福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】FLAMEという名前が掲げられた建物の外で、女性と男性が佇んでいる【写真】FLAMEという名前が掲げられた建物の外で、女性と男性が佇んでいる

プロダクトデザイナーはなぜ福祉施設を訪ねたのか? インクルーシブな仕組みを目指す日用品ブランド「See Sew」 デザインのまなざし|日本デザイン振興会 vol.05

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デザイン史に残る楽器や家具の数々を手掛けたプロダクトデザイナーと、愛知県で活動する〈特定非営利活動法人 motif(モチーフ)〉とが共創して、2021年、日用品ブランド「See Sew」を立ち上げました。See Sewでは、最新のデジタルファブリケーション(デジタルデータを活用した製造技術)を使いながら、障害のある人や施設のスタッフが“デザインパートナー”として手仕事のものづくりを行います。

デザインは、かつてヤマハのデザイン研究所に在籍し、現在は愛知県立芸術大学で教授を務める本田敬(たかし)さんらによるもの。現在は「インクルーシブデザイン」を研究テーマにする本田さんが、〈motif〉の代表・井上愛さんと出会うなかで、障害のある人も参画できる新しい仕組みをつくりました。See Sewは商品ブランドでもありますが、その仕組み自体の名称でもあります。

【写真】グレーのフェルトでできた小物がテーブルの上にたくさん並んでいる。奥にはシーソーのロゴが書かれたパネル

ここ数年、各地の福祉関連施設でアートやデザインを活用したものづくりが盛んになってきましたが、See Sewは、希少性の高い「作品」ではありません。中量生産品の「プロダクトデザイン」として成立させているのが独自性であり、最大の特徴です。

〈motif〉だけでなく複数の施設で生産でき、今後の広がりを感じさせる仕組みが評価され、2021年度グッドデザイン賞を受賞しました。

「福祉」と「デザイン」の交わるところをたずねる連載、『デザインのまなざし』。前回の「北長瀬コミュニティフリッジ」に続き、5回目となる今回は、生活介護事業所「FLAME」(愛知県西春日井郡豊山町)を訪問し、プロジェクトの中核を担う本田さんと井上さんにお話を伺いました。

手仕事×デジタルファブリケーションの「See Sew」

―私自身もSee Sewの商品を使ってみたいと思い、勤務先のセキュリティカードを入れるためにパスホルダーを購入しました。毎日首から下げて半年以上身につけているのですが、フェルト素材の柔らかさと、どんな服にも馴染むライトグレーが気に入っています。See Sewは現在、どのぐらいのアイテムを展開しているのですか?

井上 革の製法をヒントに針と糸を使わず手で編み上げる「braid series」、手縫いのステッチがアクセントの「stitch series」、足袋の留め具に使われている小鉤(こはぜ)を現代的にアレンジした「kohaze series」の3シリーズを中心に、計22アイテムを発売当初から展開しています。最近はスマホバッグが一番人気で、トレイも思っていた以上に人気があります。

【写真】
braid seriesにポーチやスマホバッグ、stitch seriesにトレイやコースター、kohaze seriesにカードケース、コインケース、ショルダーバッグなど。他にピアスなどの装飾品もつくられている

―See Sewのものづくりには、どんな方が関わっているのですか?

井上 まずは仕入れたフェルトを、本田さんの知り合いのファブラボでレーザーカットしてもらいます。できたパーツは〈motif〉に届けてもらい、今は障害のある方2人が組み立てを担当していますね。また、名古屋市のNPO法人〈ひょうたんカフェ〉でも同じようにつくってもらっています。

できた製品の発送やウェブサイトの管理などは、〈motif〉のスタッフが担当しています。他の施設でもつくれないか試しているところですが、慣れてもらうには多少時間もかかりそうです。

―2021年度のグッドデザイン賞を受賞されましたが、反響はありましたか?

井上 みなさんが知っているので「おお!」と言われますし、プロダクト単体ではなく「See Sewの仕組み」としての受賞であることを伝えると、とても興味を持ってもらえます。そうした話のできる機会を得たことが大きいですね。

【写真】
〈特定非営利活動法人motif〉理事長の井上愛さん

―最初から「事業」として広げていくことを考えていたのですか?

本田 複数の施設と連携することによって、一つの事業として確立したいと考えていました。「就労支援」と言いながら工賃が低いケースも多いなか、単にものをつくるだけではなく、収益性をしっかり確保できるモデルにしたかったのです。

一般的な製品とも競合できるクオリティが担保できれば、持続性のある営みになるはず。“健常者”と呼ばれる方々の月給の1割にも満たない現在の賃金形態を、少しでもデザインによって変えたいと考えています。

【写真】
愛知県立芸術大学 美術学部 デザイン・工芸科教授の本田敬さん

―「手仕事」と「デジタルファブリケーション」を組み合わせた製品づくりのポイントはなんでしょうか?

井上 支援するスタッフの適切な「見立て」がとても大切です。その人のできること・できないこと、得意・不得意を理解しながら「これは心地よくやってくれるのではないか」と推測します。See Sewの場合は、本田さん制作のマニュアルに従って、自分のペースでじっくり取り組める作業です。針の穴も最初から機械であけてあり、どちらかと言うと決まった通りに、きっちり進めたい人だと安心して作業をされますね。「みんなで一緒に同じ作業をしよう!」ではなく、個人のペース(目標)でできるものです。

本田 See Sewは、いわゆる工業製品的な「規格」に収まっているのが特徴であり、それを魅力にしています。

もちろん、障害のある方が自由に描いた絵や、一つひとつ異なることが個性となる商品もあります。ただ、誰もがその力を持っているわけではありませんし、ある決まった仕事をコツコツ真面目にやることが得意な方も多いのです。

そうした方の特性を踏まえ、決められた仕事の中で自分の力を高められるようにしたのが、従来の福祉施設のものづくりとSee Sewが最も違うところだと考えています。

インクルーシブデザインを実践するパートナー

―そうした発想は、本田さんが以前、ヤマハというメーカーにいたからこそかもしれませんね。

本田 それは多分にあります。工業製品のものづくりの工程に、障害のある方に加わってもらおうと考えて生まれたのがSee Sewの仕組みです。

一方で、作家的な感性を持つ方との連携は、プロダクトデザイナーは難しいところもあります。各地のプロジェクトを見ていると、現状グラフィックデザイナーの方が、うまく連携されているように感じますね。

―デザイナーとしての本田さんは、「ヤマハのサイレントバイオリン」(1997年グッドデザイン賞で特別賞受賞)など、数々の名作デザインを手掛けられています。改めて、これまでの経歴を教えてください。

本田 今勤めている愛知県立芸術大学を卒業後、ヤマハのデザイン研究所に就職し、2000年に独立してデザイン事務所〈Design Studio CRAC〉を設立しました。音響製品をはじめ、家具や住宅設備、日用品などのプロダクトデザイン領域で活動しています。2000年からは名古屋芸術大学で、2003年からは今の大学でも講師を務め、学生にデザイン全般を教えるようになりました。

また、障害のある人の日常生活を手助けしてくれる介助犬の訓練施設が近くにあるので、See Sewの前はそこで少し「インクルーシブデザイン」の研究をやっていました。

【写真】説明する本田さんの手元

―なぜインクルーシブデザインに着目されたのでしょうか?

本田 8年ほど前に、インクルーシブデザインの研究者であるジュリア・カセムさん(京都工芸繊維大学 特任教授)の講演を聞き、感銘を受けたのがきっかけです。その頃はインクルーシブデザインという言葉は、限られた人しか使っていない状況でした。

「インクルーシブデザイン」とは、社会の課題を解決する参加型デザインです。これまでの製品やサービスの対象から無自覚に排除(Exclude)されてきた個人を、デザインの開発過程の初期段階から“デザインパートナー”として開発に巻込み(Include)、対話や観察から得た気づきをもとに、 一般的にも手に入れやすく、使いやすく、魅力的な、他者にも嬉しいものを新しく生み出すデザイン手法である。

※ 本田さんの論文「障害者就労支援施設と連携した製品デザイン開発の研究」より引用

―“デザインパートナー”という表現は、まだ日本では耳慣れない言葉だと思いますが、以前から使っているのですか?

本田 デザインパートナーは、カセムさんの著作にも書かれていて、インクルーシブデザイン関係で使われる用語です。私自身とてもしっくりする言葉なので、よく使っています。

今回であれば、実際にSee Sewに関与した障害のある方と、サポートしたスタッフ、そして井上さんのような組織の代表者も、みなデザインパートナーだと思っています。

【写真】アクセサリーを組み立てる女性の後ろ姿

―井上さんとの出会いについて教えてください。

本田 井上さんとは、10年ぐらい前、私がフリーランスの時に、名古屋市にある「国際デザインセンター」のショップで出会いました。井上さんは〈ひょうたんカフェ〉の副代表でもあり、そこでつくった織物を出品されていて私から声をかけたんです。ただ、その時はご一緒する機会が特にありませんでした。

数年後、奈良県香芝市にある〈Good Job! センター〉でデジタルファブリケーションを使ったものづくりを拝見して、「この方向かもしれない」とピンときました。そして井上さんが手掛けた織物を仕事につなげる仕組み「はじまりは一本の糸から〜」が「Good Job! Award 2016」の大賞をとられていたことも知り、一緒にやりたいと強く思い〈ひょうたんカフェ〉に押しかけたのです。これが3年前のことです。

井上さんにSee Sewの構想を話したときは、最初から「商品」として販売することと、「事業化」を前提にしたいと伝えました。井上さんから思いのほか力強く「一緒にやりましょう!」と応えていただき、今に至ります。他に福祉施設との関係がなかったので、これだけ考えが一致するパートナーと最初に出会えたのは奇跡かもしれませんね。

―井上さんは、本田さんからこの構想を聞いたときに違和感はありませんでしたか?

井上 私は趣味で関わった「織り」を福祉施設で仕事につなげようとしていたので、すごく共感したのです。決まった「商品」を店頭に出して、同じものが欲しい方には同じものを提供する。一点物ではないからこそ、継続的な仕事になるとすぐに理解しました。

もちろん、びっくりしたこともたくさんありました。デザイナーさんから図面を渡されて「これをつくって」といったプロセスになるとイメージしていたのですが、本田さんは、まず現場を驚くほどつぶさに見ていったんです。彼らのスキルや、得意分野を見極め、常に立ち止まりながら進めていく。とてもおこがましいのですが、「私と同じ!」だと思ったのが驚きでした。

【写真】並んで座る井上さんと本田さん

生活介護事業所「FLAME」で、新しい出会いとものづくりを

―〈ひょうたんカフェ〉と〈motif〉とはどのような関係ですか?

井上 〈ひょうたんカフェ〉は、2003年に私ともうひとりで立ち上げたNPOです。手織りがメインで始まり、その後お豆腐やおからドーナツなどもつくっています。

趣味としての手織物をどう仕事にするか、そして織り手が仕事として実感できるためにはどうしたらいいか、試行錯誤してきました。「Good Job! Award」もその一環で参加したのです。

一方の〈motif〉は、2020年に設立したNPOで、翌年6月に生活介護事業所「FLAME」を開所しました。ダウン症のお子さんがいらっしゃる、この建物の大家さんに出会い、「豊山町には障害者施設がないので、ここに施設をつくりませんか?」と声をかけられたのをきっかけに、新たな出会いを広げる場をつくることにしたのです。私は〈ひょうたんカフェ〉で今でも月に1回ディレクションに入っていますが、See Sewに関する運営の主体は、そこから〈motif〉に変わりました。

〈motif〉はミッションに「『もの』と『ひと』をつなぐ喜びを社会で分かち合う」を掲げています。それは私が障害のある人のものづくりにずっと携わるなかで、障害の有無に関係なく、「かわいい!おもしろい!」と感じられる“ものの力”の凄さを感じてきたからです。

その感動が循環する社会をつくりたいと考え、障害のある人の手仕事を広げるラボとして、FLAMEをつくりました。ここでSee Sewをはじめ、さまざまなものづくりを行っています。

【写真】建物の入口。木製の庇の下に大きなガラス窓、奥には白壁に「FLAME」の大きな文字
〈motif〉のネーミングは、一人ひとりが創作活動の動機や主題となる「モチーフ」になれる組織をつくりたかったことから。FLAMEの名前は、「枠だけを用意しておき、中身はみんなでつくる」というイメージで考えたと井上さんは語ってくれた

―障害のある方の生活を支える場所に、デジタル工作機器を導入されたのが、とても興味深いと感じていました。

井上 本当につくりたいものを“人”から始めていく場にするには、就労支援を前面に出し、工賃の分配を最初から目指すやり方でないほうが合っているのではと考えました。

一方で、本田さんがおっしゃるように、工賃の不均衡を解消していける仕組みも必要です。ここで障害のある方の手仕事を捉え直していくときに、デジタル工作機器を融合させることには以前から可能性を感じていました。See Sewのプロジェクトでも初期から、本田さんにさまざまな機械をテストしていただきましたし、私たちもFLAMEの立ち上げ時にデジタル刺繍機を購入するためのクラウドファンディングを行って、デジタルファブリケーションがあればどんなことができるのか、またどんなニーズがあるかを考えるなどしてきました。

実際にレーザーカッターを使用してフェルトを切っているところ(提供写真)

本田 私もデジタル工作機器にはもともと興味があり、さらに〈Good Job! センター〉での活用を見たことで、福祉現場との相性のよさは直感していました。

デジタルデータを元にするので、試行錯誤するのに向いていますし、何より初期投資がとても低く抑えられるので、新しいものをつくるプロジェクトに適しています。See Sewでは刺繍機や3Dプリンターなども試すなかで、精度の面からレーザーカッターに決めました。プレカットしたパーツさえあれば組み立てが正確にできる、デジタルの恩恵がとてもあります。

ただしFLAMEにレーザーカッターはまだないので、試作段階は学校の機械を使い、事業化後はファブラボでカットしてもらっています。将来的には設備を購入して、カットから内製化することも視野に入れています。

【写真】壁一面にカラフルな巻糸が並ぶ
クラウドファンディングで155万円を集め購入したデジタル刺繍機用の糸
【写真】明るい室内、窓には白いカーテンがかかり、中央で男性が1人机に向かっている
FLAMEでは機械を使った教室なども開催されている。「ここでの試みが契機となり、豊山町が、ものづくりやアップサイクル、障害のある人の手仕事などで認知される場所になることを願っています」と井上さん

素材から製法まで、「現場」を基点にしたデザインプロジェクト

―複数のパートナーによる、まるで大手メーカーの「デザインプロジェクト」に近いスタイルでスタートしたように見えますが、井上さんは大変なことが始まると思いませんでしたか?

井上 少しスピード感についていけない部分もあったのですが(笑)、すごく楽しかったです。シリーズごとに、違うデザイナーさんにも担当してもらって。

本田 研究費から予算を捻出して、知り合いのプロダクトデザイナー2人に参画してもらったんです。また、ロゴやウェブサイト制作は、卒業生のグラフィックデザイナーに依頼しました。

開発期間は2年ほど。See Sewのネーミングは、みんなでアイデアを持ち寄りました。英語の「縫う(sew)」と、人と人との掛け合いやバランスをとるような意味で遊具の「シーソー(seesaw)」を掛け合わせ、造語で「See Sew」としました。

【写真】グレーのフェルトの小物が並ぶ
See Sewは、シリーズごとにデザイナーが違う。〈株式会社小野デザイン事務所〉の小野彩子さん、〈愛知県立芸術大学〉講師の望月未来さん、そして本田敬さんの3人が各シリーズのプロダクトデザインを担当。また、〈株式会社枘(ほぞ)〉の野田久美子さんがロゴやブランディング関係を担当
【写真】フェルトでできたお皿
全体のディレクションも本田さんが担った。3シリーズの形状は少し違うが、素材とカラー、そして使われるシーンを統一することで、一つの世界観を生み出した

―最初から本田さん1人でなく、チームでデザインすることを想定していたのですか?

本田 はい。アイテムを広げたかったのと、障害のある人にも得意・不得意があるので、つくり方を少し変える意味でデザイナーもチームにしました。

【写真】フェルトでできたポーチのアップ
ジグソーパズルに夢中な方に〈ひょうたんカフェ〉で出会い、道具を使わずカチカチはめ込む作業が好きな人がいることを知って生まれたbraid series

―素材をライトグレーのフェルトにしたのはなぜですか?

本田 レーザーカッターの加工しやすさを考え、羊毛ではなく化繊のフェルトを選びました。それと、実はトヨタをはじめとする車や、ピアノなど工業製品に使われるフェルトの商社が名古屋にあったことも隠れた要因です。「工業用素材×福祉施設」という意外性に挑戦してみたい、という思いがありました。

また、当初はカラー展開も考えたのですが、製作人数や在庫などの面から、負担を掛けずにスタートするために1色に絞りました。3シリーズあっても、グレー1色であれば統一感を出すことができますし、ニュートラルな印象で、年齢や性別に関わらず誰もが手を伸ばしやすいことも理由です。

井上 色については、私はこれまで織物でずっとカラフルな世界にいたので、最初は「ちょっと……」という気持ちだったんです。でも、新しいことをするためのFLAMEだし、思いっきりのってしまえ!と思いました。

本田 井上さんは、すでにカラフルな世界観を確立していました。ならば、新規事業としてあえて別の方向性を出した方が、将来的にもいいと思ったのです。

【写真】フェルトでできたコインケースを手で開いているところ
実家がお寺である本田さんが、子どもの頃からよく目にしていた「こはぜ」(足袋の留め具)を利用することを考え、誕生したkohaze series。フェルト生地に合うよう、金属ではなく樹脂製のものを使用している

―製作プロセスでの試行錯誤があれば教えてください。

本田 stitch seriesでは、レーザーカッターで0.5ミリの穴を事前にあけておき、それを縫ってもらうとミシンのようにキレイに仕上がる設計にしています。ただ、最初は普通の針が穴に引っかかってしまい、全然うまくいきませんでした。

先を丸めた綴じ針に変えたらうまくいったのですが、こうした実験を繰り返し、フィードバックを得ながら手順を組み立てていきました。どうすればスムーズにいくか、現場を知らないとわからないことばかりでした。

井上 本田さんが、でき上がったものを一つひとつ検品されてるのが私は印象的でした。特に縫い目や最後の糸の始末具合などは、細かくチェックされて、設計やマニュアルをその都度見直して。どうすれば品質レベルを高められるか、丁寧に教えてもらいました。

―「そこまでやるのですか?」とは思いませんでしたか?

井上 私が「このぐらいはいいかも」と言ってしまうと、一瞬でレベルを落としてしまうと思い、言いませんでした。「デザイナーさんと一緒にやっているんだよ」「こうした素敵な商品はそうそうつくれないかも」と言い切っていましたね。

実際、プロのフォトグラファーに商品写真を撮ってもらい、みんなに見せると「おお!」と盛り上がるのです。少し高いくらいのハードルをやりきることで、本人やスタッフの自信となり、商品のステータスもぐっと上がる。そうした効果を私は考えていました。

デザイナーと福祉施設、互いに感じる可能性

―スタートして1年経ちましたが、実際に事業化してみてどうでしたか?

井上 私はこうして何でも楽しめる性格で、新しいことが大好きなので、大変ではありますがいい経験でした。See Sewはデザイナーさんやデジタルファブリケーションなど「それまで思いも寄らなかったもの」との出会いをつくってくれた意味で、この場所のコンセプトにも合うのです。他の施設に声をかけていただく機会も増えているので、これからもっと広げていきたいですね。

本田 See Sewのような工業製品的なプロセスを含む商品は、図面やマニュアルをベースにした連携がしやすいのです。また、新しく岡山の〈セイショク株式会社〉の独自素材「NUNOUS」とのコラボレーションも始まりました。これは予想以上の広がりだと思っています。

何より、つくった人が「楽しかった」と言ってくれたことが、最も嬉しいですね。今後もそういった「声」を各地に広げていきたいです。

【写真】笑顔でこちらに向かって話す本田さんと井上さん

―たくさんの話を聞いて、壮大なプロジェクトだと感じたのですが、これを継続している井上さんのエネルギー源はどこにあるのでしょうか?

井上 私は目標設定をして、それに向かって一直線に走るタイプではありません。いろいろな出来事にその都度巻き込まれながら、臨機応変に動くことが楽しいんです。

もちろんSee Sewは、あやふやさがなく、かっちりしたものづくりなので、関与者と明確な業務委託を結びます。その上で、どう販売するのか、どう広げていくのかも含め一つひとつのプロセスの「意味」を考えるプロジェクトです。私たちがどういうスタンスでものづくりをしたいかを、深く見つめ直すきっかけになったと本当に思っています。

また、本田さんから教えてもらったプロダクトデザインの基礎や作業工程は、他のものづくりにも活きているんですね。そのことに、すごく感謝しています。

【写真】2階建てのFLAMEの外観。正面右側が木製の、左側が白の壁でできている
ここに貴重なデジタル機器があることで、興味を持つ人が、障害の有無とは関係なく集まれる場所になる。一方で、「渋柿」の産地であることを活用した染色専用スペースなども設けられている。「ものづくりに興味のある人は気軽にふらっと来てほしいです」と井上さん

―最後に、デザイナーと福祉事業が出会うことの可能性について、See Sewを通じてお2人が感じてきたことを教えてください。

本田 このプロジェクトでは、ものづくりの原点に戻り、基本的なデザインプロセスを再認識できたと思っています。デザインパートナーという捉え方についても、開発を進めるとき、実際に製作を担う方に当事者としてしっかり参画してもらい対話を交わすことは、本来当たり前の考えなのです。ただ、その当然のことが、何故かできなくなっていることも多い。

この数年で福祉にデザイナーが関わることが急速に増えてきて、それが当然のこととして受け止められるような変化も感じます。いい意味で、ビジネスチャンスという見方もできるかもしれません。この領域に興味をもつ学生も増えてきたので、私も今後、プロジェクトに彼らを参画させていきたいと考えています。

【写真】屋外、FLAMEのロゴ近くの壁に並んで立ち話をする井上さんと本田さん

井上 デザイナーさんが、まず最初に「現場に入ること」から始めるのに一番驚きました。現場をつぶさに何度も観察されて、後から「あの時見たことが、これにつながったんだ」とわかった瞬間は感激しましたね。そして、何気ない日常を読み取る視点にもびっくりしました。

そうした方に今後も関わってもらえたら、その独自の視点や、冷静でシンプルなものの捉え方や整理の仕方は、福祉にとても役に立つと思っています。障害のある人とデザイナーは、すごく相性がいいと感じていますね。

―お話を伺い、プロダクトデザイナーが福祉領域に入られた経緯や、そのスキルをどう活用されたかを理解することができました。また、福祉事業を営む方にとって、デザイナーは共創のパートナーになりえることも教えてもらいました。今日は本当にありがとうございました。今後の展開にも大いに期待しています。

【写真】お話を伺っていたテーブルを上から捉えた様子。今はだれも写っていない
【写真】モニターがついた機械に、刺繍糸が2本セットされている
【写真】入口に佇む本田さんと井上さん

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連載:デザインのまなざし|日本デザイン振興会