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ろう者と聴者が遭遇する舞台作品「黙るな 動け 呼吸しろ」プロジェクトがスタート。2025年11月上演
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「黙るな 動け 呼吸しろ」キービジュアル画像

2つのスポーツの祭典が開催される2025年に向けて、ろう者と聴者が遭遇する舞台作品プロジェクトが始動

2024年7月、パリで開催されたスポーツの祭典オリンピック・パラリンピックでの名シーンは記憶に新しく、胸が熱くなる瞬間が数多くありました。馬術で銅メダルを獲得した「初老ジャパン」や、車いすテニス・男子シングルスで金メダルに輝いた小田凱人選手の「やばい、かっこよすぎる俺」など、2024年の流行語大賞にもノミネートされています。

国籍、人種、言語、文化、生活スタイルが異なる人々が同じルールの下で競い合うスポーツは、選手のエネルギーが観ている人にまで伝播します

そして来たる2025年、東京で2つの大きな国際大会「世界陸上」と「デフリンピック」が開催されます。この大会に向けたアートプロジェクト「TOKYO FORWARD 2025 文化プログラム」の1つとして、2025年11月29日(土)東京文化会館大ホールにてろう者と聴者が遭遇する舞台作品「黙るな 動け 呼吸しろ」上演が決定。1年後の公演に向けて、プロジェクトがスタートしました。

「聞こえない」は、目に映らない。異文化を知る一歩として

陸上競技の最速・最高・最強を決める大会「東京2025世界陸上」は2025年9月に。そして、11月15日(土)〜26日(水)に「東京2025デフリンピック」が続きます。

デフリンピックとは、世界中のデフアスリートが一堂に会する国際的な総合スポーツ競技大会のこと。デフ(deaf)は、英語で「耳が聞こえない」という意味を持ち、耳が聞こえなかったり聞こえづらいろう者の選手は「デフアスリート」と呼ばれています。競技中は補聴器などを外し、聞こえない状況で競技を行います。デフリンピックはオリンピック同様4年ごとに開催されており、これまで世界26カ国で開催されてきましたが、東京での開催は初めてです。

この2大会の開催を広く認知し盛り上げるために、東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団が協働し、「TOKYO FORWARD 2025 文化プログラム」を実施。「多様な参加者とつどい・つながり・つくりあげる」を掲げ、東京が持つ芸術文化の魅力発信や共生社会の実現に向けた歩みを進めることを目指して3つのアートプロジェクトを催します。そのうちの1つが、今回の舞台作品「黙るな 動け 呼吸しろ」の上演です。

TOKYO FORWARD 2025 文化プログラム画像

本作品には、2つの目的があります。1つ目は、視覚で世界を捉えるろう者の存在と、ろう文化に対する社会的認知を高めること。2つ目は、ろう者と聴者(耳で世界を捉える人)が互いに共通理解を図ることです。

作品は国立大学法人東京藝術大学と共に創作され、2025年11月29日(土)に東京文化会館大ホールで上演されます。ろう者にとってのオンガクと、聴者にとっての音楽を探究し、両者が創作の場で遭遇する、日本手話と日本語によるオリジナルストーリーで上演される日本初の作品です。

「聞こえない」という状態は目に映らないため、一見すると、その違いがわかりにくいです。音声でコミュニケーションをとる聴者と、手話でコミュニケーションをとるろう者では、それぞれ異なる文化を持っています。こうした違いがあることを知る、その一歩として本舞台があります。

また、異なる言語、文化に出会うと、通じないと思って黙ってしまう、変わらないと思って動きを止めてしまうことがあるかもしれません。それぞれの呼吸のリズムが交わる「オンガク」と「音楽」の表現を通して、停滞する状態を解きほぐしていきたい。そんな願いが、本作品のタイトル「黙るな 動け 呼吸しろ」に込められています。

出演者のオーディションを行うほか、公開ワークショップなども実施

本プロジェクトでは、オーディションで出演者を募集するほか、クリエイションのための公開ワークショップを実施するなど、創作過程をひらき、発信していくことも特徴のひとつです。オーディションの詳細は2025年2月に公式サイトで公開します。

公開ワークショップの第1回は、「聴者の街を想像するワークショップ」というタイトルで2024年12月8日(日)に開催。「黙るな 動け 呼吸しろ」は、「聴者の街」と「ろう者の街」が存在する架空の世界を舞台として展開する物語です。ワークショップでは、クリエイションメンバーと共にこの2つの街について、現実の生活や街の様子をヒントにしながら想像をふくらませていきます。第2回の「ろう者の街を想像するワークショップ」は2025年2月開催予定。小学生以上のろう者、難聴者、聴者、どなたでも参加できる内容なので、ぜひクリエイションの過程に参加してみてはいかがでしょうか。

聴者、ろう者が交じり合ったクリエイションチームが制作

「黙るな 動け 呼吸しろ」は、聴者、ろう者が交じり合ったクリエイションメンバーで制作されています。

総合監修を務めるのは、アーティストの日比野克彦さんです。東京藝術大学に在学していた80年代前半より作家活動を開始し、社会メディアとアート活動を融合する作品で大きな注目を集めました。その後はシドニー・ビエンナーレ、ヴェネチア・ビエンナーレにも参加し、国内外で領域を横断する多彩な活動を展開。地域の場の特性を生かしたワークショップ、アートプロジェクトも継続的に企画しています。現在は岐阜県美術館、熊本市現代美術館にて館長、そして東京藝術大学の学長を務め、「アートは生きる力」をテーマに研究と実践を続けています。

日比野克彦さん画像

本舞台の制作に向け、以下のようにコメントしています。

僕は、7年前に初めて「ろう文化」というものがあると牧原さんから聞いて、何それ?って知るところから始まりました。
(中略)
いまミーティングを重ねている真っ最中なんですけれども、本当に気づきが多いミーティングばかりです。例えば、単純に台本は必要だよね、音響があるよねという前提でいると、これはやはり聴者の世界のデフォルトなんです。
ろう者からしてみると台本や声を出して本読みをしましょうということが適わない、音響も振動はあるけども音って何?というところから始まるので、そこでじゃあ、どう表現していくのか等、根本的な部分から話し合っています。
文化というものは、歴史が証明するように、違う価値観を持った人が川のほとりに集まってきて、そこから文化や文明というものが生まれてきます。だから、違う価値観を持っているということは、これはお互いにとっても次への気づきを教えてくれる、示唆してくれる大きな大きな宝物なんです。
(中略)
今みんなで頑張っているところです。
楽しみにしていてください。

続いて、構成と演出を担当するのは、映画作家でアーティストの牧原依里さんです。多様な作品表現を通して、この世界の社会構造を浮かび上がらせる試みを行っています。2016年には「黙るな 動け 呼吸しろ」にも携わっている雫境さんと共同監督を務めたドキュメンタリー映画『LISTEN リッスン』が第20回文化庁メディア芸術祭のアート部門 審査員推薦作品に選出されました。

牧原依里さん画像

演出と出演を担当するのは、ダンサーの島地保武さんです。2006年から9年間、ザ・フォーサイス・カンパニーに所属し、2013年に酒井はなさんとダンスユニット「Altneu」を結成。パフォーマンスやインスタレーション作品を発表し、国内外でツアーやレジデンスを実施するほか、バレエ団やアーティストとのコラボレーションや振付、講師活動も多数行っています。

島地保武さん画像

舞台芸術作品の創作過程でリサーチを助け、作品分析を行うことで作品を深化させる役割を担うドラマトゥルクを務めるのは、雫境(だけい)さんと、長島確さんです。

雫境(だけい)さんは、ろうの舞踏家です。1996年から2001年まで日本ろう者劇団に在籍し、1997年から舞踏を始め国内外で活動。2000年にユニット「雫」を結成し、公演やワークショップを展開しています。映画『わたしの名前は…』や『LISTEN リッスン』に出演、『LISTEN リッスン』では共同監督も務めました。2019年には新ユニット「濃淡(NOUTAN)」を結成しています。

雫境(だけい)さん画像

同じくドラマトゥルクを務める長島確さんは、舞台字幕や上演台本の翻訳から劇場の仕事に関わり始め、現在はドラマトゥルクとしてさまざまな舞台芸術の現場に参加。劇場のアイデアやノウハウを劇場外に持ち出すことに興味をもち、アートプロジェクトにも積極的に取り組んでいます。東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科 准教授も務めています。

長島確さん画像

紹介した以外にも多彩なチームメンバーが揃うクリエイションチーム。作品制作の過程に聴者とろう者それぞれが関わり合うことで、本舞台を作り上げています。

異なる文化を知り、理解し合えるには

「ろう者とは、日本手話という、日本語とは異なる言語を話す、言語的少数者である」の宣言文で始まる「ろう文化宣言」が1996年、『現代思想』誌上に発表されました。音や言葉などの聴覚でコミュニケーションをとり世界を知覚する聴者と異なる方法で、ろう者は世界を認識しています。

「違いがある」中で、具体的にどのような違いがあり、どのように世界が見えているのか。異なる文化同士が交流するためにどのような手段・方法があるのか、本舞台が考えるきっかけになるかもしれません。

また、舞台本番だけでなく、制作プロセスでの対話や実践からも、新たな気づきや表現が生み出されることも期待されます。2025年11月の舞台本番へ向けた、さまざまな人との協働制作にご注目ください。