福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

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こここなイッピン

信楽焼のテーブルウェア〈信楽青年寮〉

福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。

不揃いながらも、どこか愛嬌や温かみのある食器を手掛ける〈信楽青年寮〉。ものづくりを通じて地域・社会・人とのつながりを生み出してきた同施設の歴史や変わらぬ精神とは?

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つくったまんまの“手のあと”を残した、信楽焼のテーブルウェア

手づくりならではの歪みを持たせた愛嬌のある形状に、しっとりとした感触の灰白釉の器たち。不思議なほど手に馴染むのは、作家たちの“手のあと”を残して、そのまま焼き上げられるからでしょうか。

ところどころ指にあたる土の粒。高台のザクッとしたテクスチャー。手に持ってあらゆる角度から眺めれば、ほかにもさまざまな発見が。実際に使ってみると、素朴な白地が料理を引き立たせ、少々コツンと当たっても欠けない頑丈さに頼もしさを覚えるほど。

だんだんと日々の食卓に欠かせなくなる、使いやすさ抜群のイッピンです。

“手のあと”が感じられる陶器づくり

信楽焼(しがらきやき)の産地で知られる滋賀県甲賀市。この地に1955年に設立された障害者支援施設〈信楽青年寮〉では、農業、園芸、手芸、受託作業などに加え、地場産業である陶器づくりを日々の活動としてきました。

現在、入所する約70名のメンバーのうち、陶器づくりに携わるのは20名ほど。粘土をスライスしたり、その粘土を型に当てて成型したり、器の縁をスポンジで拭いて滑らかに整えたり、焼窯に並べたり。スタッフを交えてリレー形式で作業を進めていくのが同施設での作陶風景です。

ここにはメンバーやスタッフといった区別はほとんどありません。作業場にいる人は、誰もがものづくりに関わる一人の働き手という存在です。

信楽でとれる昔ながらの粒度の粗い粘土を用い、型に粘土を押し当てて成型する〈信楽青年寮〉の食器。不揃いながらも、どこか愛嬌や温かみを感じるものばかり

そんな〈信楽青年寮〉の陶器づくりで大切にしているスタイルは、“手のあと”を残すこと。指跡や指紋がついている、という意味ではありません。左右非対称だったり、少しの歪みがあったりと、人の手が形づくったからこそ生まれる痕跡を、同施設のオリジナル性や魅力として発信しています。

設立当初から変わらぬ〈信楽青年寮〉の日常

〈信楽青年寮〉は、日本の社会福祉教育家であり、児童福祉施設〈近江学園〉の創立者のひとりである、故・池田太郎さんによって設立されました。1952年に信楽寮(現信楽学園)の寮長となり、1955年には障害のある青年の保護者たちと〈信楽青年寮〉を開設。地域に数多ある製陶所での就労を目指し、施設内で陶器づくりの訓練が始まりました。

当時の入所者約50名のうちの半数は、作陶に必要な技術を身につけて、地域の窯元に就労していました。信楽には家族経営の製陶所が多く、家族の一員としてメンバーを受け入れてもらえたといいます。優しく、ときには厳しく、地域住民とメンバーが関わり合い、良好な関係を援助するスタッフの存在もあって、定年まで同じ窯元で働き通したメンバーも多くいました。

重度の障害によって外での就労が難しい人は、日中活動として施設内の工房で食器や花瓶を制作。それらを販売することで地域とのつながりを得てきました。

水をたたえたように透き通る釉薬の淡ビードロ皿

朝は仕事に出かけ、夕方に帰宅する寮生たち。地域就労に出られないメンバーも、日中は自室を出て工房へ。たとえ作業ができなくとも、工房で誰かと言葉を交わしたり、皆が仕事をする姿を眺めたりと、その場に身を置くことで生活にメリハリが生まれます。

夕刻にはメンバーもスタッフも一緒になって食事をとり、風呂に入り、就寝前まで皆で過ごす。これが設立当初から変わらぬ〈信楽青年寮〉の日常です。

また、スタッフ間には「福祉の仕事は、メンバーを知ること」という、設立当初から変わらぬ共通認識があります。メンバーが発信する「好きなこと」「やりたいこと」を注意深くキャッチし、それに合わせた仕事を提供し続けてきました。

現在、メンバーの平均年齢は60歳を越え、地域での就労は行われていません。ですが、当時から続く一連の生活リズムは変わることなく、かつての就労で体が覚えた仕事は施設内での陶器制作に生かされています。

「手のあと」を感じてもらうためにも、色で変化をつけないのが同施設のポリシー。釉薬は基本的に白か黒のみ

国を跨ぐ〈信楽青年寮〉メンバーの作品

余暇活動のなかで芸術性の高い陶芸作品が生まれ、約30年前からそれらの制作にも力を入れてきた〈信楽青年寮〉。メンバーがつくる独創的な作品を多くの人に見てもらおうと、東京都内のギャラリーなどを借り、メンバーの個展やグループ展を開催したことも。

2011年には、とあるきっかけで台湾の障害支援施設とのつながりが生まれ、メンバーたちは自身の作品を携えて台湾を訪問しました。当時、施設内保護を基本としていたというその福祉施設は、日本から障害のある人が同国を訪ねてくることに大いに驚いたといいます。

さらに、メンバーが手掛けた作品の力強さに感銘を受け、障害のある人のものづくりに対するまなざしを変えるきっかけにもなったそう。

翌年は台湾の障害のある人たちや関係者を信楽に招待。以降、毎年交互に行き来し、それぞれの作品展を開催するなどの交流が続いています。そのようなつながりの中で〈台南美術館〉から展覧会のお誘いが。2024年春から数か月に渡って〈信楽青年寮〉のメンバーの作品が同美術館に展示される予定です!

〈信楽青年寮〉の器は、東京の〈マジェルカ〉、横浜の〈アートカレン〉、奈良の〈グッドジョブ!センター 香芝〉をはじめ、全国各地の雑貨店、オンラインストアで取り扱われています

「ものづくり」があるからこそ生まれる、良好な人間関係、社会とのつながり

台湾との交流のほか、毎年10月に滋賀県で開催される「信楽陶器まつり」などにも出展し、メンバーの社会参加を積極的に行う〈信楽青年寮〉。そのような活動範囲を広げることができるのは、大前提にメンバーの「仕事としてのものづくり」があってこそです。

メンバーの特性や好きに合わせて「仕事」をつくるスタッフと、得意を生かして真っ直ぐに取り組むメンバー。その良好な関係性は「ものづくり」を軸として生まれるもの。そして、そこで生まれた商品や作品が、結果として地域を飛び越え、外国にまで広がっていきます。

そのようなプロセスを開所した約70年前から思い描き、今も変わらぬ精神として受け継いできた〈信楽青年寮〉。

同施設の商品を手にしたとき、どんな印象を受けるでしょうか。器から立ち現れる不思議な魅力は、メンバーの純然たるものづくりへの意欲や、施設が長年大切にしてきた思いそのものかもしれません。