福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【画像】ピンクや緑、色とりどりのビーズで作られた四角いアイロンビーズの作品2点

こここなイッピン

COLORNY〈アトリエコーナス〉

福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。

今回のイッピンは、〈アトリエコーナス〉に所属するメンバーの、日々のルーティンとして制作されているアイロンビーズ作品「COLORNY」。7年間つくり続けた約2000枚からその一部をご紹介します。

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日々の“日記”としてつづられた、アイロンビーズ作品

「これはいったいなんだろう?」

初めてこの作品を見た多くの人の心に、そんな言葉が浮かぶかもしれません。

「なにでできているんだろう?」
「配色や配列にはどんな意味があるの?」
「この形は、偶然? それとも……?」

眺めていると、さまざまな「?」が生まれてくるこれらの作品。でも同時に、カラフルな美しさに魅了されたり、そのバリエーションの豊富さに圧倒されたりする人も多いはず。

こちらの作品は「アイロンビーズ」によってつくられています。大阪府阿倍野区の生活介護施設〈Atelier CORNERS(アトリエコーナス)〉に通所する土谷紘加(つちたに ひろか)さんが、同施設のアトリエ活動のなかで制作しています。

COLOR(カラー)と、“個体群”を意味するCOLONY(コロニー)の掛け合わせから、スタッフが命名したアイロンビーズ作品「COLORNY(カラニー)」。形も、色も、さまざま。溶けたり、歪んだり、ねじれたり、裂けたり、ぎゅっと固まったり

アイロンビーズでしたためる、日々の心象

5ミリ程度のプラスチックビーズを、凸のついた専用プレートにひとつひとつ並べていき、模様が決まったところでアイロンの熱でビーズを熔かし、圧着させたら完成。

さまざまな色がモザイクのように並んだもの、単色の中に1粒だけ違う色が混ざったもの、大きく歪んだもの―― その構図は偶然の産物のように見えるかもしれません。ですが、じつは土谷さんの頭の中で配置が決められたものを形にしているといいます。

端っこのビーズがひとつ欠けているものも、ただ積み上げて熔かしたようにみえるものも、土谷さんの意匠。その日の彼女の心象を、まるで日記のようにアイロンビーズでしたためているのです。

「アイロンビーズ」とは、アイロンの熱でプラスチックビーズを熔かして接着させ、さまざまなモチーフをつくることができるもの。土谷さんが使うビーズサイズは、5ミリと、2.6ミリ。左が5ミリビーズの「COLORNY(カラニー)」、右が2.6ミリビーズの「MICRO COLORNY(マイクロ・カラニー)」の作品

土谷さんのアイロンビーズの日々

〈アトリエコーナス〉では毎朝2時間、アトリエ活動が設けられています。

メンバーそれぞれが好きな画材や道具を用いて、自由に創作活動を行います。気が乗らない人は制作しなくてもOK。土谷さんはもちろんアイロンビーズに励みます。

特別支援学校の生徒の頃から、アイロンビーズ作品をつくるのが好きだったという土谷さん。〈アトリエコーナス〉に所属した2015年以降、ますますビーズ作品制作にのめり込んでいきます。

以来、7年間毎日つくり続け、その作品数は2000点以上。

1日に手掛ける作品は2~3点。その日の気分でビーズの色を決め、使い慣れたケースに、使う分だけのビーズを選り分け。あとはひたすらビーズをプレートに並べて、構図が完成したら、アイロンで圧着。温度や押しつける強さによって、歪みや溶け具合が決まります。これらすべての工程を土谷さんひとりで行っています。

完成した作品にアイスクリームのフレーバーを当てはめるのが土谷さん流。その日つくった作品を持ち歩き、「ストロベリーバニラ! イエーイ!」とスタッフに披露。土谷さんとスタッフのコミュニケーション・ツールとしても、ビーズ作品は役立っているようです。

ビーズがねっとりと溶けた様子は、なるほど、アイスクリームに見えるかも

つくるという行為だけでなく、作品1枚1枚に愛着を持っている土谷さんは、過去に制作したものをときどき振り返ります。

箱からとり出し、触ったり、指で弾いたり、匂いを嗅いだり。あの日のうれしかったこと、この日の出来事、食べたもの……そんな記憶をビーズ作品で思い返しているのかもしれません。

ときにご機嫌斜めな日があっても、制作が始まれば、いつの間にやら落ち着きを取り戻し、淡々と制作にいそしむ土谷さん。アイロンビーズの作品制作は、土谷さんにとって気持ちの切り替えや、心の安定を図る、とても大事な時間になっているようです。

〈アトリエコーナス〉がアート活動を始めた理由

さまざまなアート展への出展や、公募展での入賞、それらの作品を生み出すアトリエ活動に注目が集まる〈アトリエコーナス〉。その設立は1993年。障害のある子どもを持つ母親たちが主体となり、共同作業所として立ち上がりました。

当時の主な活動は、傘釘の組み立てなどの請負作業。低賃金の単純作業を納期に追われながら続けるもどかしさなど、さまざまな課題を抱えていました。

設立から10年ほど経ったころ、〈アトリエコーナス〉の主宰である白岩高子さんは、ほかの福祉施設で制作された絵画作品を目にし、奔放な線、見たことのない色彩、それらがエネルギーとなってあふれ出る作品に驚かされます。

今のような内職作業では、子どもたちが本来持っている個性や感性が発揮できない。そう考えた白岩さんは、「ひとり一人が自己を自由に表現するアート活動を始めよう」と内職仕事を中止。2005年に古い町家を改修した現在のアトリエに施設を移し、アート活動をスタートさせます。

【画像】アイロンビーズ作品のアップ画像。カラフルなビーズが四角い枠から大胆にはみ出ている。
現在、アトリエに通所するメンバーは14名。ビーズ作品を得意とする土谷さん以外にも、イラスト・絵画・文字を描く人、人形を制作する人、365日クリスマスツリーをつくり続ける人など、さまざま。スタッフは各メンバーの得意や好きを模索し、道具の使い方を伝授。しかしその後の制作には一切口も手も出さないのだそうです

「笑う」をミッションに掲げる〈アトリエコーナス〉

次第にメンバーやスタッフに笑顔が増え、〈アトリエコーナス〉にさまざまな変化が起こり始めます。また、笑い声があふれるアトリエに、地域の人々も自然と訪れるように。

毎週行う近隣での清掃活動や、行き来に交わす挨拶、夏祭りといった行事への参加など、地域に根ざすための地道な活動も実を結び、〈アトリエコーナス〉の存在や活動内容を、地域住民に知ってもらう機会も増えていきました。

2021年には、同法人によるカフェ&レンタルスペース〈キクヤガーデン〉をアトリエ近くに新設。障害のあるメンバーが接客を行ったり、アート活動で生まれた作品を展示したりと、コーナスの活動をさらに知ってもらう場も完成しました。

【画像】オレンジ、ゴールド系のビーズで作られた作品。アイロンで圧着して溶けた部分と、ビーズの形がそのまま残っている部分と、1つの作品の中の質感もさまざま。

そんな日々のなかで、〈アトリエコーナス〉がミッションとして掲げてきたもののひとつに「笑う」があります。

メンバーやスタッフが笑顔で一日を楽しく過ごし、「また明日」と笑顔で帰宅し、翌朝「おはよう」と笑顔で挨拶を交わす。そんな何気ない日常のなかにこそ、気持ちのよい場や関係性が生まれることを、長年の活動のなかで体験してきました。

アトリエ活動も、いい作品をつくることが目的ではなく、メンバーが笑顔で心地よくいられる場づくりの実践として存在しています。

ところで、今回紹介した「COLORNY」は、全国のさまざまなアート展や公募展に出展されることも多々。作品によっては購入も可能です。土谷さんの日々の活動の形を、ぜひその目で観てみてはいかがでしょうか。