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〈たんぽぽの家〉創設者・播磨靖夫さんの特別講義を収録した書籍『人と人のあいだを生きる』2025年1月末発売
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書籍の表紙画像
2025年1月に〈どく社〉より『人と人のあいだを生きる 最終講義エイブル・アート・ムーブメント』が出版されました 写真提供:どく社

大学で行われた講義を中心に編まれた、活動の原点に触れる一冊

障害のある人のアートを新しい視座で捉え直す市民芸術運動「エイブル・アート・ムーブメント」など、アートとケアの視点から多彩なアートプロジェクトを実施している団体〈一般財団法人たんぽぽの家〉。その創設者であり、50年の間ケアとアートを結ぶ活動に携わってきた故・播磨靖夫さんによる書籍『人と人のあいだを生きる 最終講義エイブル・アート・ムーブメント』が2025年1月に発売されました。

2023年に女子美術大学で行った、特別講義をもとに編まれた本書は、講義に加えて、播磨さんがさまざまなメディアで執筆した論考や、ジャーナリストとしての視点による記事などが掲載されています。播磨さんの社会を見通すまなざしと、歩みを支えてきた思想、さらに活動の原点にも触れることができる一冊です。

播磨さんと〈たんぽぽの家〉

播磨さんは、1970年代、新聞記者として障害のある子どもたちのキャンプを取材したことを機に、障害のある人のことを社会に知ってもらうキャンペーン報道を行います。

その後奈良に赴任し、養護学校(現在の特別支援学校)に通う子どもとその母親たちに出会ったことが転機となりました。子どもたちが学校を卒業した後も、地域と関わりあいの持てる居場所をつくろうと、親や教員たちと一緒にたんぽぽの家づくりを市民運動として展開していきます。当初は記者として関わっていましたが、やがて新聞社を退職。1973年に〈奈良たんぽぽの会〉が発足。以後、障害のある人の拠点づくりに半生をかけて取り組みました。

1995年には、障害のある人たちの芸術的才能に着目して新しい芸術運動「エイブル・アート・ムーブメント(可能性の芸術運動)」を提唱。阪神・淡路大震災をきっかけに生まれたこの芸術運動では、表現する場や仕組みづくりのサポートや、作品を発表・販売する環境を整えることを通して、アートの可能性や人間の可能性を再発見する活動をすすめました。

 

たんぽぽの家の代表的なイベントポスター

2004年には、日本初の障害のある人の総合的なアートセンター〈たんぽぽの家アートセンターHANA〉を開設。2012年には、障害のある人と協働して、アートやデザインを通して新たな仕事を社会に提案する「Good Job! プロジェクト」をスタートさせます。プロジェクトの実践拠点となる施設〈Good Job! センター香芝〉は2016年に開設し、Good Job ! プロジェクトは、グッドデザイン賞金賞を受賞するなど注目を集めました。

こうして1973年の〈奈良たんぽぽの会〉発足以来、常に福祉や社会に独自の視座から新しい提案を行い、ケアとアートにまつわる先駆的な取り組みで、時代を牽引してきた播磨さん。2024年5月に病気の治療のために入院した頃から制作がはじまった本書は、自宅療養期間中のやり取りを経てすすめられていました。2024年10月3日、播磨さんは82歳で永眠。本書は没後に完成しました。

写真の額の中に播磨さんの写真が入っている

講義録と、それを支える過去の寄稿文や1970-80時代の記事

本書は、大きく3つの章によって構成されています。第1章は「最終講義エイブル・アート・ムーブメント」。2023年に女子美術大学で行われたオンライン講義「宇宙・人間・アート」をもとに加筆修正したテキストです。

播磨さんの優しい語り口で、障害のある人のアートに関わり始めた経緯や、「アートセンターHANA」の設立、アートセンターに所属する障害のあるアーティストのエピソード、エイブル・アート・ムーブメントなどについて語られます。

「障害のある人の才能をどのように開花させていくか」ということについて、播磨さんが若い頃に非常に影響を受けた、と語るのは社会学者の鶴見俊輔さん。鶴見さんが著書『限界芸術論』のなかで、宮沢賢治の小説『セロ弾きのゴーシュ』の話を引用しながら述べているのを読んで、このように思ったと語ります。

私は、私と私の環境である。つまり才能が開花する、あるいは才能が伸びるためには、すべて私と私の環境が大事であるということです。

(1. 最終講義 エイブル・アート・ムーブメント p.36)

この考えは、アートセンターや仕事場など、拠点づくりを積極的に行ってきた播磨さんの活動の原点となっているように感じられます。

続いて〈Good Job! センター香芝〉におけるアートやデザインを通して仕事をつくっていく取り組みを紹介。例えばプロジェクトのひとつ「NEW TRADITIONAL」では、ものづくりの技術とともに、伝統工芸のものづくりにある、愛と祈りの感覚を継承しようと取り組んできました。

こうした活動の手応えを受けて、播磨さんは、これからのテクノロジーは、アートとケアで発達していくべきだと提案。障害のある人のアートの魅力を語るキーワードを紹介し、障害のある人のアートを推進していくことは、「生きる意欲」や「癒し」、「世界への糸口」になること、そして「no art, no life」、アートは人生に不可欠であると語ります。

巻頭には〈たんぽぽの家〉の活動風景も写真で掲載されています 写真提供:どく社

活動を進めるなかで得た視点を播磨さんは「『私は、花を見る』と同時に、『花は、私を見る』という視点の重要さに気づきました」と表現します。

わかりやすく言えば、すでにあるつながりのなかに自分がいたことに気づいて、気づいたときに心が変わりはじめる。自他を考え直すきっかけになるということですね。自他を超えたところに見る生命の姿、人間はつながりのなかに生きているということにみんな気づくということです。これは障害のある人たちの作品のなかに、ものすごく気づく、感じることでもあります。

(1. 最終講義 エイブル・アート・ムーブメント p.53)

終盤には、播磨さんは自身を支える言葉も紹介しています。

僕を50年間ずっと支えている言葉のひとつに、「池つくりて月自ずから来る」があります。池をつくれば、天に輝く月が水面に映るということです。つまり、額に汗して自ら池をつくっていけば、月はそこへ映るということです。

(1. 最終講義 エイブル・アート・ムーブメント p.54 )

この言葉には、50年間第一線で活動を続けてきた播磨さんの、「自ら動き、社会が変わる環境をつくり続けてきたからこそ、そこに運が舞い込んできたのだ」という実感と、前向きな気持ちがこもっているようです。

写真提供:どく社

第2章「可能性の芸術論」は、播磨さんが過去のさまざまなメディアで執筆した論考からピックアップしたものです。障害のある人の芸術についてや、〈たんぽぽの家〉の活動について書かれたテキストには、最終講義と重なるテーマもあります。

例えば、『アートリンクプロジェクト2009 ー関係のドローイング』(京畿文化財団、2009年)に寄稿された以下の文章は、先に引用した、「『私は、花を見る』と同時に、『花は、私を見る』」という視点に呼応します。

人間の生命というのは、個体的なものではなく、他者との結び合いのなかで相互提供的なかたちで成立している。現代の私たちは人間の生命を、その生命活動を個体的にとらえがちだが、そのこと自体近代的な発想ではないだろうか。この人間の生命活動を一つの労働としてとらえてみた場合、他者がいるからこそ成り立っている生命活動に芸術がある。

(2.可能性の芸術論 p.95)

このようにさまざまな視点やテーマから書かれた本章は、最終講義をより深く理解するための手がかりとして読むこともできそうです。

ページの合間にも、播磨さんの言葉が散りばめられています 写真提供:どく社

第3章「播磨靖夫の視点原点ーもっとも笑うやつが最後に勝つ」は、播磨さんの時代や社会の流れを見通す視線の原点として、1975年から85年までの記事を紹介。播磨さんの活動の原点でもある、障害のある子どもたちのキャンプを取材したときのことを振り返った原稿なども掲載されています。播磨さんの人間や社会をみつめる言葉は30年以上前のものですが、現代を生きる私たちにも新しい気づきをもたらしてくれます。

本書の成り立ち

「本書出版にあたって」では、〈たんぽぽの家〉の岡部太郎さんと森下静香さんが本書の出版経緯に触れています。春に自身の病気がわかってから、2023年の講義をもとに本をつくりたいと望んだという播磨さん。講義の感想文を入院中も病室に持ち込み、大切に読んでいたことに触れながら、本書を出版したいと思ったのも「若い人たちに対してメッセージを残したいという思いがあったからではないか」と振り返ります。

本の企画にあたっては、〈Good Job! センター香芝〉の立ち上げにも関わっていたデザイナーの原田祐馬さんと編集者の多田智美さんらが立ち上げた出版社〈どく社〉からの出版を希望したことや、再掲載する原稿のテキスト化をスタッフに依頼したことなどに触れながら、岡部さんと森下さんは、このように締めくくります。

本書はエイブル・アート・ムーブメントを提唱した播磨の言葉を残していますが、思想家、運動家といった枠を超え、ひとりの多様で魅力的な人間としての播磨靖夫が浮かび上がってきます。自らの思考と行動をとおして、出会った人の夢をかたちにすることをしつづけた人生でした。その思いにぜひ心を寄せていだければ幸いです。

(本書出版にあたって p.193)

ひとりひとりに直接話しかけてくれるような播磨さんの語り口とともに、播磨さんの実践を踏まえた思想に触れ、アートやケアの可能性を信じる力をもらえる一冊です。気になる方は、ぜひ本書を手にとってみてください。