福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

こここなイッピン

刺し子のタペストリー〈TERAS〉

福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。

今回のイッピンは、重厚感のある古布に伝統的な手仕事を加えた、存在感のある「刺し子のタペストリー」。ものづくりの試行錯誤のなかで“みんなでできること”をこのタペストリーに見いだした、福祉事業所発のブランド〈TERAS〉のプロダクトです。

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「伝統的技法」「ローカル」「人のつながり」の融合から生まれた、同じものはふたつとないアートピース

個々がつながり、新たな個性を生み出す〈TERAS〉の活動を象徴するタペストリー

大きな存在感で空間を引き締め、つい眺めいってしまう「刺し子のタペストリー」。藍色の深み、大胆かつ繊細な間で繕われた刺し子、そこに派生する生地のよれ、さまざまな糸の色。「襤褸(ぼろ)」と呼ばれる歴々と継承されてきた古布のほつれや穴さえもひとつの魅力に。どれもが迫力をもって目に飛び込んできます。

このタペストリーを制作しているのは、栃木県宇都宮市に拠点を置く〈TERAS company〉。3つの福祉事業を営む〈合同会社 TOMOS company〉のうち、就労継続支援A型(注)の事業所として2017年に設立されました。〈TERAS〉は、〈TERAS company〉がつくるオリジナルブランドの名前です。

注:就労継続支援は、通常の事業所に雇用されることが困難な障害や難病のある人に、就労の機会を提供するとともに、生産活動やその他活動の機会を提供する福祉サービス。雇用契約を結んだ上で、一定の支援がある職場で働くA型と、雇用契約を結ばずに、作業の対価である工賃をもらって働くB型とがある。

「刺し子」とは、生地の補強や防寒を目的として縫い込まれた刺繍のこと。損傷の激しい部位に刺繍を施すことで長く使えるものにする先人たちの知恵。深みのある藍や青、黒に近い褐色(かちいろ)、生活のなかで生まれたまだら模様。それらの木綿や麻布に刺繍を加え、1枚の作品として完成させた、同じものはふたつとない「刺し子のタペストリー」です

このタペストリーには、栃木県内の蔵や古民家の解体時にひきとられた古布が使用されています。100年以上も昔に染織された布を洗浄し、針仕事を得意とする障害のあるメンバーたちが刺し子を施します。最終的にスタッフやデザイナーが、あらかじめ想定していたデザインパターンに縫い合わせて、完成。

作品を納める額装もオリジナル。運針や布の風合いを直に感じてもらうため、アクリル板やガラス板はあえて取り付けていません。その豊かな表情を楽しんでもらうためのひと工夫です。

時代を超えて受け継がれてきた古布に刺し子を施し、表情の異なる生地を縫い合わせたタペストリー。個々がつながり、新たな個性を生み出す〈TERAS〉の活動の象徴でもあります。

通所する約25名のメンバーの得意を把握することもスタッフの仕事のひとつ。細かい刺し子が得意な人、図案に沿うのが得意な人、自由にデザインしたい人、それぞれにあわせた作業を割り振り、ひとつの作品をつくりあげています

立ち上げのきっかけは、居酒屋での交流から

〈TERAS〉の母体である〈合同会社 TOMOS company〉の立ち上げは、現カンパニーの代表であるキャンドルアーティスト、福祉施設に従事していたスタッフ、障害のある人が、地元の居酒屋で出会い、意気投合したことがきっかけ。異業種の仲間が力を合わせ、やりたいことが実現できる、働き方の選択肢を広げた福祉施設をつくろうと、2015年に就労継続支援B型事業所を開設したというユニークな背景があります。

当初は、オリジナルキャンドルや、メンバーが得意とする編物など制作して商品化するも、テーマの定まっていない商品のラインアップは雑然とし、ブランドの軸がわかりづらい状態でした。

そこで商品開発を専門とするスタッフを迎え、〈TERAS〉のイメージづくりや商品の絞り込みなどに着手。さらには外部のデザイナーやディレクターを招き入れ、〈TERAS〉のブランディングにも力を入れていくことになります。

そんななかで「刺し子」という伝統的な手仕事に着目。20名を超えるメンバーそれぞれが刺し子を施した生地で、大きなパッチワークのタペストリーを制作してみることに。縫い方も模様もさまざまな生地が見事に融合したタペストリーが完成したとき、メンバーもスタッフも衝撃と感動をおぼえたと同時に、“みんなでできること”がここにあると気づかされた瞬間でした。

そんな経緯から〈TERAS〉のものづくりのひとつの到達点となった「刺し子」。メンバーの得意を尊重したうえで、伝統を重んじながらも現代の暮らしにフィットする商品を目指し、トートバッグ、クッション、アクセサリーなど、さまざまな刺し子商品が制作されています。

藍染めの古布と、事業所で染色した自然由来のベンガラ染布に刺し子を施し、パッチワークでデザインした〈TERAS〉のオリジナルクッション

さまざまな声やアイデアが生まれる「ローカル」とのつながり

事業所の設立が6年前と、福祉施設としては比較的新しい〈TOMOS company〉。代表を含めたスタッフの年齢は30~40代が中心。彼ら彼女らのなかには、自身でレザーブランドを運営する人や、音楽業界に身を置き、CDやDVDの制作や流通に携わっていた人もいるのだとか。

さまざまなバックボーンを持つ人が集まり、福祉職出身の人ばかりではないからこそ、柔軟なアイデアが生まれることもあります。また、スタッフ一人ひとりが持つ、人のつながりも多業種かつユニークだとか。

なかでも〈TOMOS company〉が特に大切にしているのは、「ローカル」のつながり。事業所のブランディングも、商品のテスト販売も、毎年開催している周年イベントも、地域の人との協働を通してかたちになっているもの。今回のイッピンであるタペストリーの古布も、地元の古物商や民芸店から仕入れています。

〈TERAS〉の商品は、栃木県内の雑貨店や土産店、ミュージアムショップのほか、県外の百貨店やセレクトショップ、同ブランドのオンラインショップでも販売しています。

地域でつながりを広げていくなかで、「自分ならこんなことで関われそう」「一緒にこんなことやってみない?」という声があちらこちらから生まれるといいます。県内の高校からは、生徒が手がけた藍染め布を使ってのコラボレーションを相談されたり、地元のお店から暖簾制作を依頼されたりと、地域のなかでのものづくりも始まっています。

事業所だけでできることは限られているからこそ、それらのアイデアや声を大切にし、この地域で、自分たちにしかできない新しい福祉のかたちを目指す〈TOMOS company〉。今後もゆるやかにローカルを巻き込みながら、ますますオリジナリティを極めていきそうです。