こここ文庫
水たまりの中を泳ぐ―ポスタルコの問いかけから始まるものづくり マイク・エーブルソン/ エーブルソン友理
本を入り口に「個と個で一緒にできること」のヒントをたずねる「こここ文庫」。
今回は、「風と地と木」合同会社の代表を務める宮田尚幸さんに選書をお願いしました。テーマは「モノづくりから福祉を考える」。紹介いただいたのは『水たまりの中を泳ぐ―ポスタルコの問いかけから始まるものづくり』(誠文堂新光社)です。
モノづくりから福祉を考える
水たまりの中を泳ぐ? ポスタルコってなんだろうと思った方もいるかもしれない。ポスタルコとは、2000年にマイク・エーブルソンと友理・エーブルソンが立ち上げた、鞄や財布などの服飾用品をデザインし販売するブランド。この本は彼らの17年の歴史をまとめた本。彼らのモノづくりの視点は、福祉を考えることにも繋がると思い、紹介したい。
私自身の話を少しだけすると、同ブランドで商品開発やプロダクトのデザインに携わる立場として働いていたことがあり、そのモノづくりに携わることで、質の高いものをつくり長く使うことや、環境に当然配慮する姿勢、純粋な視点が自分の中に芽生えた。その芽を育てるためにポスタルコを卒業し、2018年デンマークへ旅立った。
1年間デンマークに滞在していて、最初の半年はエグモントホイスコーレという障害福祉に特化したフォルケホイスコーレ(※注1)へ、残りの期間は現地で出逢った杖職人の工房Vilhelm Hertz(ヴィルヘルム・ハーツ)に住込みで働いていた。帰国後2019年からVilhelm Hertzの日本窓口として販売を開始したが、コロナ禍や世界情勢の影響を受け、2年かけ開発した日本製のモデルの販売を2023年4月から始めている。
モノと福祉というテーマを元に、杖職人のもとでの経験と、ポスタルコのモノづくりの姿勢は共通するところがあると思っている。以下、本の内容を引用しながら、考えたことを綴りたい。
※注1:17歳以上であれば誰でも入学できる北欧独自の教育機関。特徴は、試験や成績が一切ないこと、民主主義的思考を育てる場であること、知の欲求を満たす場であること。加えて、全寮制で、全員が共に生活することなども代表的なフォルケホイスコーレの文化となっている。現在約70校が国内に点在しており、各校それぞれ特色をもつ。参考:IFAS ウェブサイト
「ちょうどいい」ってどういう意味?
「ちょうどいい」という日本語に、ピッタリの英語はないのですが、強いて言えば「パーフェクト」ということになるのでしょうか。でも、パーフェクトというのは、たったひとつの「解」ということですが、「ちょうどいい」はいくつも「解」があることを暗示していて、むしろピタリと合った時の美しさをも匂わせています。ーー「ちょうどいい」という説明しにくいフィーリングを形にするには、プロトタイプを作ってみることが最良の方法です。「ちょうどいい」にたどり着くために、試行錯誤をくり返します。
『水たまりの中を泳ぐ―ポスタルコの問いかけから始まるものづくり』 p.19より
この文に現れている通り、杖に関しても長く使えるものをつくるために試行錯誤し、手や身体にピタッとくるものを生み出す。実際に、使ってくれる方の歩き方や身体に合わせて何度も歩いてもらい、ここだという「ちょうどいい」ポイントを導きだす。
それって、こういう決まりだからとか、理論的にはこの大きさだから、ということではないと思う。一人ひとり身体の大きさや形、ましてや生活の仕方も違うのだから、使いやすさや心地よさはもちろん、前向きに「使いたい」と思えるかなどを含め、一人ひとりに「ちょうどいい」ってことが、福祉的なプロダクトに必要な視点な気がしている。
身体は良くも悪くも道具に寄っていってしまうので、毎日使う道具のサイズが合っていなかったら、それに合っていってバランスが崩れてしまう可能性だってあることも考えないと。車いすユーザーの友人がポスタルコのバッグが使いやすいと言っていたのは、そういったことにも繋がっているのかも。
機械で毎回ちがうものを作れるか?
プロダクトを作っていると、どうしても不揃いになるのを抑えるような方法を考えるものなんだ。僕たちが考えたのは、バリエーションというものを生産に組み込むやり方なんだ。
『水たまりの中を泳ぐ―ポスタルコの問いかけから始まるものづくり』 p.56より
これも福祉用具としてはとても大切な視点だと思う。一点物だと高価になって日常使いできないようなものになってしまう。ただ大量生産になると、個々のヒトに合わせるというよりも、安く生産しやすいことが目的になってしまう。
その中間に位置するのが、この視点であると思う。今の杖作りも、自身のモノづくりもこの部分をとても大切にしていて、一点ものと量産の間、同じものを作っているのだけども、一個一個微妙に異なるもの、ヒトの手が入ったものを理想としている。
その方がモノに余白が生まれたり、複製なのだけども、オリジナリティも持ち得ているものになる。そこが良い福祉に対する解決策だと思うのは自分だけだろうか。
ハンドルテーブル
ヒトの手は見れば見るほどタコに似ている。タコに形状が似ているということは、特別な機能があるのだろうか?
『水たまりの中を泳ぐ―ポスタルコの問いかけから始まるものづくり』 p.210より
杖という道具に携わるようになって、より一層このストーリーが脳裏をよぎるし、実際に杖を試してくれる方にも説明する。この本では、形状について良くリサーチされているのだけども、木でできたグリップを扱う中で思うのは、手はタコの吸盤のように、感触や素材を瞬時に捉えて、そのヒトの安心や不安、緊張をつくる器官でもあるということ。
気持ちのいいものを手に取るとどうしても離したくなくなるのは、そんなことがあるからだろうか。毎日必ず使うモノだからこそ、心地良いとか、なんだか良い、の感覚を大切に素材や形状を選びたい。
エスカレーターの話
ポスタルコで働いていた頃、マイクさんと外出することが良くあったのだけど、最初に出かけた時、駅のホームに行くためのエスカレーターの手前で「僕、階段で行くから!」と颯爽と階段を選び登ろうとする姿が今でも思い出される。
その時に「エスカレーターは使わないんですか?」と質問すると、「だって歩けるし、運ばれるのはあまり好ましくないんだよね……」と。その時は、考えもしなかったことだと、ただただ衝撃を受けた。私自身、エスカレーターを選んでいたというよりは、無意識にただ乗っていたからだ。デンマークでの生活を過ごす中で気づいた「自分の身体を動かすこと」や「不便」がクリエイティブを生む鍵なのでは、という気づきを得てから、今となっては率先して階段を選び、使っている自分がいる。
ふとマイクさんとの思い出を思い出したのは、誰かに「階段で行くね」と伝えた時。長蛇の列のエスカレーターの時も、階段を使えば自分しか登っていない時もあって快適。自分の身体が動くうちはしっかりと動かして、身体や心の可能性を最大限にしておくことが、クリエイティブに繋がるのだろうなと思うんです。
今もっとも理にかなっているか?
Y:とはいえ、10年後でも通用するかということはそれほど大事じゃなくて、いまもっとも理にかなっているかのほうが大切だと思う。
『水たまりの中を泳ぐ―ポスタルコの問いかけから始まるものづくり』 p. 151より
デンマークから帰ってきて、「脱便利」を心がけているのだけど、上のフレーズの意味が腑に落ちたのは、脱便利を心がけ始めてからかもしれない。
未来に向かって考えなくては、という漠然とした自分の想像のつかないことを、掴めない雲の中を泳いでいるような状態の中、進む方向をはっきりさせようとしていたからこそ、生きづらさや将来への不安があったように思う。モノの話に例えると、今それは自分にとって使いやすかったり、心地良かったり、使いたいものであるか、ということもとても大切なことだと思う。
周りと比較する視点ではなく、自分自身がどうかということ。今理にかなっていないものは、何年経とうが誰の理にもかなわないのではないか。それはモノだけではなくて、社会システムや慣習にも言えることなのかもしれない。
本の中にある言葉を通して、モノづくりと福祉を考えてみたが、色々なことが見えてきた。
誰もがモノを生み出しているし、使っている
現代において、モノを全く持たずに暮らすことはできるのだろうか。それぐらいモノに溢れている。モノを手に入れた時点で、それに投票していることになるし、その産業が発展する。ということは、そのものを生み出し易くしてもいる。今使っているものをもう一回見直して見るのも、社会を振り返るキッカケになるのかもしれない。
選択をすること
「自分にあったものを選ぶ」という行為自体が自分をつくっているし、それの掛け合わせが社会をつくっているということが、この本からも見えてきたと思う。自分にあったものをわかってこそ、他者にもそれがあることを考える余白が生まれ、それそのものが社会福祉に繋がる視点になるのではないかと思う。まずは皆が自己選択する、ということがすごく大切。
社会全体が心地良くなる可能性がある
そうやって、どういうモノを作るのか、どういうモノを使うのか、公共のものだってなんのために使うのか、皆がそんなことを一つひとつ丁寧に選択していくと、社会全体が良くなっていく準備が整うと思う。そんな時間なんてない!って言っているうちは、心地良さや理にかなっているかよりも、なにか違うことが優先されているのだと思う。それってなんのためだったのだろうかと隣にいる人と話してみたら、新たな視点が生まれるかもしれない。
Information
水たまりの中を泳ぐ―ポスタルコの問いかけから始まるものづくり
マイク・エーブルソン/ エーブルソン友理(著)
- 出版社:誠文堂新光社
- 発売年:2017年
- ISBN:9784416517710
- >本の公式サイトへ
Profile
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宮田尚幸
風と地と木 合同会社 代表 / デザイナー
プロダクトデザイナーとして、文具雑貨、服飾小物の開発デザインに携わり、2019年に尚工藝として独立。2022年にデザイン・プロデュース会社、風と地と木 合同会社を設立。北欧デンマークでの生活から見えてきた「Design for Care」をコンセプトに、道具・環境・コミュニケーションの視点から心理的安全性の探究とデザインを行う。
20代後半からイギリスへの語学留学をきっかけに、22カ国を旅し様々な価値観に触れることで得た経験と、デンマークという国との出会いによって、自分らしさの創出の重要性に気がつく。2018年に1年間デンマークへ渡り、フォルケホイスコーレの中でも、障害福祉に特化したエグモントホイスコーレンに留学。社会福祉の視点に初めて触れたことで、今後は社会福祉のフィールドでモノづくりやデザインの技能をつかい貢献できないかと考えている。
風と地と木 合同会社では、ロゴやグラフィック、プロダクトデザインのデザイン事業の他に、3つの事業を進める。
・デンマークで生まれた美しい杖ブランドVilhelm Hertz (ヴィルヘルム・ハーツ)の日本窓口と製造販売の事業
・デンマークの建築家集団がデザインする木造モジュラー式建築Njordrum Care(ニョードルム・ケア)の日本窓口の事業
・ダイアローグワークショップを通したコミュニケーションデザイン事業。社会活動としてダイアローグカフェhuset(フーセット)主催
新鮮な風を取り入れるように新しいアイデアや動きに取り組むこと、次世代に続く良い土壌をつくるため、地を耕すようにダイアローグを重ね、理解を深めること、木を育むように、長い年月をかけて個々の可能性を引き出すことを念頭に、風と地と木という社名に。横断的にさまざまな領域の方との協働を大切に活動している。2022年GOOD DESIGN AWARD 金賞受賞、2024年German Design Award Winner受賞(Excellent Product Design - Medical, Rehabilitation and Health Care 部門)