触覚の世界の魅力ってなんだろう? 触覚にまつわる遊びを開発する「たばたはやと+magnet」 ふれる世界探索 たばたはやとの触覚冒険記 vol.03
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長年使い込んだお気に入りのタオルケットに触る。近所の銭湯であたたかい湯に浸かる。電子レンジであたためたコンビニ弁当を持つ。裸足で砂浜をはしゃぐ。久しぶりに会った大切な人と手をつなぐ、あの瞬間。
モノと人、人と人の間にしか成立しないふれるという感覚。ふれることからうまれる感覚・記憶は、私たちの身体を揺さぶり、豊かな世界が既に存在することを認識させてくれる。
しかし、触覚にまつわる体験を誰かに共有することは難しい。なんとか言葉にしても、あくまでそれは感覚の一部を言葉にしたにすぎない。ぴったり言い当てることはできないのではないかと思う。
そんな「触覚」の世界を探求しているのが、本連載で執筆を担当している触覚デザイナーのたばたはやとさん。
私は生まれたときから耳が全て聞こえず目もよく見えない、先天性盲ろう者である。コミュニケーション手段は弱視手話、触手話(手話を触って会話する)、少しだけ指点字などである。
私は触覚を使いながら言葉の概念を獲得した。そして、今も触手話や指点字など触覚を使ってコミュニケーションをしている。相手の手に触れることで、言葉の意味だけではなく、相手の気持ちが伝わってくる。(たばたはやと)
たばたさんは、インタープリターの和田夏実さん、発明家の高橋鴻介さんと共に触覚にまつわるさまざまな遊びを開発してきた。
たとえば『LINKAGE』。盲ろう者が主に使うコミュニケーション方法「触手話」の感覚から育まれたゲームだ。
たくさんの触覚カードの中から、さまざまなでこぼこ模様の違いを指の感触だけで見つけて神経衰弱などが楽しめるカードゲーム『たっちまっち』や、指で遊ぶジェットコースター『たっちコースター』もたばたさん、和田さん、高橋さんの協働によって生まれている。それぞれ触覚の世界をどう捉え、何を感じているのかたばたさんに進行をお願いしつつ、話を伺った。
思っていたよりも視覚情報に引っ張られていた
3人が出会ったのは2018年。和田さんが参加していた展覧会にたばたさんが訪ねたのがきっかけだ。その後、和田さんが高橋さんを紹介し、「触覚に焦点をあてたものづくり」がはじまった。そこで生まれたのが「たっちまっち」。でこぼこ模様の違いを指の感触だけで見つけて「神経衰弱」などが楽しめるカードゲームだ。
たばたはやとさん(以下、たばた):小さいときにいろんな体験をしました。山だったり海だったり川だったり、そこで触って、伝わってきた感覚、経験をもとにたっちまっちをつくりました。
(たっちまっちを触りながら)このカードは渦です。渦はぐるぐるした形になっています。こっちのぽつぽつしているカードは、ボタンをイメージしています。
たくさんの素材にふれながら、これまでの経験とカードの模様を結びつけカードにするものを選んでいきました。
高橋鴻介さん(以下、高橋):たっちまっちは、形がわかるだけじゃなくて、ふれる行為を通じて情景が思い出せるものです。
当時、はやとと会話したことを覚えているんですけど、その時期は、スキーの話をしていて、これまで、はやとが「雨」だと言っていたカードが、そのときは「雪」になったんです。あるときは「点字ブロック」と言っていたカードが「光」に変わったり。直近の体験によって、ふれたカードから想起するものが変わることに気づきました。
たっちまっちは、シンプルな形を意識してデザインしているのですが、抽象度が高いがゆえに、いろんなイメージが出てくるのがおもしろくて。
制作プロセスで、視覚的にはカラフルな板を触ったこともありました。はやとは「これ強い、痛い」と教えてくれて。見た目はファンシーな板なんですけど、触ってみるとそうではない。
なぜこんなに視覚情報に引っ張られているんだろう。知識としては知っていたはずなのに、視覚情報でバイアスがかかっていると実感しました。目の前にあるものに出会い直す感覚もあって。そんな気づきがたっちまっちの制作プロセスにはありました。
和田夏実さん(以下、和田):はやとと一緒になにかをつくるときや通訳に入るとき、一緒に言葉を探している感覚があります。
はやとのなかには25年の触覚の体験や記憶がある。たっちまっちをつくるプロセスでは、それらが多く呼び起こされている気がしました。
はやとが通う大学院の先生方と話をする中で言われたことも印象に残っていて。
「他のデザインの場合は、自分でかいたり、アイデアを1案、2案、3案とつくっていくプロセスが多い。はやとくんのデザインの場合は最初に100パターンとか200パターンとか、たくさんあって、そこから選ぶ。そういうつくり方ができるのが触覚デザインのプロセスなのでは」と。
ゼロから1を作っていくというよりは、ふれながら選ぶ考え方。世界の見え方が変わりました。
たぶん(取材場所である)この部屋にも何千、何万もの触覚情報がある。ハンガーとか、手すりとかカーテンとか、どう触るかでも変わるし、たくさんの情報があって。私は、これまでそこにふれてこなかった、あるいはふれたことを覚えていなかった。
でも、はやとと一緒になにかをつくったりワークショップをしたりするなかで、触覚の情報量とデサインの可能性を知りました。視覚優位に作られたものたちですら情報量が多いのだから、触覚優位でつくっていったときにどれだけ膨らむんだろうとワクワクしたんです。
たばた:次につくったのが「LINKAGE」ですね。触手話を知らない人でも、その感覚を体験できるものです。障害の有無に関わらず、聴こえる聴こえない、見える見えないに関わらずさまざまな人たちと楽しめるゲームです。
和田:相手の質感・温度感が指の圧力みたいなもので伝わる感覚を味わえるよね。
高橋:指と指で押し合いへし合いするだけなんだけど、意外と相手が考えていることが伝わるのがおもしろいゲームになっています。
触覚のおもしろさが伝えきれていない
高橋:たっちまっち、LINKAGEの制作プロセスを経て、触覚の情報量の多さにあらためて気づきました。一方で、まだまだ存在する触覚の世界のおもしろい部分が伝えきれていない、という感覚もあったんです。
和田:はやとが感じている体性感覚(※注1)、揺れとか、(身体を動かしながら)こういう感じ、この感じ、言語化が難しいんだけど、触手話のときの手の動きとその軌跡とか、空間性はこれまでふれられていなくて。
この感覚は、どう説明するのがいいんだろう。
※注1:表面感覚と深部感覚を合わせて体性感覚と呼ぶ。表面感覚には触覚、圧覚、温覚、冷覚、痛覚などがある。深部感覚には運動感覚、深部痛が含まれる。
たばた:私はいろんな場所で、道を歩くときに、街を感じています。たとえば足に地面がふれる感覚です。ごつごつ、ぼこぼこしていたり、坂があったり、まがりくねった道があったり、暗い道があったり。
そういった感覚を起点に「たっちコースター」が生まれましたね。
高橋:全国盲ろう者協会の方と話をしたときに、「『盲ろう者』のなかには、ジェットコースターが好きな人が結構いる」ということを聞いたのも一つのヒントになっています。
あとは、はやとから、電車に乗っているときの感覚を教えてもらったのも大きかったです。
たばた:電車で神奈川から東京方面に向かうとき、橋を通過します。そのときの揺れでどこにいるのかわかります。揺れから横浜駅に着くこともわかります。
車内の環境でいうと、小田急線とJRで手すりの形が違うので、その違いで、目的地まで間違えずに行けるんです。
渋谷駅と新宿駅は、複雑で迷う人が多いかもしれません。でも盲ろう者の私からすると、複雑じゃないんです。触覚で、その場所の空間や雰囲気、風や空気の流れを感じて、たどっていけばいい。そういう話を高橋さん、和田さんとしましたね。
高橋:さらにもう一つ、きっかけがあって。
紙をみんなで触っていたときに、凸凹とか、へこむ感じとか、こういう(たっちコースター触りながら)レールのしなりの上を触ったときに、うぃーんっと体性感覚を刺激される感じに気づけたんですよね。
たっちコースターを一緒につくったデザイナーさんが言っていたのは、紙を切って立ててガーって、逆らって進もうとすると反発があって、進む方向はこっちじゃないのがわかると。
そういう触覚の実験がたくさんあって、最終的に指で追っかけていく、指で遊ぶジェットコースターみたいだねって話が出たんです。
和田:はやとは、触手話で話しつつ、自分の頭のなかで体験を振り返るときに、相手がいないけど頭の中の体験を再生するように手話をするときがある。一緒につくりながら、そのときの手の動きやサイズ感、スケールに近いものがたっちコースターに反映できたんじゃないかと思いました。
たばた:私が街を歩くときの経験を反映させながらつくることができて、おもしろいです。
高橋:たっちコースターには三つのレールがあって、一つめは、「切る」。紙そのもののテクスチャを変えるような効果・行為。二つめは「折る」っていう弾力をつける行為。三つ目は「曲げる」っていう体性感覚に近いもの。
たっちコースターをつくる極意「三つのコツからつくってみよう」を提示しながら、いろんな方にも実際に体験してもらって。すると、テクスチャの部分に凝る人が多かった。用意されたレールだけではなく、別のところから素材を持ってきて貼り付けている人もいて、そこにおもしろみを感じている人もいたんです。
僕らとしては、たっちまっち、LINKAGE、たっちコースターの開発を経ていくなかで、三つの触覚の作り方が発見できたのは、よかったです。
和田:たっちコースターの遊び方は二つあると思っています。はやとが言ってくれたみたいに実際に歩いた道を自分の感じ方でつくる。もう一つは、自身の経験とは別に、ただただ触覚的な楽しさを求めて理想の遊園地を作る。
さらに今、はやとの手の動きをみながら思ったのは、自身の体性感覚を探したり味わったりする遊び方もあるのかなと思いました。
スピード、押す強さとか、そういう設定をつくって、いろんな人がつくったコースターを楽しんでみるとか。はやとは、これまでさまざまな触り方を獲得してきているので、たっちコースターをより楽しめるルールはつくれる気がします。
たばた:これからやりたいのは、たっちコースターの大きいもの、高さがあるものをつくりたいです。それはすごくおもしろいと思います。あとはつくりたいのは、コースターの曲げを支えるものがないので、高低差のあるものがつくりやすいような、支柱のようなパーツがあるといいなと思っています。
※この取材が行われたのが2022年11月。その後、2023年春には、新しい遊具を開発。手すりをハックした遊具『TOUCH PARK』だ。
わかる・わからないじゃなくて共に存ること
ーー触覚の世界を探求することや、個人の感覚にまつわるものを共有しようとする行為には「わからなさ」が常に存在するように思います。わからなさとどのように付き合っているのでしょうか?
和田:直近でいくつか触覚のワークショップがあったんですけど、わかる・わからないという矢印がお互いを向いてなくても、共に時間を過ごしているとか、世界に対して同じ喜びを共有している瞬間がたくさんあったんです。わからなさよりも世界に対して矢印が向いていて、そこで共に在ることを大切にしているのかもしれません。
同じ空間でそれぞれ自分の感覚を探求したり一緒に遊んだりすることが守られている。すると、どう過ごしていても自分が阻害されているという感覚は生まれにくい。
それぞれにみんな居て、関わり方があって、なんだろう、日々の生活にある「わかる」とは純度が違う、在り方、佇まいみたいなものを探索している感覚があります。
高橋:僕は、コミュニケーションは基本わからないことがスタートだと思っています。伝えたいことが伝わっているのかどうかは、正確には確認できない。でも、そういう状態のなかで共感できるポイントを見つけた瞬間がなんか楽しくて。
あるワークショップに参加してくれた方が、ふとした瞬間に手の動きでリズムをとって歌を歌っていたんです。その方がなぜそうしているのかはわからないんですけど、一緒に動いてみたときに、なんとも言えない心地よさとか、「なんだろうこれ!」って感覚があって。同じようになにかを一緒にやってみることで、「めっちゃおもしろい」ってなることが多いんです。そこではなにかを共有できている感覚があります。
LINKAGEをつくるときもそうだったんです。僕は触手話ができないけれど、相手とのやりとりを棒を介してやることで、心とか頭のなかで使ってなかった部分がぐっと刺激されて、「うああ世界って広い」みたいな。
和田:そうだね。身体が先にわかるじゃないけど、発見するとか、「ああ」っていう感じ、「これね」ってなる感じをたくさん共有できるよろこびがシンプルにある。
ーー田畑さんはいかがでしょう?
たばた:いろんな話がありましたよね、で、特に意見はありません。
一同:(笑)
Profile
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たばたはやと
触覚デザイナー
1997年東京生まれ、現在は横浜在住。先天性盲ろう者。第一言語は手話、コミュニケーション手段:接近手話・触手話・指点字・筆談など。武蔵野大学で社会福祉を学びながら、盲ろう者だからこそできる社会参加を模索中。趣味はマラソン・旅行・2人乗りのタンデム自転車。
Profile
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和田夏実
インタープリター
1993年生まれ。ろう者の両親のもとで手話を第一言語として育ち,大学進学時にあらためて手で表現することの可能性に惹かれる。視覚身体言語の研究、様々な身体性の方々との協働から感覚がもつメディアの可能性について模索している。近年は、LOUD AIRと共同で感覚を探るカードゲーム”Qua|ia”(2018)やたばたはやと+magnetとして触手話をもとにした繋がるコミュニケーションゲーム”LINKAGE”、”たっちまっち”(2019)など、ことばと感覚の翻訳方法を探るゲームやプロジェクトを展開。アーティスト南雲麻衣とプログラマー児玉英之とともにSignedとして視覚身体言語を研究・表現する実験、美術館でワークショップなどを行う。2016年手話通訳士資格取得。2017-2018年ICC インターコミュニケーションセンター emergencies!033 “tacit crelole / 結んでひらいて”。