福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【画像】ツバメの張り子

こここなイッピン

張り子〈Laboratorio Zanzara〉

福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。

今回は日本を離れて、イタリアのNPO福祉法人でつくられている「張り子」をご紹介。世界初の精神科病院廃絶法を公布し、障害のある人を地域社会で支える国で生まれた作品とは?

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イタリア・トリノの「ソーシャル・プロジェクト」から生まれる「張り子」

【画像】張り子が3つ並んでいる。左から、赤い「LOVE」、つばめ、小人

空を切るように飛ぶ姿と、なにかを見通しているかのようなまん丸の目の「ツバメ」。素朴なフォントながらも情熱の真紅に染められた「love」。白雪姫の物語に登場しそうな「小人」。空間を楽しく彩るデザインの「張り子」が、今回のイッピンです。

これらの作品は、イタリアのNPO福祉法人〈Laboratorio Zanzara(ラボラトリオ・ザンザーラ、以降 ザンザーラ)〉で制作されたもの。障害のある人、デザイナー、ソーシャルワーカーなど、同法人に所属するさまざまなメンバーの技術やアイデアをミックスし、張り子をはじめ、グラフィックデザインやシルクスクリーンの作品などを制作しています。

日本でも、だるま、赤べこ、起き上がり小法師など、郷土玩具として馴染みのある張り子ですが、これらの技法はヨーロッパでも古くから伝わっており、さまざまなものづくりに生かされています。

立体的に形づくる日本の張り子とは異なり、平面ながらもイラストや書体が持つ躍動感がみなぎる〈ザンザーラ〉の作品。これから訪れるクリスマスシーズンの装飾にもよさそう!

【画像】ツバメの張り子
紙粘土を使ったものづくりを得意とするデザイナーが、日本の張り子をベースとした作品づくりを提案。それをきっかけに生まれた〈ザンザーラ〉の張り子は「和紙粘土」と呼ばれ、現在もアトリエで多く制作されています

「バザーリア法」の理念のなかで設立された〈ザンザーラ〉

イタリア北部のトリノという街に所在するNPO福祉法人〈ザンザーラ〉。クリエイティブなものづくりを通じて、障害のある人が地域社会に深く関わっていくことを目的に、1998年に設立された「ソーシャル・プロジェクト」です。

立ち上げメンバーは、精神障害のある人、デザイナー、ソーシャルワーカーの4名。基本的理念は「市民として生きる」こと。これは、1978年にイタリアで公布された精神医療・福祉に関する法律「バザーリア法」に基づきます。

イタリア精神保健法、通称・バザーリア法とは、イタリアの精神病院(マニコミオ)を廃止し、地域社会のなかで精神障害のある人を支え、社会復帰や症状を回復させていこうとする法律です。イタリアの精神科医であったフランコ・バザーリアさん(1924~1980年)によって提唱され、世界初の精神科病院廃絶法として成立しました。

現在もイタリアには精神科病院はなく、予防・医療・福祉は原則として地域精神保健サービス機関で行うものと定められています。

〈ザンザーラ〉はこのバザーリア法の中でうまれたデザイン&クリエイションチーム。障害のある人も、そうでない人も、一人ひとりの個性を大切にし、自分以外の人の人生にも目を向けながら、芸術や創作を通して社会との関わりを深めるデザイン活動を行っています。

【画像】小人の張り子の後ろ姿。後ろに両手を回して斧を持っている
「小人」のうしろ姿にも妥協なし!

〈ザンザーラ〉の活動の主軸は、デザイン性の高い商品づくり

イタリアにもさまざまな福祉法人がありますが、〈ザンザーラ〉はほかの組織とは少し違うといいます。それは同法人の活動の軸が「デザイン」にあるということ。

現在の〈ザンザーラ〉には、精神や知的に障害のあるメンバー約15人が在籍しています。スタッフはグラフィックデザイン、張り子や粘土細工、シルクスクリーン、営業担当などを皆で担いながら活動しています。

同法人は、障害のある人が自由に創作活動を行う場ではなく、彼ら彼女らを支える仲間とともに、人々や社会に求められるようなデザイン性の高い商品をつくることが本質にあります。

バザーリア法を基盤とし、社会と関わるための実験的なプロジェクトとしてスタートした〈ザンザーラ〉。さまざまな創作の段階や工程のなかで、それぞれができることで参加し、メンバーの誰もが、同法人の一員であり、社会の一員であると感じられることを大切にしながら活動を行っています。

トリノの街にとけ込む〈ザンザーラ〉

〈ザンザーラ〉のアトリエは、トリノの中心街に立地。障害のあるメンバーは、街の人たちに見守られながら、自宅からアトリエへと通っています。

アトリエ近隣のお店やカフェで働く人のほとんどは、同法人の取り組みも、障害のあるメンバーのこともよく知っていて、カフェで時間を過ごすメンバーと会話したりと、交流を楽しんでいます。

万が一、なにかハプニングがあった場合でも、近隣の人がアトリエに状況を伝えに来てくれるなどの関係性が構築されており、〈ザンザーラ〉とそこに所属するメンバーは、トリノの町にしっかりととけ込んでいるのです。

【画像】額装されたシルクスクリーン。飛行機の絵の下にイタリア語が描かれている
イタリア語で「永遠に旅ができたら、すばらしいだろうな」と書かれているシルクスクリーンのポスター

〈ザンザーラ〉の毎日は創作活動が中心。デザイン、アート、教育、ビジュアル・コミュニケーションなど、さまざまな分野の専門家とコラボレーションし、質の高い作品を数々誕生させてきました。

張り子もそのような文脈から生まれ、今では〈ザンザーラ〉を代表するオリジナル商品のひとつに。また、写真にあるようなシルクスクリーンの作品も多く手掛けています。

企業や自治体のグラフィックデザインも数多く担っており、近年はトリノで開催されるジャズ・フェスティバルのビジュアルを担当。〈ザンザーラ〉の創造性は地域のなかで広く認知され、親しまれています。

【画像】赤いLOVEの文字をかたどった張り子
トリノには、張り子やポスターなどの作品がさまざまに並ぶ〈ザンザーラ〉のショールームが置かれています。初めて訪れる人は、作品の魅力に惹かれて購入する人がほとんどで、あとから〈ザンザーラ〉の取り組みを知ることが多いといいます

日本でも〈ザンザーラ〉の作品に出合える?

〈ザンザーラ〉の商品は、トリノのショールームや、オンラインを中心に販売されてきましたが、そのデザイン性の高さから、いまではイタリア全土にファンを持つまでに成長。

日本では、〈ザンザーラ〉のアジア圏におけるパートナーであるクリエイティブチーム〈NAOKO〉を通じて、作品に触れることができます。〈ザンザーラ〉と出会い、想像力と手仕事のクリエイションに人生の豊かさ・楽しさを感じたという、〈NAOKO〉代表の奥村奈央子さん。その思いを日本でも広げたいと、〈ザンザーラ〉の日本での販売に加えて、デザインと福祉のフィールドを中心に社会課題を創造的に解決するさまざまな活動を行なっています。

2019年には、東京都六本木の〈国立新美術館〉の〈スーベニアフロムトーキョー〉にて〈ザンザーラ〉の作品展示販売会を開催。

〈ザンザーラ〉のデザイン性の高い作品と、それらの誕生のきっかけとなったイタリアの福祉の在り方に注目してみては?