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人のためだけでなく、人とともにデザインする。社会起業家・田中美咲さん『非常識なやさしさをまとう』出版
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書影
『非常識なやさしさをまとう - 人とともにデザインし、障がいを超える』(ライフサイエンス出版)

「オール・インクルーシブ」に向かう起業家の、思考と実践をたどる一冊

東日本大震災をきっかけに誕生し、防災の普及に貢献した〈防災ガール〉。身体や好みに合わせ、1600種類のパターンからサイズ・仕様・丈などをカスタマイズできる「オール・インクルーシブ」なファッションブランド〈SOLIT!〉。

さまざまな社会課題に向き合うなかで、多くの人を巻き込み、事業を生んできた起業家・田中美咲さんの著書『非常識なやさしさをまとう』が、2024年7月に出版されました。

世界最高峰のデザイン賞も受賞した田中さんの、「サステナビリティ」や「インクルーシブデザイン」の捉え方、組織づくりのプロセスなどを、幼少期から今に至る思いとともにまとめた一冊です。各章の間には、〈防災ガール〉時代からともに活動する中西須瑞化さん、女性起業家として交流のある秋本可愛さん、ブラインドコミュニケーター石井健介さんとの3つの対談記事と、著名クリエイターなどによるコラム4編も収録されています。

【写真】審査員と思われる男性の横で、SOLITをまとい、トロフィーを掲げる女性
2022年、世界3大デザイン賞のひとつ「iF DESIGN AWARD」でゴールドを受賞した田中美咲さん(右)

田中美咲さんと〈防災ガール〉〈SOLIT!〉

2011年に大学を卒業後、大手インターネット広告代理店を経て、東日本大震災の復興に携わることになった本書の著者、田中さん。

「防災があたりまえの世の中に」を掲げ2013年3月11日に設立した〈防災ガール〉では、苦悩をしながらも、ウェブメディアでの発信事業、行政と協働した啓発、企業との防災グッズ開発、さまざまな研修の実施など多岐に活動を広げ、自身初の起業ながら大きく注目を浴びました。

【写真】海岸の堤防上で大きなオレンジの旗を振る2人の後ろすがた。どちらもオレンジのシャツを着ている
津波防災の普及啓発として製作したオレンジフラッグは、自治体や地域住民を巻き込む「#beORANGE」プロジェクトの一環で生まれた

2018年に「世界のメディアが選ぶ女性起業家」世界一に選ばれるなど勢いに乗るなか、2020年には防災文化のさらなる発展のために、一般社団法人化していた〈防災ガール〉を解散。事業を6つの団体に託し、自らは社会課題に特化したPR会社〈株式会社 morning after cutting my hair〉を立ち上げ、さまざまな組織を支援するようになります。

同時にファッションへも興味を抱きはじめ、車椅子ユーザーでもある友人の話を聞くなかで「誰でも心地よく着られる服」をつくりたいと考えるようになった田中さん。1600種類のパターンオーダーに応えるファッションブランド〈SOLIT!〉では、障害のある人の服選びの困難を解決するだけでなく、当事者を巻き込んだデザインプロセスや、地球環境に配慮した受注生産体制も生み出し、国内外で高い評価を獲得しました。

『非常識なやさしさをまとう』

本書『非常識なやさしさをまとう』は、そんな田中さんの35年間の軌跡と実践知をまとめた、自身初の著書です。

全8章のうち前半1〜4章に描かれているのは、幼少期から起業前までの「周囲と折り合えない」葛藤、〈防災ガール〉の急拡大や内部炎上による苦しみとそれを乗り越える組織づくり、そして〈SOLIT!〉の着想や展開などの実体験。活動の変遷が細かく記されるなかに、社会課題に向き合う田中さんの思いや、その時々のチームの姿が浮かび上がってきます。

一人でジャケットを着た友人は、「こんなに気持ちよく服が着られたのは初めてだ」と呟いた。その瞬間、現場の温度が確実に上がった。
たった1枚のジャケットが、人に感動をもたらすこともあるのだ。場の高揚感が、わたしたちを包んだ。このジャケットは車椅子の操作がしやすいよう可動域を広げるために脇にマチをつけ、前かがみになっても胸元が開き過ぎてはだけないように、ボタンの位置を4cm程度上げたのだった。この試作品が世界で名を轟かすことになるとは、まだ誰も知らなかった。

(「第3章 言葉にならない想いを形にする」p.86)

一方で5章からは、運営する〈SOLIT株式会社〉における「サステナビリティ」の捉え方や、「ダイバーシティ&インクルージョン」を前提とした組織づくりについて考察がなされます。さらに、課題を抱えた当事者の“ために”つくるのではなく、“ともに”生み出していく「インクルーシブデザイン」の意義についても語られます。

デザインの持つ政治性、生み出されたプロダクトが一人歩きしていくことの責任などを踏まえて、この時代のつくり手として何を意識すべきか。歴史や文化を学びながら、自分の中に倫理観をもって多様な人々と関わり続けるにはどうすればいいか。

田中さんの視点は、今まさにソーシャルデザインを実践しようとする人にとって、一つの道標になるはずです。

何事も「理解し切る」「分かる」といった領域に至ることは決してないと言える。
ただ、ここで確実に言えるのは、わたしたちは「分かろうとする」「理解しようとする」姿勢によってお互い配慮し合うことができるということだ。それによって、傷つけ合う関係になることを未然に防ぐことは可能になるだろう。

(「第6章 人のためだけでなく、人とともにデザインする」p.183)
【写真】車椅子ユーザーの方のそばにしゃがみ、話をする田中さん

『非常識なやさしさをまとう』の中で田中さんは、今の社会の状態を「行き過ぎた資本主義」と表します。そして、「二分論や中心主義をもとに政治・経済システムをつくり上げた」ことが、格差や不平等が広がっていると指摘しています。

そんな時代の中で、未来に向けポジティブなシナリオを描くために、私たちに何ができるのでしょうか。どのような問いをもつことが、目の前の人の課題を解決していくことになるのでしょうか。

今の社会の状態にモヤモヤしている方、ビジネスの前線にいる方、社会起業に興味のある方、田中さんの実践の源泉に触れてみたい方……多様な人の心に届きうる一冊です。ぜひ一度手にとってみてください。