「合理的配慮」は「ずるい」「わがまま」なのか? インクルージョン研究者 野口晃菜さんによる解説 こここスタディ vol.18
「ずるい」「わがまま」「甘え」「マイノリティの特権」ーーー
「合理的配慮」に対して、このような言葉がネガティブな意味で投げかけられる場面に何度も出くわしたことがある。
あなたもそのような言葉をかけられたことがあるかもしれない。あるいは、あなたもそのように思ったことはないだろうか。
「合理的配慮の提供」とは、「障害のある人から『社会の中にあるバリア(障壁)を取り除くために何らかの対応が必要』との意思が伝えられたときに、行政機関等や事業者が、負担が重すぎない範囲で必要かつ合理的な対応を行うこと(※注1)」である。
2016年に障害者差別解消法が施行されてから、行政機関には「合理的配慮の提供」が義務付けられてきたが、民間事業者は「努力義務」であった。それが改正法により、2024年4月から民間事業者にも合理的配慮の提供が義務付けられる。
ポイントは、合理的配慮を提供しないことは差別に当たる(※注2)ということである。
あなたが行政機関や民間機関で働いているのであれば、障害のある消費者や利用者、もしくは従業員から合理的配慮の意思表明があった場合、負担が重すぎない範囲で合理的配慮を提供する必要がある。
そして、あなたが生活したり働いたりする上で、あなたになにかしらのバリアがある場合、合理的配慮の提供について意思表明をする権利がある。
「合理的配慮」はすべての人に関わる概念である。
本記事では、合理的配慮とはそもそもなにか、なぜ合理的配慮の提供が義務付けられているのか、合理的配慮はどのように進めたら良いのか、など解説したい。
※注1:障害者差別解消法に基づく基本方針の改定 – 内閣府 (cao.go.jp)より
※注2:障害当事者から意思表明のあった合理的配慮が、事業者にとって負担が重すぎる場合は当該合理的配慮を提供しないことは差別には当たらない。その場合、意思表明のあった合理的配慮が過重な負担になる旨を説明し、当事者と話し合いの上で、過重な負担にならない範囲での合理的配慮を提供する必要がある。
困難さの要因は社会の側にある
Aさんには、周囲の音が聞こえすぎてしまう特徴があり、ざわざわして音がたくさん聞こえると、すぐに疲れて頭が痛くなってしまいます。自分が働きやすい職場環境になかなか出会えず、何度も転職を繰り返してきました。最近入社した会社は、在宅で働けるので、Aさんはほっとしました。
しかし、いざ入社してみたら、新人研修では対面でグループワークをやるとのことです。Aさんはやっと在宅で働ける会社に入社できたため言いづらかったのですが、グループワークのように音がたくさん聞こえると頭が痛くなり参加できなくなってしまう。
合理的配慮として、別の方法で参加できないか、と研修担当者に事情を伝えてみました。すると、研修担当者から、「一人だけ特別扱いはできない。その時だけ我慢できないか」と言われました。
Aさんの特徴は「聴覚過敏」といい、発達障害のある人の中にはこのような特徴がある人が少なくない。この場合、あなたは困難さの要因は何だと考えるだろうか。また、どのようにして解決すべきと考えるだろうか。
Aさん自身の聴覚過敏の特徴自体が困難さの要因だろうか。また、他の人たちはグループワークに参加するのだから、Aさんが我慢するのは当然、と思うだろうか。もしくは、Aさん自身がこの聴覚過敏を治療して、参加できるようにすべき、と思うだろうか。または、「Aさんは自分で選んでこの会社に入社したんだから、転職したら良い」と思う人もいるかもしれない。
このように、困難さの要因は個人の機能的な障害にある、と考え、個人が社会に適応するために治療したり訓練をしたりする障害の捉え方を「障害の個人モデル」と呼ぶ。
一方で、「障害の社会モデル」では、Aさんのように「聴覚過敏」がある人がいることを前提に研修がつくられていないことに困難さの要因がある、と考える。
そのため、アプローチ方法としては、はじめから聴覚過敏のある人がいることを前提に研修を設計する。例えば、グループごとに別々の部屋でディスカッションをするなど。もしくは、この事例のようにAさんから意思表明があったら、どのような工夫があったらAさんが参加しやすいかを、Aさんと話し合い、決まった工夫を実施する。
このように聴覚過敏がある人がいることを前提に研修が設計されていないが故にバリアが生じていることに対し、障害のある人の意思表明に基づき話し合いの上必要な工夫を実施することが合理的配慮である。
社会モデルについては星加先生の記事を合わせてお読みいただきたい。
社会はマジョリティ中心にできている
Aさんの事例では企業における「研修」が聴覚過敏のない人を中心に設計されているが故に聴覚過敏の人が研修に参加できない、というバリアが生じている。
これは「聴覚過敏」や「研修」に限ったことではない。建物や商品、制度や文化など、社会のありとあらゆるものは非障害者を中心につくられている。
例えば、エレベーターやスロープ、アクセシブルなトイレがない駅や建物、文字を読むことが前提になっているレストランのメニューや役所の書類、電話でしか申し込みや解約ができないサービス、聞こえてくる音の情報が多すぎるスーパーなど……このように、社会が非障害者を中心につくられているが故に生じているバリアを「社会的障壁」と呼ぶ。
社会モデルの考え方は、障害のある人のみでなく、様々なマイノリティ性に適用することができる。例えば、女性、性的マイノリティ、外国ルーツ、低所得者など。ここで言うマイノリティ性は数の多さではなく、社会の中でより抑圧を受けやすい社会的集団を指す。
逆に、マジョリティ性は社会の中でより権力のある社会的集団である。いまの社会は、男性、シスジェンダー、非障害者、などのマジョリティを中心に作られているが故に、マイノリティ性のある人にとって様々な社会的障壁が生じている。
「マイノリティ」「マジョリティ」の定義や「差別」にまつわる構造についてはこちらを合わせてお読みいただきたい。
社会的障壁をなくすための合理的配慮
合理的配慮は、マジョリティ中心に物理的環境や制度、文化などが作られているが故に生じている社会的障壁をなくすためのものである。そのため、まずはその人にとっての社会的障壁がなにかを明らかにする必要がある。
社会的障壁を明らかにするためには、マジョリティ中心の環境や文化などがつくられているが故に、他の人には得られるけれど、その人は得られないものはなにか、制限されているものはなにか、を整理する必要がある。
Aさんにとっての社会的障壁は、聴覚過敏のある人がいることを想定せずに研修にグループワークが組み込まれているため、研修への参加が制限されてしまい、他の人が研修で学ぶことや得られる経験をAさんが学んだり得たりする機会が失われてしまうことである。この障壁をなくすことが合理的配慮である。
もし特定の合理的配慮を提供することが過度な負担となる場合はその理由を伝えた上で、代替案を話し合う必要がある。
例えば、グループワークそのものをなくすことは難しいかもしれないが、Aさんがグループワークの代わりに後日グループワークで出た意見を読み、自分の考えを述べたレポートを書くことはできるかもしれない。その他には、Aさんのグループのみ在宅でオンラインでグループワークをする、という方法もある。
周りが判断し、勝手に配慮をするのは「合理的配慮」ではない
同じ障害種であったとしても、その人にとっての社会的障壁は異なり、また、どのようにしてその障壁を除去したいかも人や状況によって異なる。
周りがその人にとっての合理的配慮を判断し、勝手に配慮をするのは「合理的配慮」ではない。当事者との対話を通じて社会的障壁を明らかにし、どのような合理的配慮を提供するか合意形成をするプロセスも含めて「合理的配慮」なのである。
この際に合理的配慮を提供する側として気をつけなければならないポイントは、自分自身の立ち位置だ。合理的配慮を提供する側と提供される側は対等な関係性にはなり得ない。そして、障害のない人を中心にした社会で生きている障害のない人と、障害のない人を中心にした社会で生きている障害のある人も対等にはなり得ない。
権力があるのは、障害がなく、合理的配慮を提供する側である。当事者は合理的配慮を表明したら「サービスを利用できなくなるかもしれない」「採用されないかもしれない」「クビにされるかもしれない」などの不安を持っている可能性が高い。自身の権力や当事者との非対称な関係性を踏まえた上で当事者の意思や希望を聞く必要がある。
合理的配慮が「ずるい」「わがまま」ではない理由
Aさんの事例のように、対面のグループワークとは別の方法で他の参加者が得られる経験と可能な限り同じ経験を得ることは、「ずるい」「わがまま」なのだろうか。
Aさん以外の研修参加者は特に困らずにグループワークに参加することができる。それは他の参加者の努力の結果ではなく、聴覚過敏のないマジョリティ仕様に研修が設計されているからである。一方、聴覚過敏のあるAさんは合理的配慮がなければ参加ができない。これはAさんの努力不足ではなく、たまたまAさんに聴覚過敏という特徴があるからだ。
このようにはじめからAさんとAさん以外の参加者の間には格差がある。合理的配慮はその格差を埋めるためにある。合理的配慮は他の人に与えられているものにプラスしてなにかを提供するものではなく、他の人が当たり前に享受しているものと同じものを得るために必要な工夫である。
言い換えるならば、他の人と同じスタートラインに立つために必要な措置が合理的配慮である。眼鏡がないと見えない人が眼鏡をかけるのはずるくもわがままでもないのと同じように、初めからそこにある格差を埋めるための工夫や措置はずるくもわがままでもない。
なぜ「ずるい」「わがまま」と思うのか
Aさんの場合は、困難さを意思表明したが、研修担当者からは、「一人だけ特別扱いはできない。その時だけ我慢できないか」と言われた。社会的障壁をなくすために合理的配慮の意思表明をしたにも関わらず、拒否をされるというさらなる障壁である。合理的配慮の意思表明をしたにも関わらず、このように説明もなく拒否をするのは差別である。
社会的障壁には、物理的な環境のみでなく、文化や慣行などもある。例えば、聴覚過敏の認知が広がっていないこと、「一人だけ別の対応」が問題視されている文化、一人の困りごとに応じて方法を変更することができない文化なども、Aさんが研修に参加する上での社会的障壁になっている。
さらに、この企業には合理的配慮を意思表明した時にどう対応するかのフローや研修もないと推察される。また、「甘えである」「我慢することができる」「努力すれば問題ない」などの偏見は観念の障壁であろう。Aさんのような状況に対して研修担当者や他の参加者が「ずるい」「わがまま」と思うのであれば、言葉の背景にはこのような社会的障壁もあるのではないだろうか。
また、Aさんは聴覚過敏であったが、他にも合理的配慮を必要とする人がこの研修にはいるかもしれない。
例えば子育て中で早く帰宅しなければならなくて研修に途中までしか参加ができない人、文字を書くことが苦手でグループワーク中付箋に書く作業が難しい人、3人以上で話すことが苦手な人など……このように、「障害」があるわけではないが、何かしらの配慮を必要としている人、本当は参加をすることが何らかの理由で苦痛だが、何らかの理由で我慢をしている人がいたら、どうだろう。その人たちにとってはAさんの合理的配慮は「ずるい」「わがまま」となるかもしれない。
障害の診断のない人は、合理的配慮の意思表明をしたら「わがまま」になるのだろうか
もしそのように我慢をしている人がいるのであれば、Aさんも他の人と同じように我慢すべきだろうか? もしくは、Aさんは「障害」の診断名があるから我慢せずに合理的配慮を意思表明することは良いが、障害の診断のない人は、合理的配慮の意思表明をしたら「わがまま」になるのだろうか。
研修の目的は研修内容を学ぶことである。より学びやすくするために既存のやり方とは異なるやり方を学習者が望むのであれば、可能な範囲で異なるやり方を検討することが必要なのではないだろうか。
障害のない人であっても、働く上や生活する上で何かしらの困りごとがある、という人は、障害のある人の合理的配慮と同じように、社会的障壁を明らかにし、実現可能な合理的配慮を検討することができるのではないだろうか。
このように、誰もが困りごとを相談でき、その困りごとに対して枠組みを変えてみたり、必要な配慮を加えてみたりすることができる組織こそが、インクルーシブな組織なのではないだろうか。
多様なマイノリティ当事者自身がルールづくりに関わることが大切
一方で、困りごとについて相談をすることは、ハードルが高い。そのため、まずは多様なマイノリティ性のある人がいることを前提とした労働環境を作ることが重要である。障害のある人のみでなく、子育てをしている人、介護をしている人、性的マイノリティ、病気の人、外国にルーツのある人、など、様々なマイノリティ性のある人たちがいることを前提として、物理的な環境や会社のルールづくりをする。
その際には、多様なマイノリティ当事者自身がルールづくりに関わることが大切である。また、社会的なアイデンティティ以外にも、様々な多様性を視野にいれたい。例えば黙々と一人で仕事をすることが好きな人もいれば、少しざわざわした場所の方が集中できる人もいる。家の方が集中できる人もいればオフィスの方が集中できる人もいる。仕事は0から段階を追って教えてもらった方が良い人もいれば、目的だけ合意形成して自分の好きなやり方でやりたい人もいる。仕事に対するフィードバックは改善点を中心に端的に伝えてほしい人もいれば、できているところに焦点を当ててほしい人もいる。
自分にあっている働き方や環境は千差万別であるため、まずは多様な人がいることを前提とした物理的な環境や社内のルールづくり、マネジメントなどから取り組みたい。
「わがまま」になった方が、社会はよりインクルーシブで働きやすい環境になる
多様な人がいることを前提とした環境を作った上で、それでも困りごとが出てきた時には、困りごとを相談しやすい仕組みがあると良いであろう。
一人の困りごとを解決することは、多くの人の困りごとを解決することにもつながる。特にマイノリティ性のある人ほど、働く上での困りごとを相談することのハードル、合理的配慮の意思表明のハードルはとても高い。
もし働く上での困りごとを相談し、より働きやすい環境のために提案をすることが「わがまま」なのであれば、誰もが「わがまま」になったほうが、会社全体はよりインクルーシブで働きやすい環境になるのではないだろうか。
内閣府が作成している「合理的配慮」にまつわる情報
・障害者差別解消法が変わります!(リーフレット )はこちら
・不当な差別的取扱い・合理的配慮の提供に係るケーススタディ集はこちら
・障害者の差別解消に向けた理解促進ポータルサイトはこちら
・障害者差別や合理的配慮に関するワンストップ相談窓口はこちら
Information
・野口晃菜さんによる「学校現場における合理的配慮の進め方について」の記事はこちら
Profile
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野口晃菜
博士(障害科学)/一般社団法人UNIVA理事
小学校6年生の時にアメリカへ渡り、障害児教育に関心を持つ。高校卒業後に日本へ帰国、筑波大学にて多様な子どもが共に学ぶインクルーシブ教育について研究。小学校講師、障害のある方の教育と就労支援に取り組む企業の研究所長を経て、現在一般社団法人UNIVA理事として、学校、教育委員会、企業などと共にインクルージョンの実現を目指す。文部科学省「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議」「通常の学級に在籍する障害のある児童生徒への支援の在り方に関する検討委員会」委員、経済産業省産業構造審議会委員、東京都生涯学習審議会委員、日本ポジティブ行動支援ネットワーク理事など。共著に「LD(ラーニングディファレンス)の子がみつけた勉強法-学び方はひとつじゃない!」(合同出版)「差別のない社会をつくるインクルーシブ教育」(学事出版)「発達障害のある子どもと周囲の関係性を支援する」(中央法規)などがある。
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