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望まない孤独や孤立を防ぐ「文化的処方の種」って? 東京藝大が生んだアート体験を冊子・サイトで知ろう
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【画像】さまざまな人が動いている様子が躍動的に描かれたイラストの表紙画像
東京藝術大学のプロジェクトから生まれた「文化的処方」の取り組みが冊子として発行されました

生涯を通じて幸福で健康に生きるためのヒントを集積

絵を観たときや音楽を聴いたとき、あるいはものづくりをしたとき、気持ちが切り替わったり、ストレスが軽くなったりすることがあります。そうしたアートがもたらす心や身体への効果は、誰もが生涯を通じ、幸福で健康的な生活を送り続けるための「文化的処方」になるとして、今注目を集めています。

その可能性に着目した東京藝術大学では、2023年度より、学生と教員がアートを通して「文化的処方の種」を生み出すプロジェクトをスタート。初年度の活動をまとめたドキュメントが、2025年1月に発行されました。また2024年度以降の活動も、ウェブサイトで見ることができるようになっています。

「文化的処方」のアイデアと学びが詰まった冊子

『東京藝大の学生と教員が探る「文化的処方」の種 「I LOVE YOU」プロジェクト2023 ドキュメント』は、2025年1月に発刊された、「文化的処方の種」プロジェクト最初の記録集です。ここでは、初年度の公募に対して採択された、15組のプロジェクトが紹介されました。

本冊子では、まずはじめに「文化的処方」の基本的な考え方について、歴史的な背景を5つのTOPICに分けて紐解きながら、イマジネーションが広がるイラストとともに紹介しています。

【画像】医療や福祉、アートをつなぐ文化的処方、というタイトルとともに、基本的な考え方の説明とイラストがかかれている
「文化的処方を考えるためのスケッチ」TOPIC5

続いて15のプロジェクトについて、「なにをしたの?」と「気づいたことは?」の2つの問いで整理しながら、プロジェクトの企画者の声と写真を掲載。東京藝大で「文化的処方」を推進する伊藤達矢さんと、文化心理学研究者・内田由紀子さんによる感想やひと言コメントも、読者に新しい視点を投げかけてくれます。

【画像】見開き1ページに、プロジェクトの概要と写真が掲載されている
「ピザ窯大煙突プロジェクト」では、ピザという食を通じて、巨大な彫刻作品に自然に触れられるような仕掛けをつくっている(事例3)
【画像】15のプロジェクトのタイトルが踊るように並んでいる目次ページ
1年の間に教員と学生が共同で研究・実践した15のプロジェクトが並ぶ

また巻末には、アートによる共生社会を考えるためのヒントとなるメディアを、8人の研究者が紹介しています。

まさに「文化的処方」について考えるアイデアや事例がつまった一冊。本冊子は、東京藝大のキャンパス各所で配布されているほか、ウェブサイト内にもPDFでデータが公開されています。

【画像】右ページに、アイラブユープロジェクトに関する説明。左ページには、研究者が選んだメディアやプロジェクトが、写真とコメントで紹介されている
巻末では、研究者たちがひとり3つずつ「文化的処方の芽」を紹介していく

ART共創拠点につながる、東京藝大「I LOVE YOU」プロジェクト

「文化的処方」を育もうとするこの取り組みは、東京藝大の「I LOVE YOU」プロジェクトの一環として行われています。

このプロジェクトは、芸術が持つ可能性を社会に向けて伝え、実践によって示すために、2019年度より展開されてきました。「芸術は、人を愛する」という信念に基づき、2020年に50以上のインスタレーションやコンサート、ワークショップなどを企画。その後も、「SDGs」をテーマにアーティストたちが当事者として社会課題に取り組むなどしてきました。

こうした流れを受けて、2023年には東京藝大が、全学横断的な連携を推進する学びの場「芸術未来研究場」を創設。人類と地球のあるべき姿の探求を目指し6つの横断領域が定められるなかで、その1つである「ケア&コミュニケーション領域」では、東京藝大ほか41の機関が協働的に研究を行う「共生社会をつくるアートコミュケーション共創拠点(通称:ART共創拠点)」も発足されました。「ケア&コミュニケーション領域」の中心的な活動として「文化的処方」を推進することで、各地にもさまざまな実践が生まれ、共有され始めています。

これに伴い「I LOVE YOU」プロジェクトでも、超高齢社会などを背景にした「望まない孤独や孤立」への解決策として、誰もが取り残されず社会に参加できる新たな芸術体験のアイデアや表現の募集をスタート。教員と学生が研究開発したものを、「文化的処方の種」として公開するようになりました。

新しいプロジェクトはウェブサイトで随時更新

2023年度に採択され冊子掲載された「文化的処方の種」15事例に加え、2024年度に採択された17組の取り組みの概要も、ART共創拠点のウェブサイトで見ることができます。文化や芸術によって、コミュニティをつなぎ直すプロジェクトや、参加者の物理的・精神的な孤立にアプローチする試みなどが並んでいます。

企画が並んだ、ウェブサイトの画面
今後、各企画の詳細なレポート記事も更新予定(2025年6月中)

どれも「望まない孤独や孤立」に対する解決策として公募された企画ですが、音楽、語り、ダンス、お祭り、誕生日会、着替え、などその媒体や表現方法はさまざま。藝大の学生や教員による多様な実践が、課題の解決へとつながる可能性を感じることができます。

冊子内の対談で、「ケア&コミュニケーション領域」の活動を率いる伊藤さんはこのように話します。

「そもそも文化芸術はさまざまな物事の根幹にあって、そこから社会が豊かになる可能性を秘めているものだと思います。だから、芸術家=作品をつくる人ではなくて、そうやって自分のクリエイティビティを活かして、医療や福祉などさまざまな現場で活動していく人たちが、芸術家としてもっと増えていってほしい。」

芸術が社会とつながり、アーティストの活躍の場が増えていく取り組みとしても注目される「文化的処方」。プロジェクトは2025年度も継続しており、7月から全国各地で、また新しい企画も実施予定です。

「文化的処方」の実践について気になる方は、ぜひ、冊子を手に取ったり、ウェブサイトをチェックして気になるワークショップや展示に足を運んだりしてみてはいかがでしょうか。

表紙がアップになった画像