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手話のある生活と子どもたちの「ことば」の成長を記録したコミックエッセイ『育児まんが日記 せかいはことば』
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表紙画像
2022年5月に〈株式会社ナナロク社〉より発売された齋藤陽道さんの新著『育児まんが日記 せかいはことば』

手話のある暮らしを「ことば」の視点から観察した日々の記録

写真家や文筆家として活躍する齋藤陽道さんが描くコミックエッセイ『育児まんが日記 せかいはことば』が2022年5月に〈ナナロク社〉より発売されました。

本書は、手話で話すろう者の両親と、耳の聞こえる0才・3才の子どもたちの「ことば」の成長と発見を描いた7ヶ月余りの記録です。手話のある暮らしを、まんが日記という形式で掲載するとともに、齋藤さんと妻のもりやままなみさん、2人のエッセイと対談も収録。「ことば」をめぐる日々が綴られています。

手話の豊かな表情や面白さを伝えるために選んだ「まんが」という手段

齋藤さんは、〈こここ〉で手話を第一言語とするろう者を訪ねる連載「働くろう者を訪ねて」で撮影と執筆をしています。同連載でインタビューを担当するもりやまさんは、連載第2回に登場。2人は、「日本手話」を第一言語とするろう者です。

2人には、耳の聞こえる「コーダ(CODA=Children of Deaf Adults)」の0才と3才の子どもがいます。家族は手話で会話し、子どもたちは手話と音声による言葉を同時に取得しながら成長していきます。

齋藤さんが「ことば」に関する記録を残したいと思った背景には、長男・いつきさんが1才頃から手話をつむぎはじめる様子を目の当たりにしたことがあったそう。さらにいつきさんが成長する過程で、全身を使って「ことば」を獲得する様子を見て気づいたことがあったといいます。

“せかいはことばで満ちている。
そう実感したのは、3才になった長男がいろんなものを見ては、まねて、伝えるようになったときからです。
走る犬を見て、犬になりきる。風のちがいを感じわけて、手の動きを変える。ハラペコのとき、切ない顔でおなかをなでる。
目の前に広がるいろんなものを感じ、見つめ、まねて、自分のからだで表す。それがもうすでに「ことば」なのだと知りました。”

(カバーのそでより引用)

当初は日々の出来事を文章で記録しようとしていましたが、身体の向きや動きの強弱、表情にまで意味を持つ手話をテキストで伝えることに苦心します。ある日、いつきさんが描いた絵をノートに切り抜いて貼り、横にいつきさんの似顔絵、そして手話をしているイラストを描いた齋藤さん。イラストを見ていつきさんが手話をまねしたのを見たことをきっかけに、「これだ!」と感触をつかみ、まんが日記を描き始めることにしました。

書籍内の両開きページ。左ページには写真、右ページにはテキスト
左ページには、「風邪で寝込んだ数日をのぞき、毎日、描き続けられている」というまんが日記が積み重ねられています(『育児まんが日記 せかいはことば』より)

「こどもの耳に寄りかからないために」

0才の次男・ほとりさんとはじめてコミュニケーションがとれたときのこと、いつきさんが時間の表現を手話で身につけたときのこと、名前の指文字を使って子どもをあやす方法、子どもたちとともにいる中で手話に対して新しい気づきがあったこと。

「ことば」をフィルターにした日々の生活の中での発見を、家族の顔や手の動き、そして表情の変化に気を配りながら齋藤さんは表現します。

あるときには、ろう者の両親とコーダの子どもに起こりうる出来事に触れることも。

2019年1月20日の日記「こどもの耳に寄りかからないために」では、ドアチャイムや救急車、弟が泣いていることなど、音を教えてくれるようになったいつきさんに、「ありがとう」と言いたくなるのをこらえているというエピソードが描かれています。

「こどもの耳に寄りかからないために」のページのアップ
『育児まんが日記 せかいはことば』より

“「音を教える」=「感謝」になってしまうと、どんどん音のお手伝いをするようになって…
それはやがてどこかでバランスを崩すだろう。
ぼくらも、こどもの耳に知らず知らず頼るようになってしまうだろう。
そうならないためにも、音を教えてくれることに対してはもっと淡々とならなきゃなと思う。
口が汚れているとき、サッとふく、そこに別に感謝の言葉がいらないように”

(2019年1月20日のまんが日記より引用)

自分とは異なる方法でコミュニケーションをとる人と一緒にいるときにどうあったらいいか。さらにそれが、親子という関係だったときに何に配慮したらいいか。ろう者という立場ではなくても、考えさせられるエピソードです。

読み応えたっぷりなエッセイや対談も収録

また本書には、齋藤さんともりやまさんによるエピソードを補足するようなエッセイや、子どもへの言葉の教え方、2人の出会い、ろう者としてどのように病院を受診しているか、子育てについて考えていることなどをめぐる対談も収録されています。

書籍内の両開きページ。左にまんが、右ページにテキスト
普段なにげなく使っている「好き」の手話と、子どもの頬に触れる動作の関連性を発見したことを、左ページの日記で描き、右ページのエッセイでより詳細に思いを文章で綴っています(『育児まんが日記 せかいはことば』より)

子どもを授かったことがわかったとき、ろう者の視点からの子育てに関する情報の不足から不安を抱えていたという齋藤さん。「かつてのぼくのように不安だらけのだれかにとって、この『せかいはことば』が、手話のある生活のヒントになればと心から思う」(「おわりに」より)と述べます。

本書は、手話を第一言語とする人にとって、子育てのヒントになることはもちろん、手話を第一言語としない人々にとっても、手話のある生活の「ことば」の豊かさに触れることができる一冊です。音声言語にとどまらない「ことば」の世界に、齋藤さんのまんがを通して出会ってみませんか。