福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

こここなイッピン

オンリーニャン〈アート活動支援室ぴかり〉

福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。

一度目にすると忘れられない、強いインパクトを放つ、ゆるいマスコット「オンリーニャン」。北海道オホーツク圏に所在する福祉施設で生まれたマスコットの秘話、制作者のこと、活動への思いをご紹介します。

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猫!? 犬!? 「好き」を後押しする活動から生まれた、じわじわと話題をあつめるマスコット

縫い合わせた部分から所どころ綿があふれるほど、みっちりとした黄色いフェルトのぬいぐるみ。赤、緑、ピンク、オレンジ、グレー、ターコイズブルー、ブラック、藤色、白など、絶妙な色彩バランスを成す刺繍糸。そして、「オンリーニャン」と縫いつけられた名前の主張の強さ。ゆるいのにインパクト大なその風貌は、一度目にしたら忘れることはないでしょう。

ちなみに「オソリーニヤソ」ではありませんので、あしからず。

名前に「ニャン」とあるので、たぶん「猫」。でも、ヒゲはないし、眉毛はあるし、鼻筋も通っているし、目の部分など少女漫画で描かれるキラキラした瞳のようでもあるし、でも白目だし……。なんだかいろいろ気になります。

このマスコットの制作者、はたしてどんな方なのか? そんなことにも想像を巡らせながら、今回のイッピンをお楽しみください(制作者については、記事の中盤でご紹介します!)。

さまざまなアート展でその名を轟かす〈アート活動支援室ぴかり〉

北海道の北東部、紋別郡遠軽町にある〈社会福祉法人 北光福祉会〉が運営する、障害者支援施設〈向陽園〉。障害のあるメンバー約50名が「毎日をたのしろく(楽しく、おもしろく)」を合言葉に、北海道の大自然のなかでのレクリエーションや、創作活動を行いながら日々を過ごしています。

それらの活動のなかで生まれたアート作品をとりまとめる〈アート活動支援室ぴかり〉。通所・入所するメンバーのやりたいこと、つくりたいものを尊重し、その活動を推進するような環境づくりや、完成した作品の外部発信を行う、“アートに関する窓口”といった存在です。

〈ぴかり〉で生まれた作品は、東京都の「ポコラート」、滋賀県の〈ボーダレス・アートミュージアム NO-MA〉、フィンランドの芸術祭「Kaarisilta Biennale」など、国内外のさまざまな展示会や企画展に登場し、北海道知的障がい者芸術祭「みんなあーと」や、「エイブル・アート・アワード 2017」といった公募展でも賞を受賞しています。

今回ご紹介する「オンリーニャン」も〈ぴかり〉のなかで誕生し、じわじわと話題を集めているイッピンです。

カラフルなフェルト地を刺繍糸で縫い合わせ、中に綿をたっぷりつめたぬいぐるみ。糸がほつれていたり、縫い合わせた所からところどころ綿があふれてしまっているのはご愛嬌

制作者・津嶌さんのこと。「オンリーニャン」に隠された秘密

「オンリーニャン」が誕生したのは2017年のこと。〈北光福祉会〉が運営する事業所に通所する津嶌凉一さんによって制作されています。

60代で生活介護施設に移動するまで、同法人が運営する福祉作業所で木のおもちゃをつくったり、手芸などを行ったりしてきた津嶌さん。じつは短気で喧嘩っ早く、北海道の方言でいう「たんぱら(短腹)」な人なのだとか。

「皆と同じことなんてやってらんねえ!」と、メンバー合同の活動には参加しないことも多々。ちょっぴり気難しく、ご機嫌ななめな日が多い津嶌さんに対して、本人が得意とするもので、楽しく取り組めるものはないか? とスタッフは模索します。

以前から好んで描いていたという、猫にも似た犬のイラストを「手芸作品にしてみたらどうか?」とスタッフが提案。フェルトや刺繍糸などを用意して渡すと、津嶌さんはさっそく制作に取り掛かります。

オンリーニャンバッジ。縦横約9センチと大ぶりなので、胸元やバッグにつければ、しっかり存在感を放ちます

最初に完成した作品は、綿がミチミチに詰まった動物のバッジ。「犬」という津嶌さんでしたが、スタッフは「猫」にしか見えなかったのだとか。「今、世間では猫が人気らしいよ?」と提案すると、その点にこだわりのなかった津嶌さんは「じゃあ猫でいいよ」とあっさり了承。

ふたつ目に制作したのは、横幅が15センチ程もある大きなブローチ。まったく同じものはふたつとつくれないことから「オンリーワン」と命名して胴体に刺繍をするも、「猫だから“ニャン”では!?」という意見があり、3つ目につくられた作品には「オンリーニャン」と縫い込まれました。その後、とんとん拍子でぬいぐるみも完成。

「猫」じゃなくて「犬」としてつくられていた、そんな衝撃の秘密が「オンリーニャン」には隠されているのでした。

ブローチ(上ふたつ)と、バッジ(下4つ)。表と裏で色が違うもの、鈴つきのものとさまざま。作品が売れたり、雑誌などで取り上げられることを喜ぶ津嶌さん。「あのニャンが売れたらしいよ!」とスタッフから声をかけられた日は、レクリエーションなどには参加せず、日がな一日制作しているそう

〈ぴかり〉の表現活動で重要な“モノ”

〈北光福祉会〉が〈ぴかり〉を発足させたのは2010年。同法人が運営するさまざまな事業所の余暇活動で生まれたアート作品を〈ぴかり〉が引き取り、作品展に出品したり、グッズ化したりという取り組みを行う部門です。

また、アート制作に興味がありそうなメンバーがいれば、それぞれの個性や特性に合う画材や材料を用意し、表現活動に取り組むきっかけを生むような活動も行っています。

〈ぴかり〉の活動がスタートした当初、まずスタッフが行ったのは“画材”集め。その訳を〈ぴかり〉の発足当時から関わるスタッフ・菊地里奈(きくち さとな)さんはこのように語ります。

「アート活動をするにあたって、その人に合った画材を見つけたり、自由に使える道具があることが大事だと思ったんです。それらを豊富に用意しておくことで、メンバーに、好きなもの、つくりたいものを自由につくってもらう。まずはその一歩を経験してもらうことから始めようと思いました」

さまざまな画材を用意し、道具の保管場所などを教えるうちに、メンバーは自主的に道具を持ち出して自分の好きな画材で制作に取り組むように。その表現活動は、メンバーが楽しみながらものづくりに没頭できるだけでなく、心の安定を図る時間にもなり、メンバーにも、スタッフにも、さまざまな好影響をもたらしてきました。

フェルトや刺繍糸を用いているのには理由があります。針に糸を通すのも自分でやらないと気が済まないという津嶌さん。その性格を考慮し、針穴の大きな縫い針と刺繍糸、それに耐えられるフェルトという素材が選ばれたのだとか

自由に制作できる環境を整え、制作過程を重要視する〈ぴかり〉

「オンリーニャン」を手掛ける津嶌さん以外にも、〈ぴかり〉には話題となる作品を創作するメンバー達がいます。その内のひとりは、スタッフから手渡された色紙や千代紙をきっかけに、10メートル以上にもなるちぎり絵の大作を手掛け、フィンランドで開催中の芸術祭「Kaarisilta Biennale 2022」に作品が展示されている三澤 隆さん。

〈ぴかり〉のロゴでもおなじみの、太陽をモチーフとしたイラストを数々手掛けてきた故・吉原長次郎さんなど、多くのメンバーが創作活動をライフワークとして楽しんでいます。しかしその殆どは、これまで画材など使ったことのない人ばかりでした。

「メンバーさんにとってのアート活動は、完成した作品よりも、つくっている過程が一番大事みたいなんです。本人が活動を通して楽しく過ごせているかどうかが〈ぴかり〉の活動において一番重要です」

そのなかで生まれた作品の一部は、公募展に応募したり、商品化されることもありますが、それらはあくまで活動の結果として派生したものごと。いわゆる“障害者アート”といった価値づけをする気持ちも、それをメンバーに求めることもない、という菊地さん。

さて、自由にのびのびと制作に没頭できる環境で生まれた「オンリーニャン」。ぬいぐるみをお部屋のインテリアとして飾れば、なんともいえぬ存在感を放ち、ファッションのポイントとしてブローチをつければ、さまざまな人から声をかけられるかもしれません。ぜひお気に入りの一匹を見つけ、可愛がってはいかがでしょう?