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作家が初めて出会う、「福祉」の現場と働く人の語り。安達茉莉子さん新エッセイ『らせんの日々』出版
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ピンク色の背景に本の表紙が写っている
2025年3月に〈ぼくみん出版会〉(運営:株式会社bokumin)より刊行されました(撮影:Neki inc. 成田舞)

“門外漢”だった作家が出会った、福祉の世界

もし「福祉を身近なものに感じていますか」と問われたとしたら。障害のある人や、介護を必要とする人などと一緒に生活していない場合、なかなか「はい」と答えることは難しいかもしれません。

同じように「正直なところ、それまで福祉を身近な存在とは感じていなかった」と語るのは、作家・文筆家の安達茉莉子さん。自らを“福祉の門外漢”と自称する安達さんが福祉施設を訪ねて執筆した書籍『らせんの日々 ― 作家、福祉に出会う』が、2025年3月に〈ぼくみん出版会〉より発行されました。

本書は安達さんが〈社会福祉法人南山城学園〉の現場で働く人の語りを通じて、「福祉」とは何かを考えていくエッセイです。障害者支援施設や介護老人保健施設、認定こども園などで働く9人のインタビューに安達さん自身の視点を交えながら、学園で実践されている福祉と、そこで出会う誰もが生きやすい社会へのヒントが綴られています。

福祉の考え方をより広く世の中に伝えたい

安達さんは作家・文筆家として、これまでに『毛布ーあなたをくるんでくれるもの』(玄光社)や『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)を出版。「セルフケア」や「自分らしく生きられる世界」をテーマに執筆を行ってきました。

初めて「福祉」に出会った、と安達さんが振り返るのは、2024年3月の出来事。学生や社会人が集まって福祉に関するディスカッションやプレゼンテーションを行う「ふくしデザインゼミ」にコメンテーターとして登壇しました。あるチームの発表の中で「自らの一番弱く脆い部分を他者に向けて開き、根源的な部分で人間の存在を肯定する」というあり方に触れ、「福祉には、現代の日本社会がもっと生きやすくなるヒントがある」と感じたといいます。

マイクを持ち、話している安達さんの横顔
「ふくしデザインゼミ 2023-2024」公開プレゼンテーションに参加した安達茉莉子さん

その後、「ふくしデザインゼミ」の企画・運営に関わる人からの声がけで、〈南山城学園〉の取材をすることに。元々、学園がおこなう新規採用広報の一環として、パンフレットでは伝えきれないパーソナルな部分について聞き書きをして小さな冊子にまとめるというプロジェクトでした。

しかし、インタビューを始めた安達さんは、学園で実践している思考法やコミュニケーションのあり方、福祉の考え方を広く世の中に伝えたいと感じるようになります。採用広報を超えて、より多くの人に届けようと、書籍化が決定されました。

書籍の表紙を開いた写真
(撮影:Neki inc. 成田舞)

安達さんの目線で綴られる「福祉」の実践

取材にあたり、施設でどんなふうに人が暮らしているか、その音やにおいまで丸ごと感じたいと思った安達さんは、〈南山城学園〉の一室に宿泊します。本書は、安達さんが学園で過ごした約1週間の滞在記であり、インタビュー集です。

第1章では、障害者支援施設と介護老人保健施設が同居する敷地の中を見学をしたときのことが描かれています。施設内に診療所があること、最先端ロボットと障害のある人の仕事の連携、利用者さんに日々を楽しんでもらうためのアイデアなど、目にするものや案内した職員の佐々木明子さんの言葉一つひとつに、安達さんは驚きを持って触れていきます。

例えば、食事を早く食べてしまう利用者さんに対しては、誤嚥を防ぐ工夫として、重箱で食事を出す方法が職員から提案されたそう。

重箱。どういうことだろう。 「二段の重箱にして、なかに小鉢をいくつも入れて、そこに食事をきれいに盛りつけたら、自然とゆっくり食べはるんちゃうかなってなったんですよ」  そんな発明があり得るのか。私は最初、食べにくくすることで、食事のスピードを落とす方法をイメージしていた。そんな乏しい発想ではなく、よりゆったりと食べられる、エコノミークラスからファーストクラスにバージョンアップされるような豊かな方法を思いつくなんて。

(「第1章 クリエイティブな風景、丁寧な支援」p.28)

第2章から第10章までは、9人の職員の方のインタビューです。障害、児童、高齢、地域などの多分野で福祉事業を手掛ける学園において、その職場はさまざま。また、入職して2〜3年目の若手から、中堅職員、管理職や勤続20年以上のベテランなど、異なる立場から、働くなかで大切にしていることや、ケアについて考えていることなどが語られます。

入職3年目で、障害者支援施設で働く増田百香さんもそのひとり。高齢で障害のある人のための施設で、利用者さんがなるべく楽しくて生きがいになるような支援計画を立てる増田さんは、安達さんの「ケアってなんだろう」という問いにこう返します。

「この方って、いままでどんな人生を送ってきたのかな、とか、何が好きで、何が嫌いで、どんなことをされたらうれしくて、どんな会話したいのかなって、会話とか、身体介助をしながら想像しています。その人の人生に思いを巡らせることが私にとっての福祉であり、おっきな意味でのケアなんかな。それが仕事になるのが素晴らしいというか、福祉って好きやなと思うことのひとつです」  その人自身に思いを巡らせる。そんなケアのありかたを聞いていると、ケアという言葉は日々の支援のなかに根づいているのかもしれないと思った。

(「第3章 その人の人生に思いを巡らせること」p.57)
本を3冊重ねた写真
(撮影:Neki inc. 成田舞)

インタビューで出た話をただ綴るだけではなく、相手の言葉を受けて、安達さんもまた自らの経験を振り返っていく『らせんの日々』。取材を終えた後日、筆者自身が感じたことや考えたことを重ねて記しているのも本書の読みどころです。

例えば第7章は「利用者さんと一緒に何かに挑戦することを大事にしている」と話す、障害者支援施設で働く戸波ほのかさんのインタビュー。受け持っている利用者さんの誕生会に、その方が大好きなカツサンドを作ろうと戸波さんは提案していますが、周囲からは「危ない」という意見もあります。「考えられる危険や対応策を用意していかにそなえるかが大事」と話す一方で、日常生活の中に当たり前にあるはずの喜びを制限してしまうのはどうだろうと葛藤していました。

安達さんはその話を振り返りながら、自身が祖母のお見舞いにいったとき、誤嚥の危険から、祖母が食べたいと訴えた飴を手渡せなかったことを後日思い出します。

もちろん、あのとき私はただ見舞に来た家族で、戸波さんが言っていたように、危険性を前もって検討したり、対策を用意したりして「そなえる」ことは一切できなかった。だから戸波さんが話してくれた誕生会と単純に比較することはできない。それでも、カツサンドの話を聞いて考えざるを得なかった。甘いキャンディ……。生きるとはそういうささやかな喜びの集積だったはずだ。

(「第7章 知ろうとしないと、歩み寄ることもできない世界」p.134-135)

福祉は遠い存在だと感じていたはずの安達さんが、自らの支援やケアを巡って考え始める。本書は、安達さんが対話の中から、本当は誰にとっても関係がある「福祉」を発見していくエッセイのようにも読むことができます。

企画協力者・小松理虔さんとのトークイベントが開催

2025年4月19日(土)には、安達さんと、ライターで地域活動家の小松理虔(りけん)さんとの対談トークイベントが、菊名南町会館(神奈川県横浜市)で開催されます。本書に「企画協力」としてもクレジットされてる小松さんは、安達さんに聞き書きのプロジェクトを提案した張本人だそう。本書の企画が立ち上がった経緯なども伺うことができるかもしれません。

イベントタイトルと書影、安達さんと小松さんのポートレートが入った画像

本書のタイトルである「らせんの日々」とは、〈南山城学園〉で数十年にわたり福祉の道に従事した職員が書き残した「福祉に従事することは、多かれ少なかれ、“らせん”のようなものである」という言葉に由来しています。

最後のインタビューで、本書をめぐるインタビューのプロセスも、らせんのようであったと安達さんは振り返ります。

回を重ねるごとにインタビュー時間は伸びて、ほとんど対話のようになっていった。疑問をぶつけて、それに答えてもらう。それによってまた話が引き出されていく。福祉に対する驚きが、どんどん更新されていく。  そのプロセスそのものが、なんだからせんのようだった。前に進んでいくうちに、最初と同じ場所に戻ってきたように感じる。だけど完全に同じ地点ではない。前よりも高い位置に上がっているのだ。

(「第10章 わからなさを大切に、複雑性と向き合う」p.186)

長年に渡る福祉の実践と、それに触れた安達さんの日々。らせんのようなプロセスを経て、どのような景色が見えてきたでしょう。そして、一人の作家が発見した、自分らしく生きられる社会のヒントとは。

ぜひ本書を手に取り、安達さんの目線から見えてくる福祉に出会ってみませんか。