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今なぜ、対面で“遊ぶ”のか? 能力主義を乗り越える一冊『ボードゲームで社会が変わる 遊戯するケアへ』
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書籍『ボードゲームで社会が変わる 遊戯するケアへ』の書影
著者:與那覇潤 、小野卓也(河出書房新社)

ボードゲームの本質を問う対談&対戦記。名作も多数紹介

若い世代を中心に、近年ボードゲーム(通称“ボドゲ”)の人気が高まっています。『人生ゲーム』や『人狼』『モノポリー』『カタン』などに代表される、複数人で集まって、盤面やカードなどを囲みながら遊ぶアナログゲームです。

行くだけで気軽に“ボドゲ”で遊べる「ボードゲームカフェ」も、2023年は新たに45店舗がオープンするなど、年々増加傾向にあります(※注)。また、デイケアなどの福祉の現場で、プログラムに組み込まれる機会も増えています。

(※注:ボードゲーム情報サイト『Table Games in the World』調べ

そもそも、この“ボドゲ”の魅力とは、いったいどこにあるのでしょうか。

さまざまなゲームの中には、もちろん勝負を競うものも多くありますが、一方で全員でゴールを目指すものもあります。真剣に遊びながらも、勝ち負けにかかわらず健闘を称えあったり、ルールがわからない人に助け舟をだしたり。共通の話題やつながりがなくとも、「ひとつのゲームを囲むこと」から自然とやりとりが生まれ、なにげない利他的な行動が働くからこそ、多くの人が楽しめるのかもしれません。

2023年11月、〈河出書房新社〉より発売された新書『ボードゲームで社会が変わる 遊戯するケアへ』は、近年の流行についての分析や、往年の名作ゲーム解説を通じて、ボードゲーム体験の「本質」を問う一冊です。「能力至上主義」ともとらえられる現代社会の中で、対面で一緒に遊ぶことがどんな効能をもたらすのか、さまざまな角度から考え「ボードゲームを思想にする」ことを目指して著されました。

著者はボドゲに助けられた評論家とボドゲジャーナリスト

本書の著者は、ボードゲームをこよなく愛する與那覇潤さんと小野卓也さん。

著作に『知性は死なない 平成の鬱をこえて』(文藝春秋)や『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』(斎藤環さんとの共著/新潮社)などがある與那覇さんは、東京大学大学院博士課程修了後、公立大学の准教授を務めていました。学者時代の専門は日本近代史でしたが、双極性障害にともなう重度のうつにより大学を退職。2015年の療養期間中にリワークデイケアのプログラムで出会って以来、回復を助けてくれたボードゲームの意味について考えてきました。

一方の小野さんは、寺院住職とボードゲームジャーナリストのふたつの顔を持ちます。後者ではボードゲームに関する世界のトピックを扱ったニュースサイト『Table Games in the World』を20年近く運営しながら、記事の執筆や、ルール翻訳なども手がけています。著作に『ボードゲームワールド』(スモール出版)、訳書に『ゲームメカニクス大全 ボードゲームに学ぶ「おもしろさ」の仕掛け』(翔泳社)があります。

“テーマが「ボードゲーム」一択なのに毎日更新される驚異のサイト”、と與那覇さんが評する『Table Games in the World』

今回、與那覇さんがケアの現場で出会ったボードゲームの素晴らしさを伝えるにあたり、世界の事情に精通する小野さんへ声をかけたことから本書の内容が実現。與那覇さんのアイデアをもとに構成を練り、そこに専門家である小野さんの視点を加えつつ取り上げるゲームを選定しました。

また、本書に寄稿者としても登場する多様な人々と実際にさまざまなボードゲームで遊びながら、4年をかけて、人の属性や能力差を解き放っていくボードゲームの魅力について考えていきました。

現代社会のなかで、遊戯であるボードゲームが教えてくれるもの

本書は5つの章で構成されています。第1章は、小野さんと與那覇さんの対談です。今日までのボードゲームのあゆみや国内動向などを紹介しつつ、なぜ対面で遊ぶことが重要なのか、プレイ中に自然と生まれる利他的な行動に注目しながら考えます。

また、人々を目的意識から解放する「遊び」の力について、仏教の遊戯(ゆげ:自然体で、当たり前のことのように軽く営む善行)という考え方を参照しながら考えていきます。

小野 遊びだからこそ「どんな人でも」来てよくて、歓迎してもらえて、しかも相手も楽しんでいるから気兼ねしないでいい。昔なら、寺院をはじめとした宗教施設がそうした場所として機能しましたが、いまそれを復活させるのは難しい。

だったらボードゲームという遊びが、学校や職場、家庭やご近所のつきあい、各種のサークルなどに入っていって、少しずつそれらを書き換えてゆく。その先に、どんな場所にいても孤独になったり、疎外感を抱かされたりしない社会を考えたいと思うのです。

(P.41)

第2章は、さまざまな有識者をゲストに招いた6つの対戦記集です。與那覇さんによる作品解説のあとに、書評家の三宅香帆さん、近現代史研究者の辻田真佐憲さん、経済学者の安田洋祐さん、文化人類学者の小川さやかさん、ノンフィクション作家の安田峰俊さん、国際政治学者の三牧聖子さんによる体験記が続きます。ゲストごとに、各専門分野へ関係が深い題材のゲームをプレイしているのも特徴です。

たとえば国際政治学者の三牧さんなら、地球環境問題の解決にむけてプレイヤーが各国の代表となり他国と交渉する『京都議定書』を遊ぶなかで、利己と利他の間で逡巡する人間について思いを馳せます。

『京都議定書』(販売元:ホビージャパン ©︎ 2020 Deep Print Games GmbH.)
與那覇さんや三牧さんらが『京都議定書』をプレイしたとき使った国旗の衝立と、それぞれの政府を操るロビイストを表す「課題カード」

文化人類学者の小川さんがプレイしたのは、セレブになりきって他プレイヤーと優雅で苛烈なオークションを繰り広げる『ハイ ソサエティ』。運の要素も大幅に絡むこの作品に、小川さんは社会のあり方を次のように重ねます。

個々の人生に努力や才覚ではままならない運・不運があることを皆が了解する社会は、すべての成功や勝敗を個人の資質や努力に還元したり、すべての失敗を個人の自己責任に帰したりする態度に歯止めをかける。

(P.105)

第3章は、再び小野さんと與那覇さんの対談形式に戻って、多様でバラバラな人々に「一緒にいられる体験をもたらすもの」であるボードゲームの可能性について語り合います。與那覇さんは「ぼくは多様性のある社会をめざす上で、最後に残る困難は『メリトクラシー』(能力主義)だと考えています」と前置きし、「親ガチャ」を例に挙げつつ、物ごとを単純に二分化する「デジタルな思考法」から離れる提案をしていきます。

與那覇 現実の社会がいま、あまりにも「実力と運」とを両極端の存在のように理解して、自力でコントロールできない偶然(親ガチャ)については「あがいてもムダだから、もう諦めよう」と。そうした空気に覆われてしまっています。

これに対してボードゲームが教えてくれるのは、「完全な運」と「完全な実力」の間にはグラデーション(濃淡を持った連続性)があり、もしプレイの最中にどちらかに偏ったとしても、修正する方法がいくつもあり得るということです。

(P.168)

第4章、第5章は各著者によるコラム仕立ての内容になっており、與那覇さんはボードゲームに出会ったリワークデイケアでの経験について、小野さんは多彩で奥深い作品群について語っています。

あなたはどんなゲームで遊びますか?

〈こここ〉でもこれまで、ジェスチャーで伝え合う『MUTERS』や、社会的孤立を協力して乗り切っていく『コミュニティコーピング』、妊娠から育児期間をシミュレーションする『サンゴクエスト』などのボードゲームを紹介してきました。

これらのボードゲームは福祉や社会課題に立脚しているものも多いですが、本書のような視点をもって眺めると、「社会課題を解決しなくては」という目的意識で遊ぶ人は少ないだろうことにも気づきます。誰もが目的を一旦忘れて楽しめるゲームだからこそ、気が付くと自然に他者の立場を体感できていく。そんな“遊戯”の可能性を〈こここ〉でも、今後も取り上げていけたらと思います。

『ボードゲームで社会が変わる』の巻末には、お二人による買い方ガイドも添えられています。ゲームの購入方法や、買う前と後で気を付けること、シチュエーション別のおすすめゲームなど丁寧に紹介されており、“ボドゲ”をこれから始めようと思っている方は、ここから遊ぶ作品を選んでみてもいいかもしれません。

本書に出てきた作品をすでに遊んだことがある人や、今まさに遊んでいる人も、さまざまな人による対戦記を読むことで、自分とは違ったゲームの楽しみ方に出会える、いい機会になるのではないでしょうか。