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福祉の現場に“潜る”若者たちのZINE『潜福』。第三弾の刊行記念は、歌人・伊藤紺さんと「生活をつづる」を語る
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第一弾「もぐる」、第二弾「逃げる」に続き、第三弾は「おどる」がテーマのZINE『潜福』

福祉に携わって抱いた戸惑いや悩み、喜びを正直に語るエッセイ集

さまざまな人が行き交う「福祉」の現場。そこで行われる支援のあり方、受け止め方には、サービスを提供するスタッフ、そしてサービスを利用する方それぞれの価値観が色濃く反映されていきます。

境遇の異なる他者と関わるなかで、摩擦が起きたり、葛藤が生まれたりと悩みも尽きません。ですが日常のふとした瞬間に、人の幸せ(=福祉)の本質に触れ、足元を揺さぶられるような驚きや発見が訪れることは、「福祉」の現場にいる人々を魅了する理由にもなっているはずです。

そんな世界に潜った若者が、見て感じたものを自由に語る場として、ZINE『潜福』が2021年から発刊されています。最新刊である第三弾のテーマは「おどる」。刊行を記念したトークイベントが2024年7月14日(日)に都内で開かれ、歌人の伊藤紺さんをゲストに「生活をつづること」について語り合います。

【画像】3冊の表紙。それぞれ人の彫刻写真を下地にしているが、青、黄、赤などのカラーに寄せられていて印象は異なる

属性や役職から離れて感じたことを“一人称”で表現するZINE『潜福』

『潜福』は、全国の福祉の多様なフィールドに潜りこんだ若い世代が、文章などを寄せ合い、福祉に携わる意味や価値を表現・発信する冊子です。

支援者、あるいは当事者といったポジションや、どんな業務や制度に従事したり利用したりしているかの観点からではなく、あくまでも「出会った風景や体験をもとに一人称で表現する」。そのことによって、それぞれの葛藤や感動、ギャップ、それでも日常が進んでいく素朴さを大切にしています。

【画像】BASEの販売ページ
冊子は『潜福』Webサイトから、過去のものを含め購入できます。

創刊のきっかけは2019年、救護施設(身体や精神の障害など、何らかの課題を抱えて日常生活を営むことが困難な方たちが利用する福祉施設)で当時働いていた御代田太一さんと、大学で福祉を学んでいた石田佑典さんの就職フェアでの出会いでした。そこへ石田さんの妹の君枝さんが加わり、自主的なZINE制作の流れが立ち上がっていきます。

福祉施設や病院など、福祉にまつわる場所で働く20代6名も執筆に加わり、2021年12月に第一弾「もぐる」を刊行。その翌年末には、新メンバーも含む11名による文章・漫画と、『水中の哲学者』の著者・永井玲衣さんとのトーク内容(第一弾の刊行記念イベント)を収録し、第二弾「逃げる」を発表しました。

【写真】舞台上に5人が座る。一番右に磯野さん
2023年5月に行われた第二弾刊行イベント「逃げるのススメ~磯野真穂さんと語るケアと人類学~」の様子

冊子づくりのベースは、月1回のオンライン編集会議です。メンバー同士で原稿を読みあい、ブラッシュアップしながら進めるなかで、継続して寄稿する人のほかにも、執筆者の知人や『潜福』の読者などが加わり、福祉に関わる同世代が繋がれるプラットフォームとして、広がりが生まれています。

第三弾は「おどる」、歌人・伊藤紺さんとの刊行記念トークイベントも

本書の第三弾「おどる」では、10名のメンバーによる手記が掲載されています。これまで「もぐる」「逃げる」と刊行されてきたテーマを踏まえて、冒頭ではこの巻の位置づけについて、こう表しています。

息をつまらせながら潜り、隙間を見つけて逃げ出した先に、
やっと地に足のついた、自分なりの振り付けが見えてきた気がする。

試しに、踊ってみる。
誰かが、何かを思うだろうか。勝手な意味を、見出すだろうか。
いや、でも、気にしていられない。
そうやって、リズムを上げていく、呼吸を高めていく。

そうして生まれた手づくりの表現が、隣のだれかを勇気づけるかもしれない。
気づけば、隣のだれかも踊りだすかもしれない。

(本書より引用)
【写真】雑誌の目次ページの見開き

本編では、相談員として歯がゆさを抱えながらも生活困窮者の暮らしに思いをはせ、支援のあり方を模索する日々を描いた「背中のホクロ」(石田佑典さん)や、当事者の立場から障害者就労への疑問とともに自分自身の入社先での様子を振り返る「でたらめなステップ」(信藤春奈さん)のほか、電動車椅子ユーザーの筆者が友人とヘルパーとともに江ノ島を訪れた際のことを描いた「ユイとカナコの江ノ島旅行記」(油田優衣さん)など、それぞれの奮闘や気持ちがにじむ多彩なエッセイ・漫画が並びます。

過去2冊の『潜福』で、重症心身障害者施設で働く看護師としての風景を綴ってきた水流かなこさんの「回転の 旅の始まり 風涼し」は、近年バリアフリー演劇に取り組む〈東京演劇集団 風〉に新たに入団したことを記したエッセイです。年齢や障害の垣根を超え、さまざまな人と演者や観客として出会うなかで、演劇と福祉の関係性について見えてきたものを綴ります。

聞こえない方たちからの「初めて音が見えた」「聞こえる人と同じタイミングで笑って揺れる肩が触れ合った」などの声。見えない方からの「普段は想像に想像を重ねて観てしまうが、輪郭を捉えられた」という声。文化芸術を真ん中に置けば対等になれると考えていたが、文化芸術と医療・福祉はもしかしたら横並びなのかもしれない、と風の人間として演劇に触れると考えさせられる。

(p.47より引用)

さまざまな切り口で綴られる、福祉の現場で“踊る”うちに湧きたってくる思い。それは、美談でも偽善でもない切実さを伴って伝わってくるもので、私たちの暮らしの延長線上に福祉があることを思い出させてくれます。

また、年に一度の冊子の刊行後には、イベントを開催しています。今回は歌人の伊藤紺さんを招いたトークイベント「三十一文字でおどる」が7月14日に東京都豊島区の〈RYOZAN PARK 巣鴨 THE WHITE ROOM〉で行われ、「生活をつづること」について『潜福』の制作メンバーと語り合います。

【画像】伊藤さんの写真が入ったイベントのキービジュアル
歌集に『肌に流れる透明な気持ち』『満ちる腕』『気がする朝』などがある歌人・伊藤紺さん。〈こここ〉ではライターとしてインタビュー記事も手がけてくださっています

トークイベントでは、刊行を終えてメンバーでのクロストークも実施される予定です。さらに終了後は交流タイムも設けられているため、たとえば『潜福』を読んで感じたことや、福祉の現場にいて普段人に話せないことなど、持ち寄って話すことのできる貴重な時間になるかもしれません。気になる方はぜひこの機会に、参加を検討してみてはいかがでしょうか。