
葛藤と面白さのあいだで「介護」の何を伝えていく? KAIGO LEADERS SCHOOL AWARD2025 イベントレポート ケアするしごと、はじめの一歩 vol.8
Sponsored by 厚生労働省補助事業 令和7年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)
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毎日、さまざまな出来事が巻き起こる介護の仕事。日課をこなす忙しさに急き立てられながらも、利用者やスタッフ同士の何気ない一言ややりとりに、笑ったり驚いたり、はっとさせられたり……不意に価値観が揺さぶられるような瞬間が、ケアの現場にはごろごろと転がっています。
その一方で、介護・福祉の現場で働くことに対し「えらいね!」と言われてモヤモヤしたり、歯がゆい思いをしたりすることも。この仕事の魅力や葛藤をうまく周囲へ伝えるには、どうすればいいのでしょうか。
介護の魅力を発信するためのヒントがたくさん登場した、2026年2月22日の「KAIGO LEADERS SCHOOL AWARD 2025」。介護職員向けの5カ月間のオンラインスクール「KAIGO LEADERS SCHOOL」の修了を記念して、受講生のつくり上げた成果物を発表・表彰するイベントが、この日〈SHIBUYA QWS スクランブルホール〉とオンラインで同時開催されました。
当日は表彰式に加え、芸⼈・漫画家の矢部太郎さん、福祉社会学者の竹端寛さんによるトークセッションも行われました。本記事ではその模様をレポート形式でお届けします。
SNS・ライティング・場づくりを学ぶ「KAIGO LEADERS SCHOOL」
「KAIGO LEADERS SCHOOL」とは、2025年10月に開校した、介護の仕事に関わる人に向けた講座プログラムです。介護職をはじめ、看護師、理学療法士、支援相談員、事務職、施設の管理職など多様なバックグラウンドのある参加者が、「SNS」「ライティング」「場づくり」の3テーマに分かれて、全5回の実践型講座をオンラインで受講しました。
講座の目的は、受講生が第一線で活躍するプロから技術を学び、自らの言葉による発信を通して、より多くの人に介護の仕事の価値や魅力を届ける力を育むことです。また、スキル習得だけでなく、仲間同士で実践を共有しながら成長できるコミュニティとしての側面も持っています。
アーカイブ受講も含む複数の学び方(コース選択)のうち、課題制作と振り返りを重ねて取り組む「実践コース」では、プロのライター・動画編集者・コミュニティデザイナーなどのサポートのもと、具体的な作品づくりを通して発信技術を身につけていきました。5カ月に渡る講座を経て最終課題を提出したのは、SNS講座で31名、ライティング講座で38名、場づくり講座で24名の93名にのぼります。
その締めくくりとなる「KAIGO LEADERS SCHOOL AWARD」。当日は、受講生37人を含む61人が現地会場に、また100名を超える人がZoomまたはYouTube配信に参加しました。プログラムの合間には近くの人と意見を話し合う時間も設けられ、オンラインで顔を合わせてきた仲間と、初めて対面で言葉を交わす場面もみられました。
漫画『大家さんと僕』に学ぶ、表現活動とケアの意外な共通点
最初のトークセッションのゲストは、芸人で漫画家の矢部太郎さんです。2018年に発表した初の漫画作品『大家さんと僕』(新潮社)で第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞、続編の『大家さんと僕 これから』を含め、シリーズは累計135万部を超えるベストセラーとなっています。
この日のトークテーマは「日常の引っかかりを介護の発信につなげる」。『大家さんと僕』は介護そのものを描いた作品ではありませんが、介護・福祉の現場のあちこちに通じる「些細な日常の面白み」が存分に描かれていると言えます。
矢部さんはその視点をどのように手にし、表現に変えてきたのか、漫画制作のお話から情報発信へのヒントを探りました。聞き手は「KAIGO LEADERS SCHOOL」校長の秋本可愛さん。
もともと、この大家さんとの出会いをきっかけに、未経験から漫画を描き始めたんです。普段あまり漫画を読まれていない大家さんにも読んでもらいたくて、シンプルな作風になりました。
そう語る矢部さんは、漫画にしていく過程で、自分自身と大家さんの距離や関係性を客観的に見つめ直すことができたといいます。目の前の人の背景や歴史に目を向けることで、関係性がほぐれていいケアにつながるのは、まさに介護の現場でも起きていること。2人のトークの中で、表現することとケアの意外な共通点が見えてきます。
一方で矢部さんは、作中で老いや認知症を扱うとき、それが大家さんの物語でありながらも、同時にいつか訪れる未来の“自分の物語”でもあることも意識しているといいます。
例えば作中で、大家さんがすぐに椅子から立ち上がれず、それを誤魔化して話を続けようとする場面。矢部さんは、内心では気づきながらも、大家さんの楽しい時間を壊してしまわないよう、成り行きを見守ります。こうした作中で描かれる老いが、衰えや悲しさの象徴ではなく、ふたりをそっとつなぐ温かいものに感じられるのは、矢部さんの「自分ごととして捉えられることだけ描く」意識が作品の軸にあるからかもしれません。
実在の人物を描く際の配慮について、会場から質問が寄せられると「個人的すぎることや本当に大切な思い出は描かない」と矢部さんは返します。漫画のなかの人物はあくまで「僕が見た大家さん」であり、現実の人格とは切り分ける。その線引きこそが、表現者の責任だと主張しました。
自分の感じた面白さや魅力をどう表すかに答えはありません。芸人としてもちろん「笑い」を大切にしながらも、矢部さんは尊敬する手塚治虫の著作『マンガの描き方』にある、「基本的人権だけは、断じて茶化してはならない」の言葉を大切にしているといいます。
「介護の現場での出来事を面白いこととして表現するのは、不謹慎だという空気もあるかもしれません。ですが、当事者やスタッフが笑っている瞬間はたくさんあると思います。それを発信・共有することは、とても価値があるのではないでしょうか」と最後に受講生の背中を押して、セッションは終了しました。
葛藤の先にある面白さを「翻訳」できる存在に
2人目のゲストは〈兵庫県立大学〉教授の竹端寛さん。著作に『ケアしケアされ、生きていく』『福祉は誰のため?』(ともにちくまプリマー新書)など、ケアにまつわる違和感を「社会を見つめる視点」として捉え、言語化する福祉社会学者です。〈こここ〉でも「ちゃんとする」という価値観をめぐる対談など、度々登場してくださっています。
今回のトークテーマは「介護職のモヤモヤを現場を変える発信力に」。受講生から寄せられた率直な悩みを、秋本さんナビゲートのもと一緒に考えていきました。
例えば「介護の仕事をしていると『えらいね』と言われる」というお悩み。竹端さんはその言葉に潜む“ズレ”に、むしろ積極的に注目します。働く自分自身は特別なことをしているつもりはないのに、どこか上から目線のように賞賛されることの違和感こそが、文章を書いたり、表現したりするときの原動力になるのではないか、と語りました。
自分と相手の受け取り方の落差を、他者に伝わる言葉で丁寧に埋めていく。それだけで、介護の魅力は十分に発信できるようになっていくはずです。
竹端さんの指摘する落差とは、相手がまだ介護の面白さを十分に知らないからこそ起きる現象であり、介護職にとってはある意味“チャンス”。そんなときこそ「あんた損ねえ。この仕事の面白さを教えちゃるわ!」という気概で挑んでみてほしいと、竹端さんらしい言葉で鼓舞します。
介護の現場では、認知症のある人など自ら判断し何かを決めることに困難を抱える人のサポートをする「意思決定支援」を日常的に行っています。
ご本人の思考の根本となるライフヒストリーや、快・不快の基準に寄り添って、言葉にならないその人の気持ちを、決めつけにならないよう多角的に考え、周囲に伝える。それは日々「これでよかったのだろうか」と葛藤する仕事です。だからこそ、モヤモヤの先にある面白さや豊かさを含めて、介護の世界で起きていることを「翻訳」する存在が重要だ、と竹端さんは言います。
人の心を動かすのは、劇的な物語ではありません。昨日できなかったことが今日はできた、そんな小さな変化や、思わずガッツポーズが出る瞬間。そこにこそ、語るべき物語があるのでは、と締めくくりました。
表現の力を培った、その先へ
トーク後の表彰式では、「KAIGO LEADERS SCHOOL」ライティング講座・SNS講座・場づくり講座の3部門でそれぞれ、優れた作品に賞が贈られました。
その一つ、ライティング講座での賞の選出には、〈こここ〉も参加しています。同講座で講師のひとりを務めた中田編集長が、最終課題・全38作品のなかから印象深かった作品を、「マガジンハウス こここ賞」として表彰しました。
最終課題のテーマは「介護が私に教えてくれたこと」。それぞれ、インタビュー形式かエッセイ形式かを選択して、チューターの長期サポートを受けながら、記事執筆に挑戦しました。
力作揃いのなか、選ぶにあたってのポイントは3つです。「その人にしか書けないこと」「介護職のリアルからその魅力を伝えていること」「自分とは異なる場に立つ人たちに対して届けようとする気概と技術が宿っていること」。
この場を借りて、選出された3作品をご紹介します。
・弱さを奪わない仕事ーケアマネジャーとして、揺れながらかかわるということー(和田 至正さん)
ケアマネジャーとして働く和田さんが感じる介護の魅力とは「弱さを肯定する営みであること」。「弱さ」をキーワードに、普段から向き合い続けてきた葛藤や仕事観、ケアワーク全般について、和田さんの生きた言葉で綴られた一本です。
講評「一つひとつ線を引いているとキリがないぐらい、名言に満ちた文章でした。『弱さ』は、他者に向けて用いるときに扱いがとても難しい言葉ですが、ケアワーカーとしての仕事の意味を日頃から言語化し続けてきた、その真摯さの表れに心が打たれました」
・正解のない現場で、その人だけの「生き方」を支える——本人・家族の絶望と現場の葛藤を超えて、私たちが届ける『究極のサービス』(吉田美樹さん)
吉田さんがケアワークを志すことに決めた幼少期の原風景から始まるエッセイ。命を守るための「制限」と、その人らしく生きるための「尊重」に揺れ動く日々の葛藤の先にある、介護職の真の魅力について、丁寧かつ力強い筆致で描かれています。
講評「葛藤やザラザラした気持ち、そしてそれを他者に渡すときの言葉選びが丁寧で、あずきバーのエピソードなどは読みながら少し泣きました。最後の『狭間で揺れ動くことこそが、介護の本質』と思い至る部分に、とても心を動かされる文章でした」
・「自分が一生懸命になれる仕事は、介護だった」 迷いながら働く私たちへ:ケアの現場で20年、宮澤潤さんが教えてくれたこと(中田麻友さん)
医療から地域看護・福祉の領域へ移って6年目、キャリアについて考えることも多い中田さん。同じ受講生で、ベテラン介護職の宮澤さんへのインタビューを記事にまとめました。宮澤さんの仕事に対する姿勢を受けて、浮かび上がってきた自身の気持ちを熱量高く表現した作品です。
講評「インタビューで取材対象から見聞きしたことをまとめたうえで、さらに、ケアの現場で働く自分自身の意見や受け止めが加わっています。読む人に対して『ここがあなたとの接続点ですよ』と丁寧に示した、読み応えのある記事でした」
このほかにも、「朝日新聞『これからのKAIGO』賞」「社会の広告社賞」、さらに一般投票(総数2,264票)による「みんなが選ぶショート動画部門賞」「みんなが選ぶ記事部門」賞も発表されました(詳細はこちら)。なお受講生の作品は公式サイト・noteでも見ることができます。
揺らぎ、モヤモヤ、寄り添い。「KAIGO LEADERS SCHOOL」で生み出された作品のなかには、こうした言葉が数多く登場します。その営みを何度も繰り返しながら、それでも進んでいく毎日を支える“お守り”のひとつが、受講生たちが今回挑んだ「表現すること」なのかもしれません。
講座が終わったあとも、それぞれの仕事や暮らしは続き、少しずつ移り変わっていきます。受講生のみなさんがそこにどんなまなざしを向けていくのか、また記事で、動画で、あるいはプロジェクトで、再会できることを楽しみにしています。
- ライター:遠藤ジョバンニ
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1991年生まれ、ライター・エッセイスト。大学卒業後、社会福祉法人で支援員として勤務。その後、編集プロダクションのライター・業界新聞記者(農業)・企業広報職を経てフリーランスへ。好きな言葉は「いい塩梅」、最近気になっているテーマは「農福連携」。埼玉県在住。知的障害のある弟とともに育った「きょうだい児」でもある。
この記事の連載Series
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