福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】20名ほどの集合写真。前列の人の手に「せ」と書かれたカード【写真】20名ほどの集合写真。前列の人の手に「せ」と書かれたカード

行政とメディアで何ができる? 福祉のものづくり事業〈せせせ〉試行錯誤の3年──世田谷区×マガジンハウス せせせプロジェクト|こここラボ vol.05

Sponsored by 世田谷区〈せせせ〉

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地域で生み出されている逸品を、少しでも多くの人に知ってほしい。そんな思いで世田谷区がマガジンハウスに委託し、2022年秋にスタートした「自治体」「メディア」「福祉施設」が協業するユニークなプロジェクト〈せせせ〉

2023年にオープンしたECサイトは、新たな販売窓口の役割にとどまらず、福祉施設がクリエイターや企業との「輪」を広める場となっている。発足当初からECサイト構築だけでなく、セミナーやワークショップ、マルシェなどを通じて福祉施設を取り巻く大きな課題に取り組んできたからだ。

きっかけは、地域で働く人々の「工賃向上」に悩んだ世田谷区職員のアクションだった。障害福祉部と経済産業部、部署の違う区の担当者3名と、コラボレーションした〈こここ〉編集部が集まり、3年目となった〈せせせ〉を語る。

【トーク参加者】

・碓井健之(世田谷区 障害福祉部 障害者地域生活課)
・井上薫(世田谷区 経済産業部 工業・ものづくり・雇用促進課)
・山本隆康(世田谷区 経済産業部 経済課)
・岩中可南子(マガジンハウス こここ編集部)

【写真】人の手とカード。黄色と青の文字でデザインされた「せ」の文字が描かれている

世田谷区が抱える、工賃とものづくりの課題

――〈せせせ〉が始まる前、世田谷区にはどんな課題があったのでしょうか。

碓井健之(以下、碓井) 私のいる「障害者地域生活課」では、おもに区内の福祉施設の支援や就労の促進に取り組んでおり、かねてより工賃(障害のある人が作業した対価として得る報酬)の向上が課題でした。食品や雑貨など自主生産品をつくっている施設は、工賃をその売り上げから捻出しています。

世田谷区の工賃の平均額は東京都や全国の平均を下回っていたこともあり(*注1)、区主催のイベントや自主生産品のアンテナショップを通じて販路拡大も試みていましたが、なかなか平均を上回るまでに至りませんでした。そこで経済産業部に相談をしていました。

*注1:平均工賃の推移
・世田谷区:13,714円(2020年度)/15,392円(2021年度)/16,134円(2022年度)
・東京都:14,777円(2020年度)/15,563円(2021年度)/16,320円(2022年度)
・全国:15,776円(2020年度)/16,507円(2021年度)/17,031円(2022年度)

【写真】パソコン越しに話すうすいさん
世田谷区 障害福祉部 障害者地域生活課の碓井健之さん

――以前から部署をまたいで協働していたのですか。

碓井 はい。特に障害者雇用の現状については、日頃から相談しあう関係でした。「世田谷区障害者雇用促進協議会」の事務局も、障害福祉部と経済産業部などが担っています。

井上薫(以下、井上) 「経済産業部」では、障害福祉部から相談を受けて、ものづくりの魅力発信という面でも協力しています。自主生産品をつくる区内の障害者施設は約40カ所あり、世田谷区の製造業の約6%。これは比較的高い数字です。区の産業として育成することが経済活性化にもつながっていく、と考えていました。

【写真】こちらを向いて語るいのうえさん
世田谷区 経済産業部 工業・ものづくり・雇用促進課の井上薫さん

山本隆康(以下、山本) 経済産業部は、広く地域経済の活性化とそのための中小企業の支援をしていますが、私のいる経済課は井上のいる工業・ものづくり・雇用促進課とは別に、起業や観光事業などの支援を担います。私も区内の企業と組んでさまざまな事業の活性化を担当しています。

世田谷区の指針である「地域経済発展ビジョン」には、豊かな生活のためには地域課題や社会課題を産業の力で解決していく、いわゆるソーシャルビジネスやコミュニティビジネスの発展、といった意図も含まれます。中でも産業は、いろんな部門に横串を通せる分野。福祉はもちろん、例えばスポーツや文化などさまざまな分野とも連携できると考えています。こうした庁内の連携は常に意識していまして、〈せせせ〉にもスタート時から参加しました。

【写真】話すやまもとさんの横顔
世田谷区 経済産業部 経済課の山本隆康さん

〈こここ〉との出会いと〈せせせ〉の始まり

――なぜ〈こここ〉とコラボレーションを考えたのでしょうか。

碓井 以前より施設からは「各商品のプロモーションを強化したい」「効果的な売り上げにつなげたい」といった声が多くあったなかで、新型コロナウイルスの感染拡大も重なって、ECサイトの必要性を感じていました。ただオンライン販売のノウハウもなく、どのように展開していけば良いか悩んでいました。

井上 経済産業部では、ただ販売できるサイトをつくるだけではなく、商品が売れる仕組みづくりも視野にいれて協働できるところを探しました。そのなかで〈こここ〉を見つけました。

山本 行政の取り組みには「かたい」イメージもあると思います。そこを抜け出さないと、サイトをつくっても見てもらえないですよね。まず広く知ってもらうことが大事なので、〈こここ〉のようにデザインされたメディアのノウハウが必要だと考えました。

【画像】2022年度のせせせプロジェクトのスケジュール。10月にスタートし、3月にお披露目になったことがわかる

――〈こここ〉はウェブメディアなので、ECサイトをつくるイメージはあまりなかったと思いますが、実は制作部門も持っている。それを知ってもらえたのですね。

岩中可南子(以下、岩中) 〈こここ〉にはメディア部門のほかにラボ部門があって、スタッフも行き来しながらさまざまな団体と一緒にプロジェクトをしています。

世田谷区からの相談を受け、ECサイトを立ち上げて終わりではなく、長い目で商品のブランディングにつながるサポート体制が必要であることがわかりました。それで2023年3月のECサイト開設に向けて動き始めるとともに、施設向けセミナーやワークショップも開いていきました。

山本 ECサイト開設に合わせてマルシェも開催しましたよね。

岩中 1年目は怒涛の展開でしたね。9月から準備が始まったのですが、最初に各施設に訪問して課題や要望をうかがい、サイトの準備をしながら福祉の現場に何が必要かを模索していきました

【写真】メンバーのほうを向いて話すいわなかさん
こここ編集部の岩中可南子さん

個別の課題がよりクリアになった施設訪問

――施設訪問ではどのようなことをしていたのですか。

岩中 世田谷区職員のみなさんと一緒に、ものづくりの現場をまわりました。ECサイトに載るか載らないかはいったん置いておいて、どういう施設がいま何をしていて、どんな課題や希望があるかをヒアリングしました。2年目以降も継続的に施設訪問していますが、初年度は20施設ほど行っています。

碓井 普段、施設とのやりとりは書類や限られた現場だったりするので、私たちとしても日常に入っていくような訪問の機会はほとんど初めてで。施設の現状をより具体的に把握できたことが大きかったです。異なる課題があることはもともと把握していましたし、運営方針が違うのは当然です。でも、わかっていた「つもり」だったかもしれないと。

たとえば、職員体制、進めるスピード感がそれぞれ違うからこそ、次の一歩の踏み出し方もまったく異なる。うちの課は施設向けに工賃向上のセミナーを定期的にやっていましたが、そうした画一的なセミナーが果たして効果的だったかも見直すきっかけになりました。行政としてできるアプローチの方法やタイミングを丁寧に見定めないと効果がないですよね。

【写真】せせせの3つ折フライヤー。表に「せ」の文字が3つ、裏にプロジェクトの説明が書かれている

岩中 施設によって、取り組むべき課題の段階も違いましたよね。日々の支援で手一杯で商品の企画まで手が回らないとか、ものづくりはしているけれど販売には至らない商品があるとか。あとは「ものづくり」と一口にいっても、現場の支援活動の一環で一からつくっていたり、用意された作業を一定のペースで行うものだったり、仕入れたものをリパッケージしたりなど形態もさまざま。私たちもヒアリングしながら課題を見直して、「ほかの施設が何をやっているか知りたい」「商品の撮影や紹介文の執筆はぜひやれるようになりたい」といった声を受けて、ECの運営方法やセミナーやワークショップのプランも考えていきました。

井上 経済産業部としても初めての試みだったので、実際に話を聞いていろんなニーズがあることを自覚しました。現場を見ることで商品への理解も深まりましたし、経済産業部でつながりのある企業さんとの連携も具体的に想像できるようになりました。

ECという場の効果、見えてきた「区」の役割

【画像】6つのプロダクト写真が、カラフルなタイル状に並んでいる
2023年3月にオープンした〈せせせ〉ECサイト。世田谷区内の障害者施設でつくられている食品や雑貨、日用品、ファッション雑貨など、約80のアイテムを紹介・販売するページとしてスタートした

――実際にサイトをオープンして、施設側からの反応やみなさんの気づきなどありましたか。

井上 初年度に参加したのは23施設でしたが、ほかの施設との金額の比較ができるようになって、価格設定の悩みが出たという声がありました。それで2023年度は、価格設定のセミナーを〈こここ〉チームに企画してもらいましたよね。ECサイトという場を共有することで、意識の底上げや次のアクションへの盛り上がりが生まれています。

碓井 意識が高まると周知方法の悩みも出てきました。どうやったらこのサイトをもっと見てもらえるかと。〈こここ〉側のプレスリリースのおかげでページビューはある程度ありましたが、その年の7月から〈せせせ〉公式Instagramも展開しました。

岩中 リピーターをつくるために、リーフレットやステッカーの製作もSNSの活用と並行して行っています。

碓井 初めての試みに、〈こここ〉チームのみなさんと手探りで走りながら進めていきました。細かい打ち合わせを重ねるなか、ところどころで〈こここ〉プロデューサーの及川卓也さんが「世田谷区としてどうしていきたいかが一番重要じゃないですか」と言ってくださったのが印象的で。単純な見方をすれば、世田谷区がマガジンハウスに外注しているだけ。でもそうではなく「世田谷区が柱を持ってほしい」というスタンスで接してもらったことをよく覚えています。

岩中 振り返ると、世田谷区と民間の私たちがお互いの能力やすべき仕事をすり合わせながら動いたのが、最初の1〜2年でしたね。こちらが提案する施策も、本当にその内容が必要かなど事業所の声をその都度拾ってもらえたので、一方通行にならない安心感がありました。

進化するセミナー&ワークショップ

――ECの構築と並行して行ったセミナーやワークショップでは、具体的にどんなテーマを扱ったのでしょうか。参加者の反応などもお聞きしたいです。

岩中 初年度は全3回開催し、全国の事例を紹介しながら、ブランディングの考え方について学んだり、テキスト作成や撮影の方法をレクチャーしたりする機会にしました。執筆ワークショップでは、自主生産品の紹介テキストを宿題で書いてきてもらい、講師の方にみんなの前で講評もしてもらいました。ほかの施設がどうやって商品の紹介をしているかがわかって、お互いに学ぶことが多かったようです。

井上 プロの意見だけではなく、他の施設の人の意見や「いいね」といった評価や感想をきくことで、気づきが大きかったようですね。

岩中 事後のアンケートなども参考にしながら、2年目となる2023年度は、それぞれの施設のプロダクトについて意見を交換したり、プラッシュアップのアイデアをプレゼンしたりする場もつくっていきました。参加者と講師陣、あるいは参加者同士が対話できる時間を増やして、みなさんがより自分ごととして考えていける機会にと意識しました。

【写真】プロジェクターを使いながら話す岩中さん
2022年度「セミナー&ワークショップ DAY1」(2022年12月)より。〈こここ〉編集部から、「こここなイッピン」の記事制作を例に、商品開発の背景や見せ方のポイントなどを解説
【写真】付箋がならぶ机を十数人が囲んでいる
2023年度「せ会(せせせの互助会・交流会・報告会・勉強会)第4回」(2023年11月)より。ブラッシュアップ・ミーティングとして、それぞれの施設が自主生産品のこだわりポイントや課題をプレゼンし、参加している他の施設の職員が良い点や改善アイデアを挙げていった

――毎回、参加率はどのくらいなのでしょうか。

岩中 〈せせせ〉に参加しているうちの半分くらいの施設がレギュラーで出席しています。支援の業務が忙しくて出られないことも多いので、参加できなかった施設には動画や資料を共有しています。

碓井 時間帯なども工夫していますが、みなさんお忙しいので全施設の出席はなかなか難しいですね。あと、我々としてはなるべく和やかな空気をつくりたいなと思っています。ただ大きな会議室でやるので、いつも最初はちょっと緊張した雰囲気になりますね。

岩中 なので、せめて名前だけでもかわいくしたいなと、2023年度から「せ会」という名前にしています。「交流会」「講習会」「セミナー」とかだとちょっとかたいので。みなさん静かに聞いてくださっていますが、アンケートは毎回「大満足」と熱いコメントが書いてありほっとします。

井上 セミナー終了後は、列をつくって講師に質問している姿もありましたよね。

碓井 そこで出た意見を施設に持ち帰って、次の「せ会」で「うちではこんな意見がでたんです」と話されていたのがうれしかったです。

岩中 ディスプレイワークショップも盛り上がっていましたね。高さを出すとか、こんな看板があるといいとか、ディスプレイグッズを紹介してもらったりしました。

【写真】小さな階段をつくり、その上に商品をならべようとしているところ
2023年度「せ会(せせせの互助会・交流会・報告会・勉強会)第3回」(2023年10月)より。実際の施設のアイテムを元に、講師が魅力的な販売ディスプレイのつくり方を実演した

山本 みなさん、早速次のマルシェのときに実践していました。マルシェは広く〈せせせ〉のことを知ってもらう場であると同時に、「せ会」で学んだことを披露したり実験したりする場にも自然となっていますね。

区民が福祉に触れる、新たな入口としての「せせせマルシェ」

――「せせせマルシェ」は毎年1回のペースで開催されていますよね。

碓井 三軒茶屋と下北沢を結ぶ茶沢通りという人通りの多い場所でやっています(*注2)。通行する人もいろんな人がいて、私たちがやっている販売会に来るお客さんとは層が全然違うのです。〈せせせ〉自体が、福祉に触れる機会がない人にも知ってほしい、というコンセプトなので、マルシェの立地環境もそれを体現することを意識しました。

*注2:三軒茶屋ふれあい広場(Map)。本年度は2025年3月16(日)に開催予定

岩中 利用者さんが直接店員さんになって、お客さんと触れ合えるのもいいですよね。実は〈こここ〉も編集部が出店して、お茶やジュースを出しました。出店者の半分くらいはお菓子を売っていたので、こここ編集部のコーヒーを飲みながら買ったお菓子を食べてもらったりして。

山本 飲食は滞留時間が長くなって売り上げにつながるので、ありがたかったです(笑)。

【写真】せせせマルシェの大幕がさがるアーケードに、左右にたくさんのブースがならぶ。大勢の人が行き交っている
【写真】屋外でコーヒーを淹れる岩中さん。向かい合うお客さんが、せせせのリーフレットを手にしている

岩中 あと、施設のスタッフさんや利用者さんもお客さんとして遊びに来てくれた人が多かった。自分のつくったものが売れているかな、ほかの事業者がどんな商品を売っているんだろうなどと見て回っていて、施設間の交流の場にもなっていました。

井上 マルシェの感想として「自分たちがつくったものが売れるのは次のモチベーションにもつながる」という話もありました。また、私も当日は呼び込みのお手伝いをしていましたが、入場しないまでも「せせせだって〜」と言って通り過ぎる人たちの姿もあって。何か引っかかってもらうこと自体が次につながるのかなと思います。

山本 そもそも〈せせせ〉というのも語感がよくて、いい意味で引っかかりますよね。

岩中 「世界につながる世田谷製品」の頭文字ですが、実は後付けです(笑)。こちらからいろいろと案を出したなかで、一番採用されないだろうと思っていた〈せせせ〉になりました。編集長の中田が「本当に『せせせ』でいいんですか!?」と聞いていましたよね。

井上 「一番インパクトのある、このくらいキャッチーなネーミングがいい!」と強く推しました(笑)。頭に残る言葉だし、コラボ事業であることも伝わるので、すごくしっくりきています。

【写真】せせせのロゴが多数のったシール台紙

「行政×メディア」のつくる場から、何が生まれるか

――「せ会」でも「せせせマルシェ」でも、施設同士の交流が生まれていると話がありました。普段はなかなか交流の機会はないですよね。

碓井 十数施設が一同に会する場は貴重なんです。いい刺激になっているはずだと思います。そのなかで、施設同士のコラボレーションの話も生まれています。

岩中 藍染製品をつくっている施設が、別の施設が売っているコーヒーのドリップバックを藍染の巾着に入れてセット販売する、といった事例も出てきていますね。

碓井 コラボレーションは売り上げ管理などの面で信頼関係や密な連携がないとうまくいかないので、そこを乗り越える企画が出ているのは一つの成果です。ほかにも施設側から別の企画の話が出ていたりして、盛り上がりを感じています。

【写真】岩中さん、碓井さん、井上さん、山本さんの座談会中の笑顔

井上 また、施設と企業の連携も生まれています。無印良品さんに〈せせせ〉の紹介をしたところ、「店頭で区内の福祉施設のものづくりを紹介し販売できる」という話があり、現在、月の半分くらいは施設がポップアップショップを出店しています。それから、ECサイトを見た企業からの大口の注文も増えています。たとえば地域イベントの参加者に配布するお菓子とか、ヤマト運輸さんはキャンペーンのプレゼントに利用したり。

岩中 知らない施設の門を直接たたくのは勇気がいりますが、世田谷区がやっている〈せせせ〉となら連携もしやすい。今後も企業を呼んで、ビジネスマッチングの交流会なども積極的に開いていきたいと考えています。

――今回、みなさんには「行政×メディアで何かできるか」というテーマで集まってもらいましたが、メディアはもちろん行政も媒介者なのだ、と改めて感じました。異なる媒介者と媒介者が関わることで、そこに入れる人が増えていく。そのスキームをつくってきた3年間だったんですね。

岩中 そうかもしれません。今年度開催した「せせせクリエイティブキャンプ」では、2日にわたり福祉のものづくりフォーラムや講座を行いました。世田谷区内の障害者施設に勤務する人だけでなく、クリエイターに限定した募集枠もつくったことで、新たに講師や参加クリエイターと〈せせせ〉の参加施設がマッチングをした例もあります。クリエイターも施設もお互いに出会う機会の少ない業種ですので、こういう機会をうまく利用してほしいし、そのきっかけを増やすのも私たちの大事な役割だと感じています。

【写真】中央のスクリーンをはさんで、左右にパネリスト、手前にお客さんが多数座っている
2024年6月に開催された「せせせクリエイティブキャンプ」より。「DAY1 福祉のものづくりデザインフォーラム」ではゲストを招いたクロストークが行われ、福祉関係者以外に、デザイナーやライターなども多く集まった

さらに輪を広げ、関わる人が誇れるブランドに

――3年目に入っても、事業の形がどんどん進化していますね。

碓井 直接〈せせせ〉と関連する事業ではありませんが、区としては数年前にやっていた、障害者施設に対する補助事業(*注3)も再開しました。東京都の補助事業は就労継続支援B型に対してだけですが、世田谷区では、生活介護や就労継続支援A型も含め、工賃向上に取り組む多くの施設にサポートしたいと考えています。

再開に向けては、一部内容も更新しました。たとえば金額を拡大し、広報・PRに使える項目を追加しているんです。「クリエイティブキャンプ」や「せ会」でも案内をしているので、ぜひ積極的に活用してほしいですね。

*注3:世田谷区障害者施設受注拡大・工賃向上推進事業:障害者施設で働く障害者の経済的自立を支援するため、施設における作業の受注拡大及び施設で作業を行う障害者の工賃の向上を図る目的で施設が行う設備整備や、レシピ開発等の取り組みに対し、助成を行っている

――最後に、みなさん自身の今後のビジョンや思いを教えてください。

碓井 〈せせせ〉や補助事業を通じて、次のアクションを起こす施設を増やしていきたいと考えています。前向きに動く施設が増えることで、こういう方法もあるんだとか、あの施設がやるならうちもやろうとか、お互いの刺激になる。その輪を広げていきたいです。そして目指すは、〈せせせ〉を世田谷のブランドとして確立すること。「うちは〈せせせ​​〉やってるよ」と参加施設が誇りに思えるプロジェクトに育てていきたいですね。

山本 〈せせせ〉のなかでリーディングカンパニーのような事業者が誕生するといいなと思っています。ほかの自治体でもこうした取り組みは広がってほしいので、どんどん事例を発信していきたいですね。それから、庁内でもまだ知らない人は多いので、ほかの部署にも広げていきたい。自分たちの部署だけで考えている課題が解決できるきっかけになるかもしれません。庁内のなかでも発信していきつつ、連携を増やしていくと、もっといろんなことが解決していくと考えています。

【写真】座談会中の4人。笑顔で話し合う

井上 みんなが〈せせせ〉を知ってもらえるような発信をしていきたいです。私は〈せせせ〉でよくお菓子を買っていますが、どれもおいしいです。「福祉だから選んだ」ではなくて、「おいしいから選んだ」と、良いものが売れる状況をつくっていきたいと思っています。単純に知ってほしい、売り上げが伸びてほしい、というのもありますが、関係人口が増えることで課題を共有できるメリットもあります。あくまで我々は媒介者ですが、そうしたスパイラルによって最終的に自律的な売り上げ向上、工賃向上につながっていくのだと思います。

岩中 メディアは媒介ですので、ウェブだろうがイベントだろうが、あらゆる手段で自分たちが大事だと思うことを伝えるのが本来の役割。最初に山本さんから「産業は横串を通しやすい分野」という話がありましたが、福祉も横串を通しやすい分野であり、そこに出会う入口をたくさんつくっていくのも〈こここ〉のミッションだと考えています。今後は、〈せせせ〉をより多くの人に伝えつつ、私たちがいつか抜けても継続的にまわっていくための仕組みづくりをやっていきたいです。さきほどのビジネスマッチングの会もそうですし、企業と事業所、クリエイターとの出会いの機会も増やし、マッチングが自然とおこる仕組みができるといいなと思っています。

――〈せせせ〉は、工賃向上のためのECサイト展開という単純な構図ではなく、商品販売のためのノウハウや知識を学び、同業者や異業種とも交流しながら、新たな出会いを獲得しています。それが施設運営のエンパワーメントにつながっていくのだと思いました。ぜひほかの自治体の先行モデルになるといいなと。本日はありがとうございました。

【写真】立ち姿でこちらを向く、井上さん、碓井さん、山本さん、岩中さん

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連載:せせせプロジェクト|こここラボ