福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

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こここなイッピン

つながるカード〈art de vivre〉

福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。

障害がある人の「やってみたい」という気持ちを受け止め、環境をつくり、そっと背中を押すことをミッションとする〈art de vivre〉。そこから生まれ、人と人をつなぎ、ユニークな機会をも創出する「つながるカード」とは?

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自己選択ができる環境で生まれた、人、出会い、機会をつなぐカード

ここに36種類のカードがあります。モチーフが明確なもの、抽象度が高いもの、文字で構成されたもの、織物をプリントしたもの――。この中からひとつ選ぶとしたら、あなたはどの絵柄にしますか? 

深層心理を探るカード……ではありません。今回のイッピンは、主に“名刺”として活用されている「つながるカード」。その裏面にプリントされているのがこれらの絵柄です。

見れば見るほど、モチーフや構図の妙、線の力強さや趣き、色の重なりなど、それぞれの作品の魅力が目に迫り、1枚だけ選ぶなんて悩ましい。第一印象で「これ!」と決めたものから大きく揺らいで、最終的には自分でも意外に感じる絵柄に着地しているかも?

「さあ、今日は何をしよう?」から始まる〈art de vivre〉の1日

アート活動を中心に「自分らしく生きる」ことの支援をミッションとする、神奈川県小田原市の障害福祉サービス事業所〈art de vivre(アール・ド・ヴィーヴル)〉。

在籍するのは、障害の種類もさまざまな約45名のメンバーたち。ここでは決められたことをするのではなく、「さあ、今日は何をしよう?」というスタッフの声掛けのなかで、それぞれが何をするかを自己選択し、活動していきます。

絵を描きたい人は自身で画材、道具、モチーフを選び、それぞれのペースで取り組みます。また、併設するカフェでの接客、コーヒーの抽出、ケーキづくりに参加するメンバーも。その風景を端から見れば、メンバーとスタッフの境界線は曖昧に感じられるかもしれません。

アトリエで生まれたアート作品の原画。これらは〈art de vivre〉のリース事業のなかで、企業、病院、レストランなどの空間を飾る作品として貸し出されています。作品の額装や、掛け替え作業にもメンバーが携わることも多々。ときにはリース先で「アーティストに会えた!」と喜ばれ、自分の作品に対する評価を実感するメンバーも

自分たちの手から離れて、カードが誰かと誰かをつないでくれる

日々100点以上のアート作品が生まれるという同事業所。個性とパワーを持つ膨大な作品の中から、使う人の姿を想像しながら絵柄が選ばれ、「つながるカード」がつくられています。

「現在の絵柄は36種類。多すぎて選べない! って言われるときもあります(笑)。小田原市役所の職員さんや、市内・近隣の企業さんなど、お届けできる場所ならメンバーと一緒に出向いて、完成した名刺をお渡しすることも多いですね」

そのように語るのは〈art de vivre〉の理事長・萩原美由紀さん。「つながるカード」のアイデアも、萩原さん自身の経験と発想から生まれています。

名刺といえば、企業や団体の場合、決まったフォーマットに沿って制作されることがほとんど。

「そういう名刺をまとめていただくと、誰が誰だかわからなくなっちゃうんですよね。それなら、メンバーたちの作品を名刺に取り込むことで、一人ひとりが印象に残るんじゃないかな? と思ったんです」

以前から、アトリエで生まれるワクワクするような作品を多くの人に見てもらいたいと考えていた〈art de vivre〉。原画を見る機会は限られるけれど、名刺やカードにすれば刷った分だけ見てもらえる。そんな思いからオーダーメイドの名刺制作事業がスタートします。

パンフレットやオンライン注文で展開するなか、小田原市役所の目にも留まり、福祉課をはじめ、各部署からオーダーが入るように。今では市内の企業で導入されたり、県外や外国から注文が来ることもあるといいます。

フォントはいくつかのパターンから選択可能。名前をメンバーが手描きするサービスも用意されています。絵柄の多くは1年半~2年ごとに更新。市役所職員に絶大な人気を誇るのが小田原城のイラストと、小田原に関連する言葉の絵柄。数字を扱う職業の人は、水平柄や織物プリントをチョイスすることが多いなど、絵柄ごとに選ぶ人の傾向があるのだとか。深層心理を探るカード、というのもあながち間違いじゃないかも?

そんな「つながるカード」には、〈art de vivre〉という事業所名も、作者の名前も書かれていません。口頭でつながることが、このカードのポイントだといいます。

「名刺を受け取った人の多くはこのカードに反応し、渡す人も話題にできます。その際、事業所やメンバーの活動が渡す人のなかで咀嚼され、その人の言葉で伝わっていく。大きな言い方をすれば、それは障害のある人とのかかわりであり、理解につながることでもあると思うんです」

「つながるカード」というプロダクトが、自分たちの手から離れて、誰かと誰かをつないでくれると、広報担当で法人の理事を務める牛山惠子さんはいいます。

名刺を交換したらお互い「つながるカード」同士で驚いた、ということもあるのだとか。そして、カードの交換をきっかけに打ち解け、縁が生まれて仕事にまで発展したという話も。そんな思わぬ“つながり”も生まれているようです。

カード以外にも、ノート、ペン、ポチ袋などにも作品が展開

〈art de vivre〉の今につながる、美術家・中津川浩章さんとの出会い

かつて、神奈川県西地域に暮らすダウン症児の親の会「ひよこの会」で活動していた萩原さん。ある日、アート活動に注力する福祉施設と出会い、生き生きと創作に取り組むメンバーの姿に「小田原にもこのような場をつくりたい」と感銘を受けます。

時期を同じくして、東京で開催されていた障害のある人を対象にした全国公募展に足を運んだ際に出会ったのが、ディレクターで美術家の中津川浩章さん。

「話をするうちに家がご近所だとわかり、みんなの絵を描く場所をつくってほしいと中津川さんに頼み込んで、2013年にスタートしたのがダウン症児向けの『ひよこアートワークショップ』。その後、さまざまな障害のある方を対象にワークショップを行う〈NPO法人アール・ド・ヴィーヴル〉を設立しました」(萩原さん)

以降も、マンションの一室を拠点にアート活動を仕事にする障害福祉事業所、ギャラリー・カフェを併設した事業所を設立するなど規模を拡大させ、2022年には社会福祉法人としての〈art de vivre〉が誕生しました。

「つながるカード」の原画とカード。作品の力強さや筆致がそのまま伝わるようにデザインされています

中津川さんは現在も事業所のアートディレクターとして、アトリエでのアート支援、リース事業の作品の選定、展覧会のキュレーションなどで関わっています。

中津川さんのアート支援は、創作に関する疑問・質問に実演を交えながら答えつつ、メンバーの表現が引き出されることを一番とするほどよい距離感で支援を行っているといいます。その様子は「先生や師匠というよりも、仲間や伴走者といった不思議な関係性」と表現する萩原さん。

10月9日から、15回目となる恒例の展覧会「自分らしく生きる」開催!

2024年10月9日(水)〜14日(祝・月)には、小田原市内の〈ギャラリーNEW新九郎〉にて、15回目となる〈art de vivre〉の展覧会「自分らしく生きる」が開催されています。中津川さんがキュレーターとなり、事業所に所属するすべてのメンバーの新作が展示されます。

12日(土)には、萩原さんや中津川さんとともに、メンバーが自作について語るギャラリートークを実施。以前はマイクを持ったまま固まる人が多かったものの、今では笑いをとりながら生き生きと作品について語るメンバーの姿が。毎年リピーターを生む、恒例の展覧会となっています。

また、月に一度〈art de vivre〉にて誰でも参加できるアートワークショップが実施されています。福祉施設という枠を取り外し、障害のある人もない人も、大人も子どもも、隣り合って自由に創作に取り組みます。なかには新幹線で通い、午前中にアトリエで活動し、午後は小田原観光に繰り出すという参加者もいるのだそう。

〈art de vivre〉のプロダクト制作、カフェ、リース事業、展覧会、アートワークショップなど、それらを行う目的は、障害のある人との出会いを創出すること。惹きつけられるなにかがあれば、ぜひ飛び込んでみてください。メンバーとの出会いをはじめ、何かしらのあたらしい“つながり”が生まれるかもしれません。