。利用者の「年を重ねても、認知症になっても、人の役に立ちたい」「社会とつながっていたい」という思いを形にした取り組みだ。

「ケアするしごとバー」では、シェアキッチンで月1回オープンする「カレー屋」が紹介された。

【写真】バーカウンターの前に座り、談笑するもりやさん
中央が守谷卓也さん

守谷さん:昔飲食店で働いていたメンバーの、「もう一度、お客さんの前に立ちたい」という思いを実現しました。その思いに共感した企業と提携し、運営しています。地域の人たちが自然と集まる場になりました。私たちDAYS BLG! はちおうじは、利用者と地域がつながっていくためのハブになっているのです。

このような取り組みの背景には、守谷さん自身の経験がある。以前勤務していたデイサービスで、利用者が事業所側の決めたプログラムだけをやっている姿に、疑問を感じたという。

守谷さん:やりたい人は良いけれど、そうでない人もいたはずです。だから私は、通う人が楽しいと思えるデイサービスをつくりたいと思いました。

DAYS BLG! はちおうじでは、毎朝のミーティングで「今日はなにがしたいですか?」とメンバーに問いかける。「外に出たい」と言えば複数の選択肢から選んでもらい、「なにもしたくない」という意思も尊重する。活動後には振り返りの時間を設け、その日の体験を共有することでメンバー同士の繋がりを深めているそうだ。

守谷さんは、介護における重要な視点をこう語った。

守谷さん:「サポートする」じゃなくて「一緒に楽しむ」。「その人に何ができるか」ではなく「その人と一緒に何ができるか」。この「一緒に」というキーワードが大切だと考えています。

守谷卓也さんがゲスト回の動画

#02 奥住比沙子さん「介護の世界の広さとは? あるケアワーカーの視点」(2024/12/13開催)

第2回目のゲストは「社会福祉法人福祉楽団」の奥住比沙子(おくずみ · ひさこ)さん。福祉楽団では、高齢者介護や子ども支援、障害者支援や福祉と組み合わせた農林業などの福祉サービスを展開している。

「私たちが大切にしているのは、制度の隙間にあるニーズに目を向けることです」と奥住さん。それを実践した例が「みんなの食堂」だ。

奥住さん:当初は子ども食堂として始めたのですが、大人が入りづらい雰囲気になってしまい、子どもしか来なくなってしまったんです。一人暮らしの高齢者の方でも気軽に来れるような場所にできれば、という思いから「みんなの食堂」が生まれました。このように地域のニーズをくみ取って、私たちができることを実践しています。

【写真】バーカウンターの前に座り、お話するおくずみさん
奥住比沙子さん

また、同法人の特徴的な考え方として「科学的な介護」がある。奥住さんは「ケアの根本にあるのは、優しさや思いやりだけではありません。相手を生物体としてとらえ、それをもとに生活を整えていくことがあるのです」と説明する。

奥住さん:たとえば食事の介助では、食べ物を口に運ぶだけでは不十分です。その人の飲み込む力がどの程度か、飲み込む際に体の中でなにが起きているのか。解剖生理学などの専門的な知識をもって、一人ひとりの状態を多角的に理解し、最適なケアを考えます。介護は頭で考えることも多い仕事なんです。

しかし時に、「生物体としての正解」と「生活体(生活者としての個人)としての希望」が相反することもあるそうだ。そんなとき、奥住さんは医師や看護師など、さまざまな専門職との対話を重視しているという。

奥住さん:話す相手やタイミングによって、まったく異なるアイデアが生まれます。それが実践の幅を広げることにつながるのです。介護はとてもクリエイティブな仕事だと感じています。

奥住比沙子さんがゲスト回の動画

#03 鹿角実花さん「お互いに気持ちいい生活を支える訪問介護の魅力」(2025/1/15開催)

【写真】バーカウンターの前に座り、談笑するかつのさん
鹿角実花さん

第3回目のゲストは訪問介護事業を展開する「株式会社でぃぐにてぃ」の鹿角実花(かつの・みか)さん。「世界一気持ちいい介護」を目指すでぃぐにてぃでは、社員の平均年齢が26歳と若く、鹿角さん自身も社会人5年目でサービス提供責任者を務めている。

訪問介護の特徴は、利用者の生活空間での1対1のケアにある。そんな訪問介護では、体調や気分に応じた柔軟な対応が必要だと鹿角さんは語る。

鹿角さん:たとえば着替えの際も、「いつもこうだから」と決めつけず、「ボタンは上までとめますか?」と毎回確認します。一律のケアを避け、常にフレッシュな気持ちでいることを大切にしています。

介護の仕事でやりがいを感じる瞬間について、鹿角さんは具体的なエピソードを語ってくれた。

鹿角さん:先日、利用者さんから「体を温めたい」とご要望がありました。入浴や温かい飲み物を飲むなど、さまざまな方法が考えられるなか、私はその方の状況を考慮し、「お湯で手を温めるのはいかがでしょうか」と提案したんです。その結果、利用者さんが喜んでくださって。こうして私の提案が、利用者さんの希望にピタッと当てはまる瞬間にやりがいを感じます。

このような細やかなケアを支えているのが、でぃぐにてぃ独自の人材育成の仕組みだ。新人教育に最大3ヶ月という時間をかけ、先輩の技術や対応を間近で学ぶ機会を設けている。また定期的な面談を通じて経験を共有し、若手スタッフの成長をサポートする。

「事務所で後輩とイスを使って技術練習をすることもあります。教えるのは得意ではありませんが、『1年目の頃はこう思っていた』など、自分の経験を伝えるようにしています」と鹿角さん。最後に訪問介護の魅力として「自分なりのケアをつくれること」を挙げ、話を締めくくった。

鹿角実花さんがゲスト回の動画

#04 石神洋一さん「心が動いて体も動く 植物と一緒にあるケアの現場」(2025/1/24開催)

第4回目のゲストは、大阪府高槻市の福祉施設「デイサービスセンター晴耕雨読舎」施設長の石神洋一(いしがみ・よういち)さん。園芸療法を実践する晴耕雨読舎には、60代から95歳までの利用者が約60名登録しており、日々20名ほどが利用している。

イベントでは最初に、晴耕雨読舎の全景が映し出された。山のふもとに建つ、趣のある平屋。目の前には300坪の農地が広がり、そばにはきれいな川が流れている。農地には60区画のレイズドベッド(高床式花壇)を備え、利用者一人ひとりが自分の畑を持つという。

【写真】バーカウンターの前に座り、談笑するいしがみさん
左が石神洋一さん

晴耕雨読舎では、その日の活動を利用者自身が決める。かつて農家だった女性は昔ながらの手つきで植物を育て、病気をきっかけに菊づくりをやめてしまった男性は10年ぶりにつくるのを再開した。画一的な制限を設けず、個々の経験や意欲を活かした活動を支援するのが晴耕雨読舎の特徴だ。「介護の現場では、ついスタッフ主導の関係になりがちです」と石神さんは指摘する。

石神さん:しかし本来は、利用者さんがやりたいこと、やりたくないことをはっきりと意思表示できる環境が大切なのです。

「日常生活にあるリスクは、施設にもあってよい」という考えのもと、包丁やのこぎりといった道具も、個別の状況に応じて使用を認める。「むしろ適切な環境設定と道具の存在が、利用者の自然な行動を引き出す」と石神さんはいう。

石神さん:その人らしく、意味ある時間を過ごしてもらうこと。これが僕がいちばん大切にしていることです。

石神洋一さんがゲスト回の動画

#05 武田奈都子さん「アートと福祉が出会うから生まれる風景」(2025/2/13開催)

第5回目のゲストは、埼玉県東松山市にあるデイサービス「楽らく」施設長の武田奈都子(たけだ・なつこ)さん。武田さんは、母親ががんを患ったことをきっかけに、母が立ち上げた楽らくの運営を引き継ぐことになった。

楽らくの特徴は、アーティストが滞在できる「アーティスト・イン・レジデンス」を併設していることだ。「アートと福祉が交差する場」を実現できた背景には、30歳を過ぎるまでアートマネージャーとして活動していた武田さんの経験がある。

「普段交わる機会の少ないアーティストと利用者の交流は、互いの新たな可能性を広げるものです」と武田さんは語る。

【写真】バーカウンターの前に座り、お話するたけださんさん
武田奈都子さん

その一例が、ダンサー・振付家・演出家の白神ももこ(しらが・ももこ)さんとの取り組みだった。白神さんは、「楽らくの日常」そのものを舞台で表現した。出演者は全員、楽らくの利用者やスタッフだ。

武田さん:滞在するなかで、「スタッフの動きや利用者の語りが、まるで演劇のようだ」とインスピレーションを受け、生まれた舞台です。利用者さんは舞台でアコーディオンを弾いたり、南京玉すだれをやったり。白神さんがその人のできること、やりたいことを引き出してくださったんです。

特に印象的だったのは、普段は寝ていることが多い車椅子の利用者さんの変化でした。その方はいつも、白神さんの横で小さく手を動かしてダンスをしていました。そして本番当日、白神さんが手を差し伸べると、その利用者さんがパッと目を開けて本当に美しく踊ったんです。私たちスタッフからしたら想像もできない姿で、みんな涙を流していました。

武田さんは「これは、滞在型のアーティスト・イン・レジデンスという形で、じっくりと時間をかけて交流できたからこそ見られた景色でした」と振り返った。

武田奈都子さんがゲスト回の動画

どんな状況にあっても、「自分らしさ」を尊重してくれる人たちのまなざし

5回目のゲストである武田さんが「デイサービスはオープンな場所ではない」と言っていたように、福祉施設がなにをする場所なのか、漠然としたイメージしか持っていなかった。そしてそのイメージは、「楽しそう」や「将来通いたい場所」からは遠かったように思う。

でも、アートに園芸、有償・無償ボランティア……まるで習い事やアルバイト先に通うかのように、自分のやりたいことを考えたり、見つけたりできる福祉施設があったとしたらどうだろう。年をとったときのことを想像してワクワクできるなんて、なかなかないことだ。

自分がなにをしたいのか、反対になにをしたくないのか。どんな状況にあっても、これらを問いかけ、尊重してくれる人たちがいる。それを知れただけでこんなにも心強い。

「自分らしく、意味ある時間を過ごしてほしい」という思いを形にして、ユニークな場所やケアを創造する人たちのまなざしは、私がこれから行く先を明るく照らしてくれるようだった。


Series

連載:ケアするしごと、はじめの一歩