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7つの切り口で「健全な緊張関係」を描く、書籍『デザインと障害が出会うとき』
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【画像】書影
株式会社オライリー・ジャパン発行『デザインと障害が出会うとき』(Graham Pullin 著、小林茂 監訳、水原文 訳)

分野や背景を超えた「協働」の手がかりとなる一冊

2009年に〈マサチューセッツ工科大学出版局(The MIT Press)〉から出版された書籍『Design Meets Disability』。これを1冊丸ごと日本語に翻訳した『デザインと障害が出会うとき』が、2022年3月に発売されました。

デザイン・工学・障害といった異なる文化が交差することで、何が生まれるのか。さまざまな対話と実践事例を通じて、その可能性を解きほぐしていく一冊です。

原著者は、世界有数のデザインコンサルティング企業〈IDEO〉などでデザイナーとして活躍してきたGraham Pullinさん。Pullinさんはイギリスの〈ダンディー大学〉でインタラクションデザインやプロダクトデザインを教えながら、音声言語以外を用いて表現力を高めるコミュニケーション装置についても研究してきました。翻訳を水原文さん、監訳を小林茂さんが担当しています。

【画像】本文p78・79。左ページに義手をつけた人の写真、右ページに「ファッションを取り込む」の小見出しと文章
本書では多数の写真と共に、実際のデザイン事例とその過程が紹介されている(株式会社オライリー・ジャパン提供)

すでにデザインや工学を学んでいる方はもちろん、多様な人々から構成されている組織でのプロジェクトに関わる方や、異なる分野や背景を持つ人と協働するための手がかりを探している方、イノベーションのヒントを求めている方などに新たな気づきをもたらせたら、と制作されました。

立場や視点の違いから生まれる「健全な緊張関係」と、デザイナーと障害の新たな「出会い」

異なる文化、価値観、方法論などが出会うときには、何らかの「緊張関係」が生じるものです。特に、相反した立場を持つ人同士で協業する際、どちらにも絶対的な優先度を与えることができなかったり、目的へ至る「手段」が一致しなかったり。役割の違いから、そもそもの「文脈」や「心構え」が変わってくることもあるでしょう。

本書の前半ではそうした「緊張関係」を、《ファッションと目立たなさ》《探求と問題解決》《シンプルとユニバーサル》《アイデンティティと能力》《挑戦と感受性》《感覚とテスト》《表現と情報》の、7つの切り口でそれぞれ考察。一見相反すると考えられているものが「交差」することで、どのような食い違いが起き、それがプロジェクトにどのような影響を与えていくか解説していきます。

緊張関係が生まれる場面では、シリアスな状況ゆえに急いで解消を目指したり、包摂するようなものを設定したりすることが多いかもしれません。しかし本書では、そうした状態を「健全な緊張関係」へと発展させる対話の大切さが繰り返し語られます。

相反するからこそ、異なる力や役割、方向性を与えることができたり、コミュニティを融合させる新たなエネルギーやアイデアが生まれたりすると考えているからです。

【画像】本文p62・63。左ページに眼鏡の写真、右ページに「補聴器」の小見出しと文章
医療器具からファッションアクセサリーに進化を遂げた「眼鏡」などを例に挙げる、《ファッションと目立たなさの交差》の章より。医療器具において「目立たなさ」が最良とされがちな通念に異議を唱え、デザイナーが果たせる役割を模索していく(株式会社オライリー・ジャパン提供)

さらに本書の後半では、18のデザイナーとプロダクトの新たな「出会い」が綴られます。

例えば、成長不全のある人のための「脚立」の設計を、家具デザイナーの安積朋子さんに依頼する《安積朋子、脚立と出会う》の章。この対話では、折りたたみ式のステップのデザインを通じて、背の高さで誰かを排除せずにすむ商品ができないかを模索していきます。

【画像】本文p256・257。見開きにラフスケッチ
「脚立を開く」という行為が周りの人に与えるだろう影響や本人の満足感を考え、ディティールまで気配りしながらデザインする安積さんのメモ

《Vexed、車いす用ケープと出会う》の章では、ファッションブランド〈Vexed Generation〉の創業者Adam ThorpeとJoe Hunterが、車椅子ユーザーでない人にとっても「絶対に持っておきたい」一着を目指し、デザインを行います。対話の中では、都市におけるモビリティとして、車いすを自転車やスクーターと同等に位置付け、物体のためのデザインと人のためのデザインを統合することができないかを考えます。

【画像】本文。見開きにラフスケッチ
乗り手の感受性を理解しつつ、モビリティ自体への知識を持つことが必要と考えた〈Vexed Generation〉のAdam ThorpeとJoe Hunterによるリサーチのメモ

また、18のうち11の出会いは、著名なデザイナーたちがとあるプロダクトに「もしも出会っていたらどうなるのか」を仮定したもの(チェアデザイナーの《Jasper Morrisonが車いすと出会ったら》、〈Apple〉元CDOの《Jonathan Iveが補聴器と出会ったら》など)。そこから生まれる可能性について、筆者が想像力をもって描く刺激的な内容になっています。

新たな「議論のきっかけ」を目指し、13年越しの日本語訳が刊行

こうした「障害に向き合うデザイン」に関われるのは、本書が刊行された2009年には一部のデザイナーのみだったといいます。しかしその後、スマートフォンの普及やプロダクトのサービス化が進み、安価な3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機械も普及。「障害に向き合うデザイン」に関わることのできる人が増えるなか、新たな議論のきっかけを生むことを目的に、2022年に日本語訳が刊行されることとなりました。

その際、オライリー・ジャパンが本書を発行するうえで、原著に追加された部分が2つあります。

1つは《日本語訳へのまえがき》で、原著者であるGraham Pullinさんが2009年から2022年へのアップデートとして、プロジェクトの進展や気づきを書いた部分です。テクノロジーや障害をとりまく環境の変化を具体例を挙げて紹介しつつ、日本の伝統的な感性や美学と本書のメッセージが結びつく世界への期待が、およそ20ページに渡って記されています。

もう1つは《監訳者解題》で、監訳を務めた小林茂さんが寄せた文章です。「障害に関心を持っている人だけを対象にした本」ではなく、多くの方にとって視野を開く可能性があることに言及しています。

一口に「障害」や「障害のある人」といっても実に多様であるという現実に直面すると、どのように進めていいかわからなくなることがあるだろう。あるいは、簡単に解決できると思った問題が、いざ取り組んでみると見えていたのは単なる表層でしかなく、その背後に大きな問題が隠れていたことに気付くこともあるだろう。そうしたとき、本書で紹介されているさまざまなプロジェクトを参照することにより、自分のプロジェクトを推進するためのきっかけを得られるかもしれない。」(監訳者解題より引用)

2022年3月26日には、出版記念オンライントークイベントが開催。著者のGraham Pullinさんに対し、3名のコメンテーターが書籍の感想を話しながら質問を投げかけていきました。モデレーターを小林さんが務めたこの動画は、「Make: Japan」のYouTubeチャンネルから誰でも視聴することができます。

コメンテーターとして登壇したのは、デザインと社会の関係性を批評的に考察し、ファッション批評雑誌「vanitas」などの多様なプロジェクトの企画運営に携わる水野大二郎さん、「障害は世界を捉えなおす視点」をテーマに、 カテゴリーにとらわれないプロジェクトを企画するキュレーターの田中みゆきさん、父の失読症をきっかけに、文字を読み上げるメガネ「OTON GLASS」を発明した〈株式会社オトングラス〉代表取締役の島影圭佑さん

Pullinさんからは、質問への返答などを通じて本書に載っていない最新のプロジェクトである「拡張コミュニケーション」の紹介、「文化の盗用」に対する意見の交換、こここなイッピンでも紹介している『幻想妄想かるた』を事例とする「一緒につくるデザイン」の話も展開されています。

『デザインと障害が出会うとき』やPullinさんについてもっと知りたいと思った方や、日本でデザインや障害に携わってきたプレイヤーの視点に触れたい方にとって、本書の見方を得るヒントになるかもしれません。書籍と一緒に是非お楽しみください。