福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

こここなイッピン

ハハハノハコ〈HAHAHANO.LABO〉

福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。

今回のイッピンは、母と子の日常のなかで生まれる言葉を書き留めた、可笑しみあふれる「ハハハノハコ」。二宮家に響きわたる笑い声が伝心するような、ユーモラスな言葉が綴られています。

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「ハハハなコトを、ハハハなヒトと。」母と子が生み出す、ハハハなモノたち

味わいのある手描き文字と、その言葉のセンスにグッと引き込まれるシンプルな箱。「パスワードは神だのみ」あるある。「もうひともんちゃく」それは困る。「反抗期半ば」それもちょっと困る。「よゆうぶっこわす」できればよゆうぶっこきたい。「まとまりきらないほど人生はいい」まるで偉人の名言。「中年深い」もととなる言葉は……えーと、なんだっけ? 

この箱の名前は「ハハハノハコ」。その名のとおり、クスッと笑顔を誘う箱。笑いだけでなく、描かれた言葉に妙に納得したり、うーんと唸ったり、考えさせられたり。なんだか心にスッと浸透してくるような不思議な魅力が、この箱の言葉たちに宿っています。

「ハハハノハコ」を手がける〈HAHAHANO.LABO〉は、グラフィックデザイナーの母・二宮さんと、その息子・KANさんによるユニットです。母子の日常的な会話や、軽妙なやりとりのなかで生まれるKANさんの言葉を、二宮さんが書き留め、KANさんが手描きし、二宮さんがデザインして、印刷。それを地元の貼り箱屋さんの協力を得て、「ハハハノハコ」を制作しています。

HAHAHANO.LABO〉の始まりのストーリー

KANさんには、知的障害を伴う発達障害があります。ほかの人と同じことをするのが苦手なKANさんに対して、さまざまな医療や教育を試してきた二宮さん。皆と同じようにできることが「普通」であり、それができるようにするのが親の役割であると信じ、とにかく必死だったといいます。

そのような試行錯誤のなかで、多くの人との出会いがあり、「物事の見方を変える」という言葉に出合います。そのフレーズに触れ、皆と同じことが一緒にできず、違ったことばかりしてしまうKANさんは、果たして困った子なのだろうか? そもそも、皆と同じようにできなくちゃならないのだろうか? 「普通」とはなんなのか? と、二宮さんは疑問を抱くようになります。

これまで必死になってKANさんに身につけようとしてきた「普通」を取り払ったとき、そこにはオリジナリティーとユーモラスな「物事」がたくさんあることに気づきます。彼が無作為に生み出す言葉や表現を、おもしろがりながら、できることを一緒にやっていこう。また、グラフィックデザイナーという自身の仕事を生かして、KANさんの表現の場をつくっていこう。そう思えるようになったとき、〈HAHAHANO.LABO〉の活動が少しずつ始まりました。

地元のマスキングテープ屋さんで、試しに制作した「ハハハノマステ」。お試しのつもりが、気づいたら10種類も制作していたのだとか

KANさんの言葉が生まれる場所

箱に描かれるKANさんの言葉は、その瞬間限りの、ナマの言葉。一度発せられたら、二度と口にすることはないかもしれない言葉です。たとえば、「大丈夫まだ金はある」という言葉が生まれたのは、こんなシーンから。

KANさんは初任給で、以前から欲しかった持ち運び用のテーブルフック(テーブルなどにとりつけて荷物を吊るすフック)をネットで注文します。色違いで2種類購入するつもりが、間違えてカートボタンを3回クリックしてしまい、なんと6つのテーブルフックが自宅に届いてしまいました。ひとつ数千円と高価な商品だったため、請求金額は数万円と思わぬ出費に。そんなときKANさんの口から出た「大丈夫まだ金はある」という言葉に、二宮さんは大笑い。あまりに可笑しくて、忘れないようにと慌てて書き留めておきました。

日常会話や、ときには母子の喧嘩のなかで、KANさんの頭をよぎり、感情や勢いに任せて出た言葉は、いい間違いや記憶違いも多々。ですが、「うっかり」出てきた無作為だからこそのナチュラルな可笑しみがあったり、妙に意識に響いたりするのが、KANさんならではの言葉です。

「働きすぎは良くない」「うるおぼえビジネス」「心をくすぶる仕事」といった言葉が綴られたオレンジのマステは、仕事で煮詰まったときや、心に余裕が持てないとき、ふっと肩の力を抜いてくれそう

枠にとらわれない表現の場を形にする〈HAHAHANO.LABO〉

書き留めた言葉の「ハハハノハコ」は、今では200箱にも及びます。さらにマスキングテープや日めくりカレンダーなどの制作も進み、多くの人にハハハな言葉を届けています。

「ハハハノハコ」が初めて登場したのは、2019年12月に静岡市文化・クリエイティブ産業振興センターで開催した『ぎこちいい展』。そこではKANさんが通っていた特別支援学校・支援学級に在学・卒業した子どもたちのイラストや絵画、言葉、文字、落書きなどを集めて展示。「普通」や「平均」という枠にとらわれない、自由で豊かな表現の場を形にしてきました。

「作家さんですか?」と観覧者から問われると、まんざらでもない笑顔で対応し、「作品になって誰かに届くことはうれしい」と語るKANさん。二宮さんは「半ばイヤイヤ手描きすることもあるし、『うれしい』なんて家では一切いわないのにね」と笑います。

近年では、障害のある人の活動を支援する団体とコラボレーションを行ったり、企業のパッケージの仕事の依頼がきたりと、活動の輪を広げている〈HAHAHANO.LABO〉。

親子の日常のなかでしか生まれない言葉。そして、残さなければ消えてしまう、刹那の言葉。KANさんの言葉はとってもユーモアにあふれているけれど、それを書き留める二宮さんの存在がなければ、そのおもしろさは誰にも届きません。〈HAHAHANO.LABO〉のユニークなものづくりは、母と子ふたりの関係があってこそ、なのです。

さて。この箱、なにに使いましょうか。宝物をしまってもいいし、ギフトボックスにしてもいいし、飾って楽しんでもOK。バッグインバッグにしてもよし。あなたらしいアイデアで、ハハハなコトに使ってみては?