福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【画像】

こここなイッピン

西成ライオットエール〈Derailleur Brew Works〉

福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。

ファンタジックな世界観と、トリッキーなビール醸造で、日本のクラフトビール業界に旋風を巻き起こす、大阪・西成発ブリュワリーのオリジナルビールをご紹介。90年代に同エリアでつくられていたお酒を再現するというストーリーから生まれたビールの、その味とは?

  1. トップ
  2. こここなイッピン
  3. 西成ライオットエール〈Derailleur Brew Works〉

クラフトビール界のトリックスターが醸す、驚きとときめきのフリースタイル・ビア

クリアなアンバーカラーの液体から立ち上るホップの軽やかなフレーバーと、かすかな焙煎香。舌に触れた香ばしいモルトの甘味。そして、軽いビター感。乾いた喉に一気に流し込むもよし、映画などを観ながら時間をかけてゆっくり味わうもよし。さまざまなシーンに心地よく溶け込む、大阪府西成区にあるブリュワリー〈Derailleur Brew Works(ディレイラ・ブリュー・ワークス)〉の「西成ライオットエール」が今回のイッピンです。

〈Derailleur Brew Works〉は、医療・福祉事業、就労支援などを行う〈株式会社シクロ〉の就労継続支援事業のひとつ。障害のある人、元・日雇い労働者などのメンバーたちが、ビール醸造から配送まで、さまざまな事業に携わっています。

ところで「西成ライオットエール」には、1990年10月に勃発した「第22次ニシナリ暴動」に着想を得た、こんなストーリーが添えられています。

– – – – – – 
当時、AREA2470のi-reen特区で日常のように起こっていたライオット(暴動)。そんな折にこの町にやって来たアメリカ・ポートランド出身の女子高生エミリーは、ヤマトとオオサキと出会い、ビール醸造を開始することに。

彼らの酒づくりの目的は「憎しみ合うんじゃなくて、戦い合うんじゃなくて、ただ向かい合って笑い合えるそんな酒」「みんながその酒を酌み交わしながら、仲良く話し合えるそんな酒」をつくること。ヤマトとオオサキは、できあがったビールを皆に振る舞い、いつしかAREA2470は暴動の起こらない街へと変貌を遂げていきます。

時は2017年。当時醸されていたとされるビールの再現を目的としたプロジェクトが立ち上がり、結成されたのが〈Derailleur Brew Works〉。そして、その当時の青年たちが醸したであろうビールが「西成ライオットエール」です。
– – – – – – 

90年代の西成でつくられていたお酒を再現したというストーリーとともに売り出されている「西成ライオットエール」。アメリカンペールエールを標榜したテイストで、カラメルの甘味からほんのりホップの苦味とフルーティーな香りがのぞく、誰でも飲みやすいモダンクラシカルなビール

そんな、半分フィクションで、半分リアルな物語から生まれたビールは、発売開始以降一気に注目を浴びる存在に。全国各地のビアバーのタップに繋がれ、続々と愛飲者を増やしています。

西成でお酒をつくるなら「ビール」しかなかった!?

〈シクロ〉がビール醸造を始めたのは、元・日雇い労働をしていたメンバーたちからの「ワシらに酒をつくらしたらええねん! お前は金だけ出したら、ワシらは売るところまでやったる!」という、〈シクロ〉代表の山﨑昌宣(やまざき・あきのり)さんに対して発せられた一言から。

「ブリュワリーを立ち上げる以前、朝から飲んでいたお酒をコーヒーに置き換えたらどうだろう? というところから、メンバーとカフェ事業を行っていたんです。そうすると、自分の飲み友だちを連れて来たりして『一緒に働こうや!』といったムーブメントが起こったんです。ただ、さまざまな事情があってカフェを閉めることになって。そんな時、お酒の席でいわれたのがこの言葉。『ワシら、酒の専門家やから!』と」

そんな話を愉快そうに語る山﨑さん。最初はお酒の席のノリだと思いつつも、もしそれが実現すれば、案外おもしろいことが起こるのではないか。お酒づくりが仕事なら、メンバーのモチベーションも上がるかもしれない。そんな思いから、新規事業として立ち上げることになります。

とはいえ、大阪・西成というエリアで、どのような酒がつくれるのか? さまざまに考えた結果が「クラフトビール」でした。

名水をよしとする日本酒とは違い、水のpH値さえ調整すれば水道水でも十分おいしく仕上がるというビール。実際に、ニューヨークやボストンといったアメリカの大都市にも多くのブリュワリーが設立されており、世界的に権威のあるビアコンテストで賞を受賞する醸造所も多々。西成の水でもおいしいビールは醸せる、そんな確信があったといいます。

また、ビールの原料となるホップや麦芽は一般的に輸入品を用いることがほとんど。それならば輸送コストを抑えられる都市部で醸造する方が有利、ということもビールづくりを後押し。

2017年、府内のブリュワリーの協力を得ながら〈Derailleur Brew Works〉のビール醸造が始まります。

 

約30回もの改良を重ね、完成した「西成ライオットエール」。現在は缶スタイルのみで販売中(提供写真)

メンバーの誇りにつながるビールづくり

醸造第一弾として着手したのは、90年代の暴動期につくられていたというお酒から着想を得たビール。醸造専門家を交え、メンバーと一緒に試作を繰り返し、完成したのが「西成ライオットエール」。当時を知るメンバーたちが「これや!」と口を揃えた味だといいます。

さらに、このビールがつくられた背景や、西成で醸造することの意味を示すべく、メンバーの体験や記憶を半分フィクションとして織り交ぜたAREA2470のストーリーを設定。

2017年10月の発売以降、ビールの味わいに加え、西成にもどこか通じるようなサイバーパンクな物語の世界観も、SNSを中心に話題となりました。

2018年にはブルワリーを設立し、さまざまなスタイルのお酒を醸造していきます。約5年間で生み出したお酒は、なんと100種類以上(2023年2月時点)! 定番品もありますが、一度つくったら売り切り終了とするのが基本スタンス。

また「西成ライオットエール」だけでなく、各酒にそれぞれキャッチーなタイトルやストーリーが設定されているのも〈Derailleur Brew Works〉の商品の特徴です。AREA2470の物語の続編もあれば、スピンオフ、まったく独自に展開されるストーリーも。それらはただの創作ではなく、ビールづくりに携わるメンバー、醸造を依頼した人など、本人や関係者にしかわからない形で、エピソードやネーミングとして盛り込まれています。

現在は週に2回ほど新しいビールを仕込むという同社。それらのアイデアはコンペ形式で決まるといいます。メンバーも積極的に提案し、もちろん商品化に至ることも。​​写真は、麦汁と洋梨果汁を掛け合わせて発酵させた「BITE」。洋梨由来の軽やかな甘みと、酵母が織りなすスパイシーな口当たりが優しく鼻孔を刺激する、型にハマらない複雑な仕上がり(提供写真)

「ビールづくりが始まってから、メンバーの大きなトラブルや、感情のゆらぎのようなものがなくなった気がする」という山﨑さん。コロナ禍には自宅待機が余儀なくされ、これまで積み上げてきたメンバーの働く意欲が失われてしまうのではないか。そう危惧したものの、メンバーはそれぞれの自宅で作業を続けながら、モチベーションをつないだといいます。

自分たちのホームである西成の記憶、体験や生きた証を、愛してやまないお酒に刻み込む。同時に、クールな西成ブランドとして全国で評価されることは、メンバーにとってもこの上ない喜びや誇りとなっているはず。

「ビアフェス」ではなく「音楽フェス」を4月に開催!

現在〈シクロ〉はビール醸造に加え、さまざまな新事業や企画を展開中。

特にコロナ禍以降、直営のブルワリーを増設し、メンバーの配達事業を拡大。また、ビールづくりの中で出てくる麦芽粕を乾燥・粉末化する設備を導入し、その麦芽粉末を使った商品開発や、焼き菓子「ビアケイクス」の製菓工房も新設中です。

さらに2023年4月には、JR天王寺駅すぐ側の天王寺公園の芝地を借り切った、入場無料の音楽フェス「坂ノ上音楽祭2023」が開催決定!

「ビアフェスではなく音楽フェスにしたのは、良質な音楽を中心に据えて、ビールは添え物にしたかったからなんです。ジュースや水を飲む人がいてもいいし、子どもは遊んで、大人はビールを飲んで。フリーで気軽なフェスにしたいんです」(山﨑さん)

そんなフェスにふさわしい新ビール「Above the hill Music Festival」が新発売! 当日、会場での提供が決まっています。アルコールは4%と控えめながら、ホップは多めで華やか。強炭酸の技法を取り入れた爽快感強めのテイストを目指したのだとか。ほかにも25種類ほどのビールがタップで提供される予定です。

「坂ノ上音楽祭2023」に向けて開発された「Above the hill Music Festival」。ほどよいボディ感に高炭酸が加わり、ゴクゴク飲めるのど越しのよさ。音楽フェスに登場するミュージシャンは、SPECIAL OTHERS、奇妙礼太郎、高野寛など。青々とした芝生でくつろぎながら、良質な音楽と共に、ぜひ仲間と飲み交わして!(提供写真)

さまざまな新事業は行いつつも、やっぱりベースはお酒づくり。近隣のビアバー、京都の中華料理店、他社の就労支援施設、プロサッカークラブ・セレッソ大阪などとジャンルにとらわれないコラボレーションを行い、続々とトリッキーなビールを生み出しています。

「もろた縁やチャンスは大切にする。これはずっと僕の価値観としてあるものですね。それにクラフトビール業界では後発組だからこそ、トリックスターともいうべき存在感を示していきたいんです」と語る山﨑さん。

「Derailleur」はフランス語で「道を外す者=生き方を自分で選ぶ者」の意味。常識や一本道にとらわれない発想やマインドでつくられるビールは、今後もビアファンにさまざまな驚きとときめきをもたらしてくれるはずです。