福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

こここなイッピン

スパークリングワイン〈ココ・ファーム・ワイナリー〉

福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。

今回のイッピンは、2000年に開催された九州・沖縄サミットの晩餐会などで採用されている〈ココ・ファーム・ワイナリー〉のスパークリングワイン。膨大な月日を費やし、丁寧な手仕事から生まれるワインは、世界のワイン通をも唸らせる至極の一本です。

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自然と、膨大な月日と、根気強い手仕事から生まれた、スパークリングワイン

微細な泡がグラスの底から立ち昇る、淡いゴールドの美酒。泡と一緒に弾けるのは、グレープフルーツや八朔などの柑橘香、洋ナシ、ハチミツ、レモングラスを思わせるさわやかな香り。口に含むと、リンゴのようなジューシーな旨み、やわらかく品のよい酸味とやさしい甘み、そしてほのかな苦みが舌に絡み合い、スッと鼻腔を抜けていきます。

今回のイッピン「2017 のぼ ドゥミセック」は、フランスのシャンパーニュ地方の伝統に敬意を表しながら醸造されたスパークリングワイン。房のままプレスしたぶどうの果汁を半年以上かけて発酵させ、瓶詰めしてからさらに約3年間、ビン内で二次発酵。年間500本未満しか出荷されていない、まさにプレミアムな一本です。

白身魚や鶏のささ身などの淡白な素材の料理から、生ハムや花山椒などの少し塩気やクセのある料理との相性は抜群。さらに、タルトタタンやマリトッツォといったスイーツにもマッチするボディの強さ。懐の深いスパークリングワインの存在は、特別な日の食卓をより豊かに演出してくれます

このワインを醸造するのは、栃木県足利市で知的に障害のある人とともにワインづくりを行う〈ココ・ファーム・ワイナリー〉。100%日本のぶどうを原料にした「日本ワイン」を醸造し、世界のワイン通にも注目されています。

今回紹介する「のぼ ドゥミセック」は、ぶどうづくりから醸造までのすべてを行う“ドメーヌ(自家畑自家醸造)”によるワイン。2000年に開催された九州・沖縄サミットの晩餐会は、この「のぼ ドゥミセック」の1996ヴィンテージで乾杯が行われました。

特別支援学級の生徒たちによって開墾されたぶどう畑と、ワインづくりの始まり

日本ワインといえば、名産地の山梨や長野に圧され、栃木はワインづくりのイメージがあまりないかもしれませんが、同施設でのぶどう栽培は63年前から行われています。

足利市の中学校で特別支援学級の教師を務めていた川田昇さんが、市内にある山を購入し、生徒たちとともに開墾し始めたのが1958年。平均斜度38度という急勾配の山は、南西向きで日当たり良好。水はけのよい土壌はぶどう栽培にも適していました。そこで、ぶどう苗600本余りを植樹し、栽培がスタートします。

1969年にはこの山の麓に、川田さんを中心に障害者支援施設〈こころみ学園〉が設立されます。さらに1980年には、栽培したぶどうからワインをつくるべく、園生の保護者たちとともに〈ココ・ファーム・ワイナリー〉を立ち上げました。そして、1984年には果実酒製造の免許を取得し、ワインづくりが始まりました。

〈こころみ学園〉のぶどう畑で、大切に育てられたリースリング・リオン種のぶどうから醸造された「のぼ ドゥミセック」。大量生産は行わず、澱をビン口に集めるルミュアージュも、澱を凍らせて抜くデゴルジュマンも、すべて手作業で行われています

農作業、ワイン醸造、さまざまな作業のなかで働くよろこびが生まれる場所

ぶどうづくりを行う〈こころみ学園〉の設立当初からの方針は、「汗をかいて、家族のように暮らす」こと。自然の中での労働は、暑さ、寒さ、空腹、眠さといったさまざまな忍耐が求められます。ですが、それらを通して得られるよろこびがあることを、園生に伝えてきました。

ぶどう畑には、その傾斜が理由で機械を入れることができません。草刈り・石拾い・剪定・摘房・収穫と、年間を通してさまざまに巡ってくる仕事を、園生たちはすべて手作業で行い、重い荷物を担いで山を登り降りしています。

そのような作業は、働くよろこびを体感するだけでなく、園生の身体を鍛え、健康を維持する役割も果たしてきたのだとか。

「のぼ」シリーズのラベルは、点字入り。あらゆる人がともに生きていく新しい時代へのささやかなメッセージが込められています

開墾以来、一度も除草剤や化学肥料を撒いたことがないというぶどう畑。そのような環境の畑には、さまざまな草花が茂り、多くの虫や動物が訪れます。虫がついたり病気にかかったりした葉や粒は、ひとつひとつ手作業で取り除く園生たち。熟れた実をカラスがついばみに来る季節は、見張りに立ち、缶を叩いて追いやるという仕事もあるのだそう。

農作業だけでなく、醸造の場でも園生が活躍する仕事はたくさんあります。ワインの仕込みを行う人、澱を集める“ルミュアージュ”という作業を担当する人、コンベアを流れるワインボトルからコルクダストを瞬時に見定める人、ラベル貼りや梱包が得意な人、箱詰めしたワインを運ぶ力持ちの人。さまざまな作業のなかで、自分の力が一番発揮できる仕事を受け持ち、もはやその人以外担当するのが難しいという作業もあるといいます。

ぶどうの声に耳を傾ける〈ココ・ファーム・ワイナリー〉のワインづくり

自然に寄り添うぶどう栽培を目指し、「適地適品種」の考え方を導入している同園。その品種に見合った土地・土壌・気候風土のなかで無理なく育つぶどうは、病気にかかりづらく、虫の害があっても自らの力で回復しやすく、健全で力強い実をつけます。

醸造においても、天然の野生酵母や野生乳酸菌の力を借りて発酵・熟成が進められます。「こんなワインになりたい」というぶどうの声に耳を傾け、その持ち味を生かすことを大切にするのが〈ココ・ファーム・ワイナリー〉のワインづくり。

土の力を信じ、除草剤や化学肥料を撒かず、微生物やさまざまな生き物の力を借り、寡黙にぶどうづくりに励む園生。そんな風土や人が育てた“良質なぶどう”を使い、果実本来の持つ力を引き出したワインだからこそ、バランスの歯車がかみ合ったような絶妙な味わいが生まれるのかもしれません。

さまざまな作業が園生の働くよろこびにつながり、ワインを飲む人の幸せや心の豊かさにもつながっていくこと。それが同社の願いであるといいます。

ボトルを開ける前に、冷蔵庫や氷水でよく冷やすのがおすすめ。すっきりとした味わいを楽しんだあとは、ゆっくりと温度を上げながら味わいの変化を楽しんで。10年以上の長期熟成も可能。味わいの⼀体感が増し、熟成感が出てくるといいます

クリスマスや年末年始と、イベントが盛りだくさんの冬の季節。そんな特別な日の食卓はもちろん、招待されたパーティへのお土産や、大切な方への贈り物などにもお勧めの「のぼ ドゥミセック」。

自然に寄り添うぶどう栽培、手間隙を惜しまないワインづくりのストーリーを共有しながら、ワインを楽しんでみてください。杯を交わし合う時間が、より特別ですばらしいひと時となるはずです。