ニュース&トピックス

『ミュージアムの事例(ケース)から知る! 学ぶ!合理的配慮のハンドブック』が 2024年3月に完成。PDFで無料公開中
書籍・アーカイブ紹介

  1. トップ
  2. ニュース&トピックス
  3. 『ミュージアムの事例(ケース)から知る! 学ぶ!合理的配慮のハンドブック』が 2024年3月に完成。PDFで無料公開中

【画像】ハンドブックの表紙

ミュージアムを楽しむことは、だれもがもつ権利。考え方や事例をまとめたハンドブック

美術館でじっくり作品を鑑賞したい、飲食店でおいしいディナーが食べたい、大好きなアーティストのコンサートに参加したい。でも、さまざまな障壁があって難しい。

このような事情を抱えた障害のある人と対話を重ね、ニーズに応えられるよう行政機関や事業者が調整することを、「合理的配慮の提供」といいます。障害者差別解消法で定められたもので、法改正により、2024年4月からは民間事業者も義務の対象となりました。

では、具体的にはどうすれば良いのでしょうか。〈独立行政法人国立美術館 国立アートリサーチセンター〉は2024年3月、美術館や博物館などにおける「合理的配慮の提供」の考え方や事例をまとめた『ミュージアムの事例(ケース)から知る!学ぶ!合理的配慮のハンドブック』を発表しました。「ミュージアムを楽しむことは、だれもがもつ権利」との考えのもと、公式ウェブサイトでPDFを無料公開しています。

「社会や環境が『障害』をつくり出している」という視点

ハンドブックは、具体的な事例紹介に入る前に、「そもそも障害とは何か」「どこに障害があるのか」という視点から出発します。

一般的に「目が見えない」「耳が聞こえない」「立って歩けない」などの身体や精神面の機能に違いがあることを「障害」だと捉えがちですが、実はよく考えると、社会や環境のあり方・仕組みが「障害」をつくり出しているともいえるのです。

『ミュージアムの事例(ケース)から知る!学ぶ!合理的配慮のハンドブック』P4より

多数派(マジョリティ)側に合わせてつくられた環境や仕組みが、障害のある人など少数派(マイノリティ)との間に「障壁(バリア)」をもたらしている。ハンドブックは、こういった「障害の社会モデル」の視点に立って作られています。

【画像】社会モデルを文章や図で説明したページ
『ミュージアムの事例(ケース)から知る!学ぶ!合理的配慮のハンドブック』P4-5より

「では、どこまで調整すれば良いのだろう」と疑問を感じる人もいるかもしれません。実は「合理的配慮の提供」は、行政機関や事業者などが「負担が重すぎない範囲で必要かつ合理的な対応を行うこと」と定められています※。

ただ、対話もせず、正当な理由なく断ることは「差別的扱い」にあたり、法律で禁止されています。ハンドブックでは、どういった対応が「差別的扱い」にあたるのかを整理しつつ、どのような姿勢でのぞむと良いのかを示しています。

【画像】「合理的配慮」が実現されなかった事例のページ
『ミュージアムの事例(ケース)から知る!学ぶ!合理的配慮のハンドブック』P28-29より

さらに、バリアフリー化と「合理的配慮の提供」の違いについても説明。バリアフリー法などによるスロープや点字ブロックの設置は、全体へ対応するための「環境の整備」にあたるといいます。これに対して「合理的配慮の提供」は、例えば「耳が聞こえないAさんから通常の講演会に参加したいという要望があったので、手話通訳を手配した」といったように、個別ニーズへの対応にあたります。

要望する人の個別ニーズに応えられるように。でも、ミュージアム側の負担が重くなりすぎないように。このために必要不可欠なのが、要望者一人一人と対話を重ね、何ができるかを共に考える過程です。ハンドブックではこの対話を、「もっとも重要なプロセス」と位置付けています。

※注:障害者差別解消法に基づく基本方針の改定 – 内閣府 (cao.go.jp)より

「できません」で終わらせない。対話を重ね、別の方法を探る過程

ハンドブックでは、実際に「合理的配慮の提供」が実現された8つの事例を、①要望、②対話、③実施―の3ステップに分けて紹介しています。

例えば聴覚障害のあるIさんから「耳が聞こえないので、講演会に情報保障をつけてほしい」との要望があった事例。ミュージアムで働くMさんはまず、「どのようなサポートが必要ですか? 」と声をかけました。Iさんは「手話通訳があると良いのですが」と話しますが、Mさんは「講演会直前なので手配が難しい」と考えます。

ただ、ここですぐに「できません」と断ると、対話は終わってしまいます。

そこでMさんは、難しい理由を伝えた上で「音声認識アプリの入ったタブレットを貸し出す」という、別の方法を提示します。

Iさんはタブレットを希望し、さらに「スライドの事前資料をもらえると、話の見通しがあらかじめわかるので助かります」と要望。Mさんは講演者に了承を得たうえで、当日Iさんに資料を渡しました。

【画像】Iさんへの対応を説明したページ
『ミュージアムの事例(ケース)から知る!学ぶ!合理的配慮のハンドブック』P10-11より

ハンドブックでは「事例を通しての考察」のほか、「一緒にすすめたい環境の整備」もチェック項目として紹介しています。

他にも、以下の要望を受けた事例が挙げられています。
・全盲なので、作品を触って楽しみたい
・フルリクライニングの車いすなので、移動するために大型のエレベーターを利用したい
・オムツ替えが必要なので、大人が乗ってできる台を使いたい
・聴覚過敏があるので、事前に状況を知りたい
・発話がしづらいので、電話以外の方法で問い合わせたい
・内部障害があるので、交換用の酸素ボンベをあらかじめ送りたい

また、社会的障壁を広くとらえ、「授乳スペースはありますか」との問い合わせに対応したケースも掲載。障害者手帳を持つ人に対象を絞るのではなく、あらゆる障壁を取り払うための考え方を示しています。

そもそも、「平等」と「公平」の違いって?

具体例から、「合理的配慮の提供」を分かりやすくひも解くこのハンドブック。最終章では、「そもそもなぜ合理的配慮が必要なのか」という、根本的な部分について掘り下げていきます。ここで重要になるのが、「平等」と「公平」の違いです。

状況の異なる3人がミュージアムへ行こうとしたときに、それぞれ困りごとがあり、3人に同じ対応をしてもミュージアムにたどり着けません。つまり、「平等に」対応するのでは、全員が「ミュージアムに行く」という目的が達せられません。そこで、3人それぞれに対し「合理的配慮」を提供します 。この「公平な」対応により、だれもがミュージアムに行く状態を実現することができるのです。「公平性」において大事なのは、「あらゆる人に同じ対応をする」ことではなく、「だれもが目的を達することができるように、公平な土台に立つ機会をつくる」ことです。

『ミュージアムの事例(ケース)から知る!学ぶ!合理的配慮のハンドブック』P32より

そして、誰もが公平にミュージアムを楽しむ権利は、憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」、「ひとしく教育を受ける権利」、「幸福追求権」や「法の下の平等」の他、障害者基本法や文化芸術基本法など、さまざまな法律で保障されています。ハンドブックは、ミュージアムと基本的人権の密接な関わりを示した上で、こう締めくくります。

開かれた公平な場であるミュージアムもまた、善意や思いやりではなく、「合理的配慮」というプロセスを通して、あらゆる人びとの権利を守ることが求められているのです。

『ミュージアムの事例(ケース)から知る!学ぶ!合理的配慮のハンドブック』P33より

「難しい」と感じる人や事業者も少なくない、「合理的配慮の提供」。ハンドブックを読んで、理解を深めてみませんか。

・〈独立行政法人国立美術館 国立アートリサーチセンター〉の他の取り組みはこちら

・「合理的配慮の提供」について、さらに詳しく知りたい方はこちら