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家族、恋愛、SNS……10代の心を「バウンダリー」で守る。鴻巣麻里香さん新刊『わたしはわたし。あなたじゃない。』
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『わたしはわたし。あなたじゃない。』表紙画像

「私が私である」のは、あなたに与えられた“権利”であるということ

ふと10代のときを振り返ると、「あのとき感じたモヤモヤは、どう言葉にすればよかったんだろう?」と思う出来事がいくつかあることに気がつきます。

たとえば、学校の中で。「Aちゃんは、Bちゃんが嫌いなんだって」と友達同士の会話でこぼれた一言が、次の日にはなぜか教室中に広まり、険悪ムードになってしまったAちゃんとBちゃん。2人と仲が良く、内心どうしようと困っているのにどう行動したらいいのかわからない私自身がいました。

たとえば、家族の中で。進路を決めるとき「〇〇大学のほうが、あなたのためになる。将来、苦労してほしくないから言っているんだよ」の両親の一言が、なんだか正解のように聞こえてしまい、余計に進路に迷ってしまった経験も。

どうして私はモヤモヤしていたのか。どうして何か行動したり言ったりすることができなかったのだろうか。そんな問いに言葉を返してくれるのが、鴻巣麻里香さんの著書『わたしはわたし。あなたじゃない。 10代の心を守る境界線「バウンダリー」の引き方』(株式会社リトル・モア)です。

本書は10代の子どもたち、そして子どもたちの周りにいる大人たちに向け、目に見えない心の境界線「バウンダリー」の引き方を示してくれる一冊です。ソーシャルワーカーとして活躍する鴻巣さんが、「友だち」「家族」「学校」「恋愛関係」「SNS」をテーマに、中高生のさまざまな相談を受け止め、人として持つ権利を侵害しない・されないための方法を解説していきます。

互いの存在を守り、傷つけ合わないためにバウンダリーが存在する

そもそも「バウンダリー(boundary)」とはどういうものなのでしょうか。

福島県白河市で地域の居場所を運営する〈KAKECOMI〉代表の鴻巣麻里香さんは、バウンダリーを「自分と他者を区別する心の境界線」と定義しています。生まれながらにして備わっている機能ではなく、生きていく中で徐々に育まれていくもので、目には見えません。

今回の新著のタイトルにもなった「わたしはわたし」、あるいは「あなたはあなた」というフレーズ。言葉だけを聞くと、もしかしたら「そんなの当たり前だよ」と感じるかもしれません。ですが実は、バウンダリーは見えないからこそ曖昧で、認識することが難しいものでもあります。

たとえば、友人が悲しんでいたとき、あなたはどうするでしょうか。

自身の経験の中で、「悲しいときは話を聞いてもらえたら嬉しいだろう」と考え、友人の話を聞いてあげたいと思うかもしれません。もちろん間違いではありませんが、「自分がしてもらって嬉しいこと」と「友人がしてもらって嬉しいこと」は、必ずしもイコールだとは限りません。悲しいときは一人になりたい、誰とも話したくない、と考える人もいます。万が一、無理やり話を聞こうとしたり、相手が求めていないのに側にいようとするならば、それは相手のバウンダリーを踏み越えてしまっていることになります。

このように自分と他者に違いがあることを受け入れ合い、違いを守る境界線がバウンダリーです。友人関係だけでなく、先輩後輩・上司部下関係、恋人関係、さらには家族関係の中で、人が互いに傷つけ合わないためにバウンダリーは存在します。心の壁を守ることで自分を大切にし、一方で相手のことも大切にする。あらゆる人の権利が脅かされることなく、みんなが安全に生きていくためには、バウンダリーが重要なのです。

厚すぎると、誰かと距離をとりすぎて孤立してしまう。逆に薄すぎると自分と誰かの境目があいまいになり、影響を受けすぎてつらくなる。感じる力が強すぎると、あらゆることに心がゆれ動いてしまいますし、鈍ければ言葉や態度で誰かを傷つけてしまいます。厚すぎず薄すぎず、硬すぎずやわらかすぎず、感じすぎず感じなさすぎず、その「ほどよさ」を知ることが大切です。

(『わたしはわたし。あなたじゃない。』はじめに p.4)

リアリティ溢れる相談内容。そのとき大人はどう行動できるか のヒントも

『わたしはわたし。あなたじゃない』はバウンダリーを侵害され、ゆらぎ、苦しんでいる10代の子どもたちの相談をもとに、相談内容のポイントを押さえながら、どうしたら境界線を守れるのか、具体的にどのような行動がとれるのかを一つひとつ解説します。

見開きページの画像。タイトルは、みんなのノリがしんどいのは誰のせい?
男子同士のノリや恋バナを「しんどい」と感じる高校生への応答(PART1 友だち編 p.30~31)

10代の子どもたちをメインに取り上げているのは、大人よりもずっと逃げ道のない小さな社会の中で多様な人間関係があるからです。加えて、周囲の大人たちの在り方によってもバウンダリーが侵される可能性が高くなる状況にあります。

それぞれの悩みは、友だち篇、家族篇、学校篇、恋愛関係篇、SNS篇の5パート別に紹介され、何気ない日常会話、校則や親の期待への違和感、LGBTQや性的同意に直面した悩みも取り上げられます。年齢と名前付きで書かれている悩みは、“知らない誰かの悩み”ではなく、もしかしたら自分の周りにもいるかも知れないというリアリティに溢れています。

たとえば家族編の中には、避妊をしていたけれど彼氏のタクくんとの間に望まない妊娠をしてしまった高校2年生、ソノちゃんの話が登場します。シングルマザー家庭の彼女は悩んだ末に「きっとわかってくれる」と信じてママに妊娠を打ち明けますが、ママはすぐに中絶を勧め、産婦人科へ連絡するなど準備を進めます。

私は、どうしたいんだろう。
私は、高校も卒業したいし、大学にも行きたい。
今回のことを無かったことにしたい自分もいる。
けれど、もう一人の自分が、手術を受けることに納得できていない。

(PART2 家族編 p.95)

迷いのあるソノちゃんは改めてママに相談するも、ママは「ソノちゃん、それは無い」と言い、「ママの言う通りにすれば間違いない」と彼女の気持ちを聞く耳を持ちません。こうなるとママが絶対に意見を変えないことを知っているソノちゃんは、世界で一人ぼっちになったような気持ちになってしまいます。

見開きの画像。右ページに布団に入って思い悩む女の子のイラスト、左に鴻巣さんによる5つのポイント整理
(PART2 家族編 p.98~99)

こうした相談に対して鴻巣さんは、そのつらさが生まれる背景を一つひとつ紐解きながら、持っておきたい知識を伝えていきます。

ソノちゃんの場合だと、性的同意の取り方や具体的な避妊方法を伝えたあとで、女性が自分の意思で自身の身体の健康を守り決定する権利「リプロダクティブライツ・ヘルス」に触れます。また、行き過ぎた親の心配や不安は子どもへの支配になることを指摘し、「あなたにとって害になる行動にはNOを、良い行動にはYESを」示し続けるなど、家族間でバウンダリーを守るコツをアドバイスします。

そんな本書のもう一つの大きな特徴は、子ども向け解説のページの後ろに「この本を読んでいる大人のみなさんへ」と大人に向けたヒントも掲載されていること。「子どものため」と思ってかけていた何気ない言葉や気遣いが、子どもにとってはバウンダリーを侵害していたかもしれない……そうハッとさせられる内容が記されています。

見開きの画像。タイトルに、中学1年生ナルくんの話、誰とでも仲良くしなきゃだめ?
「みんな仲良く」に戸惑う中学生の相談内容(PART3 学校編 p.114~115)
見開きの画像。左ページのタイトルに、この本を読んでいる大人のみなさんへ
相談に応えたあとの、大人向けメッセージ(PART3 学校編 p.128~129)

親や家族だからといって、子どものバウンダリーを侵していい理由にはなりません。家族間でも「わたしはわたし」「あなたはあなた」を守るためにできる声かけ、子どもの権利を守る行動を、鴻巣さんは厳しくも優しい筆致で示してくれます。

10月4日(金)ジュンク堂書店池袋本店にて、森山至貴さんと対談トークイベント開催

本書の出版を記念し、2024年10月4日(金)19時からジュンク堂書店池袋本店9階イベントスペースにて、「なぜ言わなくていいことを言ってしまうの?10代とのコミュニケーションを見直す大人会議!」と題した対談トークイベントを開催します。対談相手は、『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』(WAVE出版)などの著者である社会学者の森山至貴さん。

学校、家、SNSでモヤモヤを抱えた10代のために大人は何ができるのか? どうしたら子どもたちのバウンダリーを侵害しないで接することができるのか? 子どもとの距離感に迷っている方、子どもと向き合う仕事をする方へおすすめのイベントです。当日はオンライン配信、そしてイベント終了後には10月19日までアーカイブ配信も予定しています。

SNSの浸透も相まって、10代の子どもたちを取り囲む環境は大きく変化しました。さまざまな知識や考え方、人にも自由にアクセスすることができる一方で、これまでになかったリスクにも晒されています。「わたしはわたし。あなたじゃない。」は言葉にすると当たり前のように感じますが、関わる人、状況、場所によって、バウンダリーはおぼろげになりやすいものです。

だからこそ、子どもたちが「自分自身」を守れるために何ができるか、身近な大人にできることは何なのか、本書が学ぶきっかけになります。最後に、鴻巣さんから〈こここ〉の読者に向けてメッセージをいただきました。

バウンダリーについて知ることは、私たちが子どものころ「いかに守られてこなかったか」という苦しい事実と向き合うことでもあります。それは決して心地よい体験ではありませんが、「苦しかった経験を苦しかったこととして自分の中にとどめておく」ことが、身近な誰か、特に子どもたちとの間に安全なバウンダリーと築き直す最初の一歩なのだと思います。

子どもに「良いことをしたい」大人はたくさんいますが、まずは害になること=バウンダリーの侵害をやめること、味方になる前に「敵でない」を目指すことが大切です。この本を通じて子どもにとって「敵でない大人」がひとりでも増えることを願っています。