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ICTが「読み書き」を支える。公立小学校の取り組みから生まれた『テスト場面における配慮と実践のガイドブック』
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書かれた文章から情報をスムーズに受け取れない。頭の中では答えが浮かんでいるのにうまく書いて伝えられない。
読み書きに困難のある子どもたちにとっては、授業内容の理解ではなく、「読むこと」や「書くこと」そのものへの負担から、テストで力を発揮できないことがあります。どうすればその子たちの力をきちんと測り、学ぶ楽しさにつなげていけるでしょうか。
こうした問いから、読み書きに困難のある子どもたちに向けて、ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)を活用したテストのあり方を検討した実践があります。島根県松江市立島根小学校による1年間の研究と、その成果をまとめた『テスト場面における配慮と実践のガイドブック』です。
音声読み上げにテキスト認識。テストに求められる合理的配慮の実践集
『テスト場面における配慮と実践のガイドブック』は、テストの場面における合理的配慮の具体的な方法と、その意義を整理したガイドブックです。読み書きの困難に対して、ICTをどのように活用できるのかを、「読む」「書く」という行為ごとに分けて提示しながら、実際の教育現場での検討プロセスやポイントがまとめられています。
読みの支援として紹介されているのは、音声読み上げやテキスト認識機能、専用サイトの活用など複数の手段。書くことに対しても、音声入力やキーボード入力など、それぞれの特徴や留意点が整理されています。
単にツールを紹介するだけでなく、「どの子に、どの方法が合うのか」という視点や、「負担なく使えるか」という観点が重視されている点も特徴です。
冊子の冒頭では、「読むこと」「書くこと」の困難について丁寧に整理されています。
「読むこと」に困難がある場合、文字を追うこと自体に大きな負担がかかり、意味の理解までたどり着く前に疲れてしまうことがあります。また、どこを読んでいるのか見失ったり、読むのに時間がかかりすぎたりすることで、情報の取得が難しくなることもあります。
一方、「書くこと」に困難がある場合は、思考を言葉として定着させることが難しかったり、時間内に書き終えられなかったりすることがあります。その結果、「書いて答える」形式のテストでは、理解している内容が十分に表現されないこともあります。
ICTは、子どもの本来の力を引き出すインフラ
本ガイドブックの中心にあるのは、ICTを「できないことを補う道具」ではなく「児童の本来の力を正当に発揮し、自信を取り戻すためのインフラ」とする考え方です。
たとえば、音声読み上げのペンを使ったり、タブレットの読み上げ機能やフリック入力・キーボード入力を活用することで、読み書きの「手続き」による負担を軽減し、本来の理解や思考を測ることが可能になるとされています。
ただし、こうしたICT活用は一律に導入するのではなく、子どもごとの特性に応じて「試し、比べ、調整する」プロセスが重要です。その際の重要なポイントとして、以下のような視点が示されています。
・診断の有無ではなく、「学習上の困難の実態」を基準に考えること
・情報が適切に届いているか、考えを出力できているかを確認すること
・「時間がかかりすぎる」「負担が大きい」といった状態を見過ごさないこと
「同じ方法でテストを実施すること」は果たして公平か?
松江市立島根小学校でこの冊子が作成された背景には、教育現場における「評価」のあり方自体への問いがありました。
通常学級に在籍する子どものうち、特別な支援を必要とする割合は約8.8%、という調査もある一方で、入試などで合理的配慮を申請する割合はそれよりも低い状況が指摘されています。島根小学校でも、公平性の担保に不安があり、個別対応は難しいのではないかという意見が多数を占めていました。
しかし、こうした状況を続けることは、子どもの学ぶ権利を侵害することに他なりません。「同じ方法でテストを実施すること」が必ずしも公平とは限らないのではないか、という観点に立ち返った島根小学校では、1年かけて検証を行うことになりました。
2025年4月に始まった今回の実践研究の特徴は、子ども自身が「試して、比べて、調整する」プロセスに参加している点です。複数の方法を実際に使いながら、自分に合う手段を言語化し、選択していく過程が重視されました。
また、入力方法の習得についても、すぐに高度なスキルを求めるのではなく、音声入力など負担の少ない方法から始め、段階的にスキルを育てていくアプローチを取りました。単なる一時的な配慮ではなく、継続的な支援として機能する仕組みが模索され、ノウハウとしてまとめたのが今回の冊子になっています。
テストから日常へ。教員に見られた「意識の変化」
この研究では、ICTの導入そのものだけでなく、教員側の意識変化も重要な要素とされています。島根小学校でも研修や実践の共有を通じて、「テストは何を測るものなのか」という問いが改めて共有され、「同じ方法で行うこと」が必ずしも公正ではないという認識が広がっていきました。
テストでの配慮が可視化されたことで、それが日常の学習場面にも広がり、支援が連続的に行われるようになる変化も見られたとされています。テストは特別な場面ではなく、日常の学びと地続きであるという視点が、実践を通じて共有されていきました。
今後は、より多くの学校での活用や、環境・コスト面を含めた継続的な支援の検討を課題として位置づけている島根小学校。子ども自身が状況に応じて手段を選択していくための環境づくりも、引き続き重要なテーマです。
読み書きの困難に限らず、「どのような条件であれば力を発揮できるのか」という問いは、多様な学びの場に共通するものともいえます。テストという限られた場面から見えてきた視点は、学びそのもののあり方を見直す手がかりになる。『テスト場面における配慮と実践のガイドブック』は、具体的な実践方法を示すと同時に、教育現場における評価のあり方を問い直す材料になりそうです。
Information
『テスト場面における配慮と実践のガイドブック』(松江市立島根小学校)
実践研究助成 結果報告書「学びにくさのある子どもたちが正当に評価されるための手立てを探る」