
“自分らしく生きる”を支えるしごと ー介護の世界をたずねてー
この社会のなかで、わたしたちはなにを大切にして、どう生きていけばいいのでしょうか。
そんな大きな問いを抱え、本連載でたずねるのは「介護の世界」です。「介護」というと、漠然と「家族介護」「思いやり」「3K」などのイメージが抱かれることも少なくありません。しかし実際には、一人ひとりの状況や経験に耳を傾け、心身の変化に寄り添い、それぞれの権利を守ろうと奔走してきた経験が宿る魅力的な分野です。また、社会構造が抱える問題に向き合い、地道に改善を重ね、科学的見地からも方法論を模索してきた領域でもあります。
「自分らしく生きる」「多様な個性を尊重する」。近年、そんな言葉を目にする機会は増えていますが、高齢者に限らず、どんな人もそれを実現するのは簡単ではありません。本連載では、介護施設の実践やそこで働く人、ケアや老いをテーマにしたカルチャーコンテンツなど、「介護の世界」をたずねながら、この社会で生きるすべての人に関わりの深い、「自分らしく生きる」ことについて考えてみます。介護の世界の「自分らしく生きる」を支える人、仕事、ふるまい、まなざし、葛藤に、出会ってみませんか。
Sponsored by 厚生労働省補助事業 令和5年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)
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vol.012023.10.11自分らしく生きるってなんだろう? 一人ひとりの人生に向き合う介護事業所「あおいけあ」をたずねて
「自分らしさ」とは、なんだろう。 強みや得意を活かせていること? 自然体でいられること? 自分の価値観を大切にできていること? いろいろと考えつく中で確かだと思うのは、何かひとつの側面や単純な要素が「自分らしさ」を規定するのではなく、複雑な要素が絡まり合って自分という存在はできていることだ。 育ってきた家庭環境、出会ってきた人々、趣味嗜好、安心できる場所、辛かったことや楽しかったこと。どれもが「わたし」を作り上げている大切な要素で、それらによって「自分らしさ」が育まれている。できることなら、そんな「自分らしさ」を大切にしながら生きていたい──。 しかし、実際に今の社会では、それを貫き通すことは簡単ではないとも思う。「こうあるべき」というような規範やルールが先にあって、そこに個人の生き方を合わせていかなければいけない場面に出くわすことも多いからだ。 そんな中で、「命ある限り自分らしく生き、一人の価値のある人間として存在する」という思いのもとに介護事業所を運営している会社を知った。歳を重ねても、認知症になっても、以前より体に自由がきかなくなっても、最後の最後まで自分らしく生きることを何よりも大切にしている場所。 それが、神奈川県の湘南エリアで複数の介護事業所を運営している「株式会社あおいけあ」だ。あおいけあでは、どのように出入りする人たちの「自分らしさ」を大切にしているのだろうか? 運営している2つの小規模多機能型居宅介護(※注1)「おたがいさん」「おとなりさん」とおたがいさんのサテライト「いどばた」、グループホーム「結」を案内いただきながら、代表の加藤忠相(かとう・ただすけ)さんに話を聞いた。 ※注1:訪問、通い、泊まりなど、利用者それぞれの状態に合わせた介護サービスが受けられる施設。通称「小多機」。

vol.022023.10.30さまざまな命に囲まれて、心を動かして生きる。 園芸療法を行う「晴耕雨読舎」をたずねて
誰だって、自由を奪われるのは嫌だ。たとえ昨日の記憶があいまいになっても、今日の過ごし方がわからなくても、明日の予定が立てられなくても、選択肢は多いほうがいい。 なるべく選択肢を奪わず、それぞれの「やりたいこと」「できること」を探究する、高齢者のための施設が大阪府高槻市の山麓にある。NPO法人たかつきの運営するデイサービスセンター晴耕雨読舎(以下、晴耕雨読舎)は、日本でも数少ない園芸療法を実践する福祉施設だ。園芸療法とは、草花や野菜、自然とのかかわりから心身の回復・改善を行う取り組みのこと。1950年代に欧米ではじまり、日本でも医療や福祉などの領域で実践されている。 農園芸や大工仕事を通じて提案される自立支援のあり方や、「生きがい」とは何かについて、代表理事の石神洋一(いしがみ・よういち)さんに話をきいた。

vol.032023.10.31ケアってなんだろう? ナイチンゲール看護研究所・金井一薫さんをたずねて
「ケア」という言葉を聞いて、なにを想像するだろう。 自分を大切にする文脈で使われる「セルフケア」、髪や肌の手入れを示す「ヘアケア」や「スキンケア」、身の回りのものに対して使う「ハウスケア」や「カーケア」……。そうした広く社会へ浸透してきた言葉を思い浮かべる人もいれば、看護や介護の領域で日々実践されている行為や、「ケアワーカー」「ケアマネジャー」といった職業にまつわる単語を連想する人もいるだろう。 幅の広さも奥行きもある「ケア」という言葉は、使う人、文脈、分野が異なると、具体的な意味や定義も変わってくるはず。私たちは、広がりゆくこの言葉にどう向き合っていけばいいのだろうか? そんな問いをもって、今回たずねたのが〈ナイチンゲール看護研究所〉所長の金井一薫さん。金井さんは、職業としてのケアワークの確立に大きく貢献した、イギリスのフローレンス・ナイチンゲール(1810〜1920)の研究者だ。 「ナイチンゲールの思想には『ケアの原形』があります。そこに立ち戻ることで、今さまざまな形で行われているケアの本質が見えてくると思っているんです」 そう語る金井さんに、そもそも「ケア」とはなにか、また「いいケア」があるとすれば一体どのようなものなのかを伺った。

vol.042023.11.07居心地の良い場所の条件ってなんだろう? 浦安にある高齢者向けの住まい「銀木犀」をたずねて
「ストレス社会」という言葉を初めて聞いたのはいつだったろう。今ではすっかり日常的な言葉になった。むしろ最近は誰もがストレスを抱えているのが当たり前で、心の片隅に小さな棘のようなものを秘めながらうまくやり過ごしていくことが大前提になっているような気さえする。 そんな時代だからこそ、自分にとって「居心地のいい場所」を見つけることは人生においてかなり大きな意味を持つ。そこでただくつろぐだけでもいいし、家事や趣味に没頭してもいい。おいしいものを食べながら気の置けない人たちと笑いあったり、たまには愚痴をこぼしたり。 そんな些細なことの連続が人をなんだか元気にしてくれることを、私たちは経験則として知っている。自宅であれ、外であれ、どこかに「居心地のいい場所」があって、そこで充実した時間を過ごすことが人生には大切なのだ。 では、自分が年齢を重ねて自宅で暮らすことや近所への外出さえままならなくなったとき、私たちはどんな場所なら「居心地がいい」と感じるのだろう? 人生の終盤を過ごす大切な場所――外出の機会が減って、ほとんどの時間をそこで過ごすならなおさらその空間は居心地が重視されるべきだと思うけれど、現実には「危ないから」「人手が必要だから」「コストがかかるから」といった事情もある。ケアを必要とする立場になったとき、生活の場に居心地の良さを求めるのは贅沢なんだろうか。 今回、私たちが訪ねた千葉県浦安市の「銀木犀」は、サービス付き高齢者向け住宅としては少々型破りで、だからこそ入居者の多くがそこで暮らすことに喜びを感じ、日に日に元気に、活動的になっていくという不思議な場所だった。居心地が良すぎて「ここにずっといたい」「ここで最期を迎えたい」と入居者が願う、その魅力を紹介したい。

vol.052023.11.10いくつになっても「働く」は楽しい。ばあちゃんたちの生きがいとビジネスの両立を目指す、株式会社うきはの宝をたずねて
日本は、驚くほどの勢いで超高齢社会が進んでいる。現在、総人口に占める65歳以上の人口の割合は29%。2070年には、75歳以上が総人口の約4人に1人になると予想されている(内閣府『令和5年版高齢社会白書』)。 物価高に寿命が伸びたこと……さまざまな要因が相まって、高齢者の生活は金銭的にも精神的にも、なかなか厳しい。では、社会やいつか高齢者になるわたしたちは、この状況にどのように向き合っていけばいいのだろう。 「もう、保護では間に合わない」と話すのは、株式会社うきはの宝の代表である大熊充(おおくま・みつる)さん(43)。本気で稼ぐことを目指しながら、地域の高齢者と働く会社を立ち上げた。現在、75歳から93歳の18人がさまざまな働き方でかかわっている。 若者が立ち上げた会社で高齢者が働くとは、どういう現場なのか。福岡県うきは市にある事務所を訪ね、大熊さんと3人のばあちゃんに話を聞いた。

vol.062023.11.29介護施設×学生シェアハウス「みそのっこ」が教えてくれる、「介護×場づくり」の可能性
「介護施設と学生シェアハウスを融合させた場所を、取材してみませんか?」 そんな相談がきたとき、正直イメージが湧かなかった。 「介護施設」と聞いて僕が頭に浮かんだのは、白い壁、消毒のにおい、テレビをぼーっと眺めるおじいさん、おばあさんたちの姿。今はもう亡くなった祖母が入っていた施設を訪れたときの、ちょっと寂しげな光景が記憶に残っていた。 介護施設のイメージが「寂しげ」なら、学生シェアハウスのイメージは「楽しげ」だった。僕のなかで対極のイメージを持つふたつが、まざりあう。そんなこと、本当に可能なんだろうか? 半信半疑で、取材を引き受けることにした。そのときの僕は、介護の、そして「介護のある場づくり」のイメージが、今回の取材を通して大きく変わることを、まだ知る由もなかった。